表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

初めて痴漢にあった日

作者: 巳ノ星 壱果
掲載日:2026/04/27

 一日外出をして、楽しんだ帰り道だった。

 日曜日の夜の電車は、思っていたより空いていた。


 隣に誰が座ったのかなんて、いちいち見ていなかった。

 その人が、いつ隣に来たのかも覚えていない。


 イヤホンで勉強の動画を聴きながら、携帯に目を落としていた。


 太ももに、何かが触れた。


 小さなポーチのようなものが、何度か当たる。

 夜だし、眠っているのかもしれない。

 それくらいにしか思わなかった。


 次の駅に着く直前だった。


 はっきりと、太ももを撫でるように触られた。


「え?」


 顔を上げた瞬間、目が合った。


 60代から70代の男。

 何も言わず、逃げるように電車を降りていった。


 一度だけ、こちらを振り返った。


 走り去っていく背中を、ただ見ていた。


 頭の中が真っ白になった。


 昔、痴漢に遭ったら腕を掴んで捕まえる。

 そんなことを思っていたこともあった。


 でも、何もできなかった。

 声も出なかった。


 私は若くない。

 それでも、どうしようもない嫌悪感が残った。


 好きでもない人に触れられることが、こんなにも気持ち悪いなんて。


 もし、これが通学途中の学生だったら。

 毎日この電車に乗らなければいけない人だったら。


 そう思った瞬間、少しだけ息が苦しくなった。


 同じようなことが、誰の身にも起こりうるのだと、初めて実感した。


 何もなかった顔をして、電車を降りた。


 でも、あの一駅のことは、きっと忘れられない。


 あの時、何も言えなかった理由を、うまく説明できる気がしない。


 ただ、あの目があった一秒ほどの沈黙だけは、はっきり覚えている。


 あの人は降りたのに、私の心は取り残されたままだった。あの一秒が、まだ心の奥底に残っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