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追放された回復術師、薬草畑を耕していたら辺境が聖地になっていました  作者: しげみち みり


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第8話 輪をほどく刃――逆さ祈りと骨の鐘

 薄明の冷気が砦の石に沁み、昨夜の焚き火の白い灰が風に細くほどけていく。

 レオンは井戸端で手を洗い、指先の温度を確かめた。まだ冷たいが、血はよく巡っている。眠気は、帳面に線を引く間に置いてきた。

 ――今日は“輪”を抜きに行く。

 思考を一列に並べる。香、拍、匂い、触れ、数字。順番を作れば、体は勝手に動く。


 マルコが帳場で最後の計数を終え、木板を打った。

 「後方維持の体制は整った。香炉の配合は夜警用に《聖樹樹皮》優先、巡礼受け入れは最低限とし、灰路は南側へ一本追加。――前線に出るのは、君たち五名でいいな」

 「六名だ」ガイウスが言い、顎をしゃくる。岩棚の上で横たわっていた黒曜の翼が、ゆっくりと首を持ち上げた。

 「いや、()はまだ治療中だ」エリスが慌てて近づく。「出血は止まったけれど、飛行に耐えるほど回復していない」

 「飛ばせない。歩かせる」レオンは竜の鼻面に手を当て、低く息を吐いた。「香で誘導し、遠吠えで風の層を動かしてもらう。羽ばたきは一度か二度だけ。護衛というより“天気”として使う」

 ガイウスは笑った。「贅沢な天気だ」


 リサが門楼から降りてきて、矢束を二つに割る。

 「半分は砦に置く。行きは軽く、帰りは急ぐ。矢羽には薄い油筋を、糸には“穴を作る”ための蜜粉を塗った。網を見えないまま破るための道具」

 エリスは祈りの書を閉じ、胸の前で手を組む。

 「私は“裏歌”をさらに薄くする。音節は捨て、拍だけを――子守歌の最後の溜息の長さで保つ。輪が骨を奪いに来ても、奪う骨がほとんどない歌で返す」

 「数字は私が持つ」マルコは皮袋に紙を仕舞い、乾いた口調で続ける。「敵の配合を持ち帰れ。粉一粒でもいい。工房があれば、炉の煤も。癖は全部、数字になる」


 レオンは短く頷いた。

 「目的は三つ。輪の“手”の特定、術の心棒の破壊、そして――祈りと畑の“逆さ刃”の実験だ」

 「逆さ刃?」リサが眉を上げる。

 「否認が“表の意味”を壊すなら、こちらは“裏の意味”で切る。音と言葉を避けた祈り、匂いで保持した拍、足裏で踏む灰路――それらを一本の“刃”に編む」

 エリスが目を細める。「刃、というより“鐘”にしたい。叩くのではなく、鳴らす。輪の糸を切らず、ほどく」

 レオンはその表現に微笑んだ。「“骨の鐘”だな」


     ◇


 出立は夜明け一刻後。

 門の外はまだ灰色で、昨日の戦の跡が薄く凹凸を作っていた。灰路は砦の外まで伸び、その先には“鼻で辿れる路地”が続く。

 先頭はガイウス、次いでリサ、レオン、エリス、背後警戒にリカルド。最後尾には、ゆっくりと竜がつく。竜は痛む翼を畳み、長い尾で地面の砂を掃いて香を撹拌しながらついてくる。

 風がそれに合わせて少しだけ方向を変えた。潮目を覚える者の風だ。


 谷を下りながら、レオンは鼻の奥の味で風の層を読む。湿り、鉄、焦げ、腐乳、蜂蜜。

 「右へ」

 岩肌に沿って曲がると、リサが指で合図を返す。石の陰、矢座の跡があり、煤の筋が地に落ちていた。

 「拾う」マルコの声が幻のように背後から聞こえた気がして、エリスが笑った。「記録の亡霊がついてきてるね」

 レオンは試料袋に煤と粉片を入れ、指先に残った臭いを嗅ぐ。「やはり《焦樹末》が強い。乳の腐りは温度が上がった時に出る匂いだ。高温の小炉で樹の油を焦がし、腐乳で粘りを足し、鉄で“言葉を磁化”している」

