第5話 守るって、決めた日
美月と初めて会った日のことは、
正直、最初はよく覚えていない。
——可愛いな、とは思った。
——でも、それだけ。
声が少し高くて、
笑うと目が細くなる人。
「颯太くん、緊張してる?」
そう言われて、
俺は慌てて首を振った。
「してないよ?」
——本当はしてたけど、緊張してないふりをした。
手汗、やばかったし。
何話したらいいかも、分からなかった。
でも美月は、
その沈黙を「気まずい」にしなかった。
「この店、どら焼き美味しいんだよ」
そう言って、
当たり前みたいに隣を歩いた。
——距離、近いな。
——でも、嫌じゃない。
どら焼きを買って、
公園のベンチに座る。
美月は、
袋を開ける前に1回、俺を見る。
「半分こ、する?」
その言い方が、なんでか知らないけど、
胸にストンって落ちた。
——ああ、この人、
——分け合う人なんだ。
どら焼きを割って、
あんこがちょっとはみ出して。
「あ、やっちゃった・・」
美月が申し訳なさそうに笑う。
「下手だね」
--思わず言ってしまった。
——嫌われたか?
でも美月は、
むっとした顔のあと、すぐ笑った。
「じゃあ、颯太くんが上手に食べてみて」
——あ、無理。
——その顔で言われたら、
——全部、どうでもよくなる。
その頃の俺は、
誰かを大切にする余裕なんてなかった。
仕事はしんどいし、
将来も見えないし、
正直言うと、自分の事で精一杯だった。
でも。
ある日、
雨の日の帰り道。
駅の階段で、
美月が足を滑らせた。
「っ・・!」
反射的に、腕を掴んだ。
「大丈夫か!?」
声が、裏返っていた。
美月は驚いた顔で、
それから、少し照れた。
「ありがとう。びっくりした」
——え?
——俺、今、
——この人が怪我するかもって思っただけで、
——心臓、こんな鳴るんだ。
ドキドキが止まらなかった。
手を離そうとしても、離せなかった。
「・・颯太くん?」
「いや、その・・」
——離したくない。
——このまま
——守る側でいたい。
その瞬間、はっきり思った。
——この人は、
——大切にする人だ。
——俺が、
——ちゃんと、守る。
口に出したわけではない。
約束したわけでもない。
でも、確かに、その時、決めた。
美月は、何も知らない顔で言った。
「ね、帰りにどら焼き買って帰ろ」
「・・また?」
「また」
笑う顔が、あまりにも無防備で。
——ああ。
——俺は、
——この人を泣かせる側には、
——ならないようにしよう。
その時は、
本気で、そう思っていた。
大好きだった。
新鮮で、嬉しくて、ドキドキして、
守りたくて。
どうしようもないくらい、
愛おしかった。
——なのに。
——いつから、
——俺は、
——この気持ち、忘れたんだろうな。
ベンチに落ちた、
どら焼きの紙袋。
あの頃の俺が、
まだ、そこにいる気がして。
胸の奥が、
静かに、痛んだ。




