第4話 壊れた家族
颯太が帰ってきたのは、夜中だった。
ドアの音がした瞬間、
俺の中で何かが跳ねた。
——来るな。
——頼むから、今日は帰って来るな。
美月は起きていた。
俺を抱いたまま、ソファに座っている。
目は赤く腫れているのに、
背中は、まっすぐだった。
「・・まだ起きてたんだ」
颯太の声は、いつも通り、どうでもよさそうだった。
「話がある」
美月は、静かに言った。
その声が、
嵐の前の静けさみたいで、
俺は、嫌な予感しかしなかった。
「はぁー。疲れてるから・・今度ね・・」
——逃げるな。
——また、逃げる気か。
「今日じゃないと、だめ」
美月は、俺を抱く腕を緩めなかった。
まるで、
俺だけは離さないって決めたみたいに。
「・・浮気、してるよね」
空気が、凍った。
颯太は、笑った。
「は?なに急に(笑)」
——ばかにしたような顔。
--見下すような笑い方。
——俺、何回それで美月を傷つけた?
「真琴さん」
その名前が出た瞬間、
颯太の表情が、わずかに歪んだ。
美月は見逃さなかった。
「やっぱり」
声が、震える。
「メッセージも、写真も、全部、見た」
——終わった。
——完全に、終わった。
「・・は?勝手にみるんじゃねえよ!バカなの?」
——は?
——はぁ!?
俺の中で、
怒りが爆発した。
——ふざけんな!!
——お前、今、自分の言ってる事分かってんのか!?
泣き出す美月。
「めんどくせーなー」
「お前が、
女として見れなくなったんだよ」
——言うな。
——その言葉だけは、言うな。
「子どもできてからさ、俺の事、後まわしだし、掃除もちゃんとできてないし、色々面倒なんだよ」
——黙れ。
——それ以上、
——口を開くな。
美月の顔から、
色が消えた。
悲しみを閉じ込めるように泣き止み、静かに口を開く。
「・・じゃあ・・」
小さく、息を吸う。
「もう、終わりにする?」
--・・。
颯太は、目を逸らしたまま言った。
「・・正直、1人になりたい」
——殺す。
——今すぐ、
——この男を殺してやりたい。
「・・分かった。」
美月は力なく立ち上がった。
--え。
——嘘だろ?!
——美月、違う!!
「颯月、行こ」
俺を胸に抱いて、
寝室に向かう。
颯太は、追ってこなかった。
——行くな!!
——引き止めろ、俺!!
--今なら、まだ・・!!
ベッドの上で、
美月は崩れ落ちた。
声を殺して、泣いた。
俺を強く抱きしめながら、泣いた。
「・・ごめんね」
俺に、言う。
「ママね、伝え方、間違えちゃった」
——違う!!
——間違えたのは、俺だ!!
涙が、
俺の頬に落ちる。
冷たく、俺の心に染み入る。
「でもね」
美月は、俺のくちびるに、そっと触れる。
「あなたは、
絶対に、守る」
——美月。
——俺を、
——置いていくのか。
——俺は、
——ここにいるのに。
その夜、
颯太は、別の部屋で寝た。
同じ家なのに、
もう、
二度と戻れない距離だった。
暗闇の中で、
俺は、
歯を食いしばる。
——全部、俺のせいだ。
——わあぁぁぁー!!
--くそおぉぉぉー!!
言葉にならない声を
赤ちゃんの体で、
俺は、何度も叫んだ。
——戻りたい。
——美月と出会ったあの頃に。
——でも、
——戻れない。
そして、
初めて、
はっきり思った。
——もし、
——元に戻れたとしても
--もう
--同じ俺には、戻らない。
続く--