 ガイウスが眉を寄せた。「言葉を、磁化?」

 「言葉が引きずられる。意識の中で、同じ方向へ。――“無音杭”と組み合わせると、足場が抜ける」


 ふたつ目の屈曲を抜けると、谷が広がり、左手の岩壁に黒い口が穿たれているのが見えた。洞、いや……

 「坑道だ」リサが低く言う。「風の抜けが不自然。人が通った匂いが新しい」

 ガイウスは即座に隊形を変えた。「リサ、偵察。レオンは後詰。エリスは声を飲み込んで拍を保て。リカルド、護りに徹しろ」

 「了解」勇者は短く、しかし素直に頷いた。


 洞の入口には、粗い布が垂らされていた。布目の間から覗くと、内は薄暗く、壁に沿って小さな香炉――否、あれは香炉ではない。金属の筒に黒い泥が詰められ、上に薄紙が張ってある。

 「“音殺し”の缶」レオンが囁く。「紙が震えると、震えを泥が食べる。――通路の音を削る仕掛けだ。祈りの骨を抜くのにも使える」

 リサがうなずき、指で“穴”の位置を示す。紙の縁を薄く削り、わずかに空気が通る隙間を作る。

 ガイウスが先に入り、足裏で石の具合を測る。灰蜜を薄く塗った靴が、砂の微かな凹みを拾って滑りを防ぐ。

 エリスは胸の内の拍をもっとも小さく、もっとも静かに保ち、祈りの骨を“(しな)わせる”。

 レオンは香袋を指の腹で潰し、匂いを薄く通路に流して風の筋を整える。竜は入口で横たわり、喉で低い空気の流れを作って“背風”になった。


 坑道は二つに分かれ、右は冷たく、左は温い。

 「左が工房」レオンは即断した。「腐乳の匂いが新しい。右は貯蔵庫か、避難壕」

 ガイウスは左に指を立て、人差し指で二回、親指で一回――“短く、短く、長く”。さっき決めた敵の祈り拍とズレる“歩調”。

 彼らは影のように進んだ。


 工房は、思っていたよりも整っていた。

 壁に沿って三つの小炉。炉の上には網、上に乾いた枝や樹皮、乳の壺。鉄屑は磁石でひとまとめにされ、粉は箱に分類されている。

 そして、その中央に――織り機。

 木の枠に極細の糸が張られ、糸には黒い粉が薄く塗られている。

 「……“輪”はここで織られているのか」エリスが息を呑む。「祈りの骨を抜く輪。糸は言葉の縁をなぞっている」

 「粉の配合で“否認の網目”の細かさを調整できる。――織り手は?」

 ガイウスが空気の流れに耳を澄ませる。微かな、息の落ちる音。

 リサが矢を載せた指をわずかに上げ、ガイウスが刃を低く構える。

 「いる」

 声と同時に、織り機の陰から影が跳ねた。

 細い腕、朱の帯、顔に布。黒衣ではない。工房の職人だ。手には輪の印の焼印。

 「動くな」ガイウスが短く制す。

 職人の目は熱や恐怖ではなく、奇妙な“確信”に光っていた。

 「……遅かったな。輪はもう、別の輪を呼んだ」

 「誰に、呼びかけた」

 「“祈りを捨てた者たち”。名前はない。名を持たないことが、力だ」

 エリスの呼吸が一瞬乱れ、レオンが視線だけで制した。

 「名がなくても、手癖は残る」

 レオンは職人の手の甲を見た。皮膚が黒光りし、蜜と鉄の匂い。爪には複雑な糸の粉が刻まれている。

 「輪をほどく鍵はどこだ。心棒は」

 職人は笑い、顎を織り機の枠へ向けた。

木枠の中央、目立たない部分に、薄い金属の板――歯車のようなものが嵌められている。歯ではなく、円の内側にさざなみのような刻み。

