第6話 輪廻を断つ者
「……まずは、何から聞きたい?」
その言葉とは裏腹に、男はむしろ、こちらの問いを待ち侘びているような――獲物を観察する狩人のような眼差しを向けていた。
「あなたたちは、何者なんですか」
「そうだね。まずそこから説明するのが礼儀だよね」
男は深く椅子に腰掛け、朗らかに指を折る。
「我々は、輪外討伐組織『ARK』。私はその一番隊で隊長を務めている、明楽悠だ。昨夜、君を襲ったお転婆娘は凪。あれでいて意外と繊細なんだけど、まあ、荒っぽいから気を付けてね。で、もう一人の青年が朔。冷静沈着を地で行く男なんだけど、どうにも詰めが甘いというか、どこか抜けてるんだよねぇ」
明楽は、旧知の友人の噂話でもするかのように、つらつらと情報を並べ立てる。
(……話が、全く入ってこん!)
ARK? 輪外討伐?
聞いたこともない単語の羅列に、七星の思考は飽和状態だった。
一つだけ確かなのは、自分はとんでもない「組織」に捕まってしまったということだ。
「……ちょっと、待ってください。知らない単語ばかりで、さっぱり理解できません。もっと詳しく、噛み砕いて教えてもらえませんか」
「おっと、そうだよね! ごめんごめん、ついつい端折っちゃって」
明楽は無邪気に頭を掻いたが、その嬉々とした表情は、次の瞬間には、再び剃刀のような鋭さを孕んだ神妙な面持ちへと変貌した。
明楽悠という人間の持つ、この「静」と「動」のすさまじい緩急。
それが、この無機質な部屋の圧迫感をさらに助長させていた。
「じゃあ、まずは……根源的な話から始めようか」
明楽は組んだ指の上に顎を乗せ、七星の瞳の奥をじっと覗き込んだ。
「――君は、宇宙人っていると思う?」
明楽の口から放たれたその問いは、一条七星という少年の生きざま、その核心を容赦なく突いていた。
拘束されたまま、七星はまっすぐに明楽を見返す。
その瞳に迷いはなかった。
「……はい。存在する、と信じています」
ここでも七星は、自らの信念を貫いた。
嘲笑われることも、変人扱いされることも承知の上で。
「そう。存在するんだよ……」
明楽の肯定。
その瞬間、七星は得も言われぬ感情に胸を締め付けられた。
生まれてこの方、この主張を信じてくれる者など誰一人いなかった。
それどころか、浴びせられるのは常に嘲笑と侮蔑の言葉。
それは、果てしない宇宙のような深い孤独だった。
この緊迫した状況下にあっても、長年の渇望がようやく報われたような、わずかな救いを感じざるを得なかったのだ。
だが、そんな七星の感傷などお構いなしに、明楽はさらに言葉を重ねる。
「じゃあ、その君が信じる『宇宙人』とやらは、一体何だ?」
またしても、問われる。
七星は喉を震わせ、自らの理想を言葉にした。
「……ロマン、です。僕は、宇宙人という存在に憧れていました。人間には到達し得ない先進的な科学文明を誇り、常識を超越した能力を自在に操る。それが、僕にとっての宇宙人です」
「――幻想だね」
明楽は、吐き捨てるようにそう言った。
慈悲など微塵も感じられない、冷ややかな断言。
「……とはいえ、奇しくも半分は正解だ。君が口にしたその『言い伝え』は、古くからこの星に根付いているものだからね。伝承が生まれた当初は、真実だったのかもしれない。だが、現代において、科学技術は既に人類の勝利だ。宇宙人とやらは、もはや我々を凌駕するほどの高度な文明を築けているわけではない。それが現在の結論だよ」
「そんな……」
信じ、縋り続けてきた唯一の理想が、足元から音を立てて崩れ始める。
全能の神のごとき存在だと思っていた宇宙人が、人類の科学に敗北している。
その事実は、七星の宇宙観を根本から否定するものだった。
「半分正解だと言ったのは、君の言う『超越した能力』の方さ。君がどんな超能力を想像しているのかは知らないが、それらは全て実現可能だと言っても過言じゃない。奴らが秘める、既存の物理法則を逸脱した能力の可能性は――まさに無限大だ」
その言葉を聞いた瞬間、七星の内に眠るオタクとしての血が、ドクンと跳ねた。
体外離脱、遠隔透視、念力、テレパシー……。
幼い頃から空想し、調べ尽したあの未知の力が、妄想ではなく「実在する可能性」として目の前に提示されたのだ。
拘束されている身の危険も忘れ、七星の瞳には抑えきれない知的好奇心の火が灯る。
(実在するんだ……。俺が夢見ていた世界は、本当に、あったんだ!)
