第25話 煙を飲む窓、火を抱く器、灰に咲く畝
灰畝に小さな芽が覗いてから七日。
砂市の空はまだ薄い霧の名残を抱えつつ、地平では赤銅色の帯が伸びていた。
「**煙の市**が来る」リサが呟く。
幟に描かれたのは、黒い渦。そこには「煙保管契約/一刻銀貨三枚」と記されている。
「吸った煙を樽に封じる。代わりに安堵を売る」
マルコが苦々しく板に記した。「煙を札に=呼吸を略奪」
◇
最初に彼らが持ち込んだのは、煙瓶。
瓶の内側は銀で塗られ、蓋を閉じると黒い帯が中で渦を巻く。
「瓶に閉じ込めれば安全」
そう言うが、瓶の周囲の空気は逆に重くなる。閉じ込めた煙が周囲から呼吸を奪うのだ。
子が胸を押さえ、浅く息をした。
レオンは立ち上がる。「煙は閉じ込めない。飲ませる窓を」
彼は《玻璃霧》と《灰蜜》を薄く延ばし、筒状に編み直した。
途中に**飲孔を仕込み、伏せ半拍と同期させる。
「煙飲窓。煙を胸へ通すのではなく、胸が先に座を作る」
エリスは胸で吸返**を置き、窓の孔が静かに鳴いた。
黒い帯は瓶に吸われず、窓の孔で座って薄くなった。
子は胸を開き、「あったかい」と言った。
◇
次に来たのは、火抱器。
煙の市の男が高く掲げ、「火を抱けば安全」と声を張った。
器は鉄で、内側に灰を塗り込め、炎を小さく収める。
だが器は熱を籠らせ、外へ出ない。閉じ込められた炎は歪んで赤く光り、刃に似た稜を持ちはじめる。
「安全じゃない」ガイウスが唸る。「火は抱きしめず、撫で返す」
レオンは火鞘の残布を重ね、掌大の器を作った。
器は閉じるのではなく、開いたまま。底には小さな返し穴。
「抱く器じゃない。撫で返す器」
火を入れると、稜は丸まり、刃は忘れ、布のように揺れた。
エリスが胸に「温返し」を置き、炎は息のように座へ変わった。
老婆が笑った。「抱くより、撫でる方が温い」
◇
その頃、灰畝の芽が増えていた。
**灰花**と呼ばれる白い花が、夜明けにだけ咲き、正午には萎む。
子どもたちは畝のそばに座り、撫書で花を描いた。
「灰に芽が出る」
マルコは開放帳に絵を足す。「灰畝→芽吹き→礼」
しかし、煙の市は新たな札を持ち込む。
「花は燃え残り。芽吹きは幻。証明書を買え」
紙には「灰花保証」と書かれていた。契約すれば「芽は守られる」と。
レオンは灰畝を撫で、「守る必要はない。芽は退屈に育つ」と返した。
エリスが骨鐘に指を置く。「芽吹きは札にならない。なおるのを見れば十分」
群衆は迷いながらも、花の白さに目を奪われ、紙を買う手を止めた。
◇
夜、砂市の広場。
煙瓶を抱えた者が集まり、煙を売り買いしていた。
だが瓶は重く、胸を塞ぐ。
そのとき、無名番が煙飲窓を持ち込み、撫書で「むね ひらく」と描いた。
煙は窓を通り、瓶に吸われず、空気は軽くなった。
「瓶より窓」「札より座」
声が広がり、瓶を地に置く者が出た。
煙の市の司は苦い顔をした。
◇
翌朝。
観測窓・空版に、新しい欄が足された。
「煙/火/灰花」
マルコが書き込む。「煙=飲窓」「火=撫器」「灰=畝で芽吹き」
「維持=掃除。逆押し禁止。印は外。無料」
レオンは帳面に記した。
「火棚 v2 完了。煙飲窓/火撫器/灰畝花。退屈を骨に。札を礼に」
灰花が静かに咲き、煙は座を通り、火は刃を忘れ、夜は穏やかに降りた。
物語はまた進む。火の札を売る市が沈むとき、次に現れるのは水の札を商う声だろう。