 「“骨車(こつぐるま)”」リサが呟いた。「拍を溜め、途中で裏返す」

 エリスは瞳を細める。「祈りのリズムを途中で反転させる。だから私たちの祈りは表から折られた。裏から鳴らせば……」

 「ほどける」レオンが言い、織り機に手を伸ばそうとした瞬間、職人の腕が鋭く閃いた。

 袖から伸びた糸――黒い紐が蛇のようにレオンの手首を絡め取る。

 「触るな。骨を折る」

 糸に載った粉の匂いが鼻腔を刺す。

 レオンは反射で息を止め、指の内側を“畑の拍”で打った。短く、長く、長く、短く。

 糸がわずかに緩む。

 ガイウスの短剣がその隙間に入り、糸を断ち切った。

 「話は終わりだ」女騎士の声は低い。「この工房は止める」


 職人は退かない。織り機の側面に手を伸ばし、骨車に指をかけた。

 「回せば、砦の上の輪が――」

 「回させない」

 リサの矢が骨車の軸のすぐ横に打ち込まれ、金属と木の間で止まった。骨車は、わずかにズレて止まる。

 レオンは息を吐き、香袋を割った。《聖樹樹皮》を指に塗り、骨車の刻みにそっと触れる。

 「“逆拍”を入れる。裏へ、裏へ」

 骨車の刻みは拍の器だ。器なら、中身を入れ替えられる。

 エリスが目を閉じ、胸の内で“裏歌”の最初の拍を置く。

 レオンの指が刻みに触れ、ガイウスが骨車をほんの僅かに戻し、リサが矢で軸の揺れを止める。

 「短く――」

 「――長く」

 「――長く」

「――短く」

 拍がひと回りし、骨車の内側で音の骨が裏返る。

 織り機の糸がふっと緩み、黒い粉が微かに舞い上がった。匂いが一瞬甘くなり、次いで薄くなる。

 「……輪が、ほどける」エリスが囁いた。「砦の上の靄も」


 職人が歯噛みし、袖から新たな糸を引き出した。

 「まだ終わらない。輪はいくらでも織れる」

 「織る場所が残っていれば、な」

 ガイウスが一歩で間合いを詰め、柄で職人の手首を打った。糸が散り、骨車から指が離れる。

 リサが素早く袖口に楔を打ち込み、エリスが足元に灰路を描いた。「動くたびに拍が乱れる。逃げられない」

 職人は息を荒くし、それでも笑った。

 「輪をほどいても、骨は残る。骨さえあれば、誰でも輪を編める。――お前たちの国の中でも、だ」

 レオンは黙っていた。

 誰でも、編める。

 祈りを折る輪を。

 祈りが所有物ではないように、輪もまた所有物ではない。手癖があれば、構造があれば、再現できる。

 だからこそ、必要なのは――


 「“逆手の手癖”を、みんなに渡す」

 レオンはゆっくりと言った。「輪を編ぐ手があれば、ほどく手もある。香の層、灰路、裏歌、触れ。――畑の手順を、戦場の標準にする」

 マルコが聞いていたら、きっと「標準化」と書いたろう、と考えながら。


 「職人、名は?」とガイウス。

 職人は沈黙の後、かすかに肩をすくめた。

 「名はない。輪の手は輪に溶かす」

 エリスが静かに頷く。「では、輪の囚人として扱います。罪は“祈りを折ること”ではなく――人を折ったこと。……祈りは、誰のものでもない」

 レオンは織り機に近づき、骨車をすべて取り外した。歯ではなく、波形の刻み。刻みの順と深さを紙に写し取り、粉の配合と一緒に袋に収める。

 「戻る。砦で“逆さ刃”を鐘にする。――今はこれが限界だ」


 坑道を出ると、外の風が変わっていた。