浮き足立ち、どこか熱に浮かされたような表情を浮かべる七星。
だが、そんな少年の無邪気な高揚を見逃すほど、明楽悠は甘い男ではなかった。
彼は組んでいた足を組み替え、冷ややかな視線で七星の熱狂を射抜く。
「……では、君の想像するその『無限の能力』を、人間に向けてきた時。どうなると思う?」
明楽の問いは、静かに、しかし逃げ場のない鋭さで七星の胸に突き刺さった。
だが、その質問への答えを、七星は既に持っていた。
昨夜の帰り道、自分の拳を見つめ、コントロールを失った力の暴走に戦慄したあの瞬間に。
「……人間は、滅びます」
七星の声に迷いはなかった。
自分が手にしたものは、便利な道具などではない。触れれば壊れ、向けられれば消える。
この世界の均衡を根底から覆してしまう、あまりに過剰で、あまりに異質な暴力だ。
その事実を認めることは、自分の憧れが「人類の敵」であると認めることに他ならなかった。
「そゆこと」
明楽は満足げに、そしてどこか労うような響きを混ぜて頷いた。
「そうならないために、俺たちARKがいるんだ」
明楽の声には、もはや先ほどまでのお気楽な響きは微塵もなかった。
彼は組んだ指に力を込め、七星の瞳に自身の意思を刻みつけるように言葉を継ぐ。
「そして、宇宙人が我々に牙をむくかどうか……その問いについても、既に答えは出ているんだよ。答えは、YESだ」
「YES……?」
「ああ。既に宇宙人による被害報告は、我々の手元に山ほど上がっている。そしてそれらは、どれも例外なく、吐き気がするほど無慈悲なものだ」
明楽は、脳裏に刻まれた惨劇を反芻するかのように、わずかに目を細めた。
七星が夢想し、憧れ、書籍の中で追い求めていた「彼ら」は、この現実世界においては、対話の余地などない捕食者であり、破壊者であったのだ。
嬉々とした表情から一転し、神妙な面持ちで語り続ける明楽。
その緩急の激しさは、彼が背負っているものの重さを物語っているようでもあった。
「『輪外』我々が口にするこの呼称は、そんな奴らのことを指しているんだ」
「『輪外』……ですか。……なぜ、彼らは人間に対して、それほどまで攻撃的なんでしょうか」
自然と湧き出た疑問だった。
無残に踏みにじられたとしても、七星の心のどこかには、まだ信じ続けた「宇宙人」を肯定したいという、縋るような想いが燻っていたのかもしれない。
「『なぜ』という問いには、答えられないね。奴らには、我々の言う『心』と呼べるものがないからだ。……あるいは、能力で劣る人間をいたぶることで得られる、下劣な快感でもあるのかね」
明楽は吐き捨てるように言い、冷徹な眼差しを七星に固定したまま言葉を継ぐ。
「ただ、その『心なき異質』が、この星で何を成し遂げようとしているのか。それなら、容易に想像がつくよ」
「……何、なんですか」
七星の喉が、恐怖で小さく鳴った。
明楽の纏う空気が、一気に密度を増す。
「――人類の、輪廻転生を断ち切ることだよ」
その一言が、白濁した部屋の静寂を切り裂いた。
命を奪うだけではない。魂の循環そのものを消滅させるという、根源的な絶望。
語り終えた明楽の顔には、もはや陽気な面影は微塵も残っていなかった。
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憧憬を振り払い、暴かれるのは「心」なき侵略者の姿。
彼らが目論むのは、人類の生と死、その循環さえも許さぬ完全なる破滅。
「輪廻を断つ」――その戦慄の予言を前に、自らの内に脈打つ「異質」を見つめる。
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