 竜が鼻を鳴らし、喉の奥で低い拍を刻んでいる。

 谷の上、輪の旗は見えない。否認の靄は薄く、砦の上空には白い筋がいくつも走っていた。

 「戻ろう」ガイウスが言い、歩調を“短・長・長・短”へ落とす。

 香の路地は鼻で辿れ、灰路は靴裏を導いた。

 途中、岩の影から黒衣の影が二つ飛び出したが、リサの矢が“穴”を開け、ガイウスの短剣が影の手元を叩いた。

 エリスは声を出さず、胸の内で拍を保つ。否認は音を食う。音がなければ、食うものも少ない。


     ◇


 砦に戻ると、門楼の上でマルコが手を上げた。

 「上空の靄、半分以下に薄れた。兵の拍は安定。負傷者の再出血、ゼロ。――持ち帰りは?」

 レオンは袋を差し出した。「粉、煤、骨車。織りの枠は破壊。職人一名確保」

 「上等だ」マルコは短く言い、すぐに帳面の新しい頁を開く。「骨車の刻みを写す。裏返しの拍の配列を“逆さ祈りプロトコル”として記録する」

 エリスが苦笑する。「名前がつくと途端に書類っぽい」

 「名は必要だ」マルコは淡々と返す。「悪い名だけが広がるのを防ぐために」


 中庭の一角に、レオンたちは即席の作業台を作った。

 骨車を分解し、刻みの深さを測り、木枠に“逆さ拍”の小さな模型を取り付ける。

 エリスは響き袋を倍にし、胸の内にだけ鳴る“補助の鐘”を配った。

 ガイウスは兵に灰路の踏み方を再訓練させ、リサは矢羽に薄い蜜粉を塗る順を教える。

 リカルドは黙って人の流れを整え、必要な力を必要な場所へ送り込む。勇者の仕事が、剣だけだと思っていた頃の彼はもういない。


 「――できた」

 レオンは木枠に吊した小さな鐘を指で弾いた。鐘は音を出さない。代わりに、胸の内の骨がわずかに“鳴る”。

 “短・長・長・短”。

 砦の石に、目に見えない波紋がひとつ、ふたつ。

 「これが“骨の鐘”」エリスが微笑む。「祈りを祈りと言わずに、祈りの場を満たす鐘」

 マルコが筆を走らせる。「骨鐘こつしょう。――名称採用」

 ガイウスが腕を組んだ。「響きが良い」


 試しに、門外に小隊を出した。

 灰路の延長に骨の鐘を二つ吊し、香炉は“網”と“川”の中間に薄く焚く。

 外の谷は、朝日で薄金色に滲んでいる。

 黒い旗は見えない。だが、遠くで“輪の拍”が一瞬だけ震え、そして消えた。

 「……向こうも感じてる」リサが弦の上で指を鳴らす。「自分たちの輪が“鳴らされてる”って」

 エリスは小さく祈り――いや、歌を胸の内で転がし、鐘に重ねた。「輪を切らない。輪をほどく。恨みを残さない。……次に輪を編もうとした手が、ほどく手にもなれるように」


 マルコが顔を上げた。「敵は必ず出る。輪を編ぐ“元の手”が未だ見えない。――骨車の意匠、粉の配合、旗の印の骨取り。どれも同じ流派の匂いがする」

 「流派?」レオンが首を傾げる。

 「そうだ。輪は思想ではなく手順だ。手順には師があり、師には癖がある。――その癖を追う」

 ガイウスが頷く。「諜報の仕事だな」

 「私は数字で追う」マルコはにじむ笑いを一瞬だけ見せた。「癖もまた、数字だ」


     ◇


 夕刻。

 砦の空は薄く晴れ、否認の靄は場所によっては完全に消えていた。

 巡礼の母子が小門の影で手を合わせ、兵たちは灰路の上で自然と足を揃える。

 竜は砦の裏手で眠り、息が鐘の拍とゆっくり同調している。

 職人は拘束され、静かに坐していた。頬に悔いはなく、瞳には疲労が宿る。

 エリスが彼の前に膝をつく。「あなたの手は、織る手だ。祈りを折る手ではなく、織る手。――その手で、ほどくこともできる」

 職人はしばらく黙っていたが、やがて肩を落とした。

 「ほどけば、誰かがまた織る」

 「織るだろう」エリスは柔らかく微笑んだ。「でも、ほどく手が増えれば、織る手も変わる。祈りは所有物ではない。輪も、所有物ではない」

 レオンは“骨の鐘”に触れ、胸の内で拍を転がした。

 短く、長く、長く、短く――土の拍。


 リカルドが近づき、砦の外を見やった。

 「北境の森の向こう、輪の元締めがいるとしたら――どう動く?」

「鐘を増やし、灰路を森へ延ばす。香の川で“輪の匂い”を薄める。……そして、畑を置く」

 「畑?」

 「畑は“秩序を肯定する場”だ。否認は、秩序の否定から力を汲む。畑があれば、否認の土台は崩れる」

 リカルドは噛みしめるように頷いた。「畑を置く、か。戦の真ん中に」


 ガイウスが歩み寄り、短く告げた。

 「偵察から報告。谷の北で旗を見た。輪の印ではない。白地に、細い“手”の紋。……複数の勢力が絡んでいる」

 マルコは帳面を閉じ、空を見上げた。

 「面倒だ。だが、こちらの“標準”も固まってきた。――明日、もう一歩出よう」

 レオンは頷き、鐘を一つ、門の外へ吊るした。

 風が鳴らさない鐘を撫で、胸の内だけが鳴った。

 “骨の鐘”。

 輪は折る。鐘は鳴る。

 鳴り続ければ、折る手は疲れ、折った先に残るものの貧しさに自分で気づくだろう。

 ――そういう希望を、レオンは測りたいと思った。測って、次の手順にしたい。


     ◇


 夜、短い休息。

 焚き火が静かに揺れ、灰路の白が薄く光を返す。

 レオンは帳面を開き、今日の日付を書き入れた。

 「骨車(回収済)/刻み写し/逆拍配列=短・長・長・短(基準)→長・短・短・長(攪乱用)

 骨鐘(試作)/配布二十/反応:兵の拍安定、祈り回復。

 香の配合(昼/夜)調整。

 竜(呼吸同調)/風層調整(軽)。

 敵職人(確保)/手癖記録。」

 書いた文字は乾き、紙は少し波打った。

 エリスが覗き込み、小さく笑う。「文字、綺麗」

 「畝に線を引くのと同じだ」

 「明日は?」

 「森に小さな畑を置く。灰路を根に、香炉を葉に、鐘を花に見立てて。――輪の“土台”ごと、季節を変える」

 エリスは目を丸くし、やがて嬉しそうに頷いた。「素敵な比喩」


 闇の向こうで、竜が低く寝返りを打ち、喉の奥で鐘の拍をなぞった。

 砦の石は、昨夜より白い。

 まだ“輪の手”の主は見えない。明日にはまた、新しい旗が現れるだろう。

 それでも、畑はここに在る。

 香の川、灰の路、鳴らない鐘、裏返した歌。

 祈りは届く。

 奇跡は測れる。

 測った奇跡は、次の奇跡の手順になる。


 レオンは火に灰をひとつまみ落とし、静かに言った。

 「――耕そう。輪の縁まで」


 火花が跳ね、夜の高みへ消えた。

 東の稜線のさらに向こう、森の黒がわずかに薄くなっていく。

 夜はまだ終わらない。

 だが、始まりは、確かに鐘の中にあった。

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