表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/85

【青嵐編】83:xx19年3月24日

ドミトリー暁から徒歩10分ほどにあるスーパーは、

全国展開している大型スーパーで三階建ての建物だった。


1階には生鮮食品が中心に並び、

2階はお菓子や飲料、酒類、インスタント食品など、

さらに3階には、日用品やキッチン用品、さらに市販薬や調剤薬局まで置かれている。

ノートや文房具の類も並んでおり、日常の買い物に困ることはなさそうだ。


乃亜は自分の部屋に置く食材などの購入をすすめる傍ら、

ましろや隼人ともに明日香たちに指定された材料の購入も進めていく。

会計についてはましろがいったん建て替えた。

それらや、すでに購入されている材料の原価などを計算し

あとで割り勘をするのだそうだ。

原価計算についてはもちろんざっくりとしたものらしいが

明日香が毎回きちんと清算するのだという。

将来喫茶店を開きたいという彼女の夢は決して物語なのではなく

きちんとした計画の上、進められているものらしい。


その後マンションに戻り、購入した材料を明日香や茉莉、空良に渡し

少し手持無沙汰を感じながらも料理の完成を待った。

とはいえ買い物に行っている間にできることは進めていたらしく、

30分ほど待って、やがて共有ダイニングには美味しそうな匂いとともに夕食ができあがった。


食事の献立は、山盛りの唐揚げ、トウモロコシの炊き込みご飯、

トマトとエビのスープ、そら豆とキノコ・わかめのサラダだった。

彩りもよく、大変に食欲をそそるそれらを眺めながら

ジュースをグラスに注いで乾杯する。


 「んじゃ、茉莉と乃亜はドミトリー暁にようこそ!ってことと、

  これからみんなでいろいろ楽しく過ごそうぜってことで、カンバーイ!」


乾杯!とそれぞれ賑やかに声を上げ、早速食事が始まった。


 「美味!唐揚げ最高!」

 「美味いよな、店で食べるやつみたいだ」


早速メインである唐揚げに手を出したらしい隼人と空良が感想を口にする。

明日香と茉莉は微笑み合って嬉しそうだ。

乃亜はサラダに最初に手を付けた。

炒めた玉ねぎが入っているらしいドレッシングは味がしっかりしており、

手作りのそれには思えないほどだった。

先ほど作っていたのは茉莉だったはず。

乃亜は正面に座る茉莉に声をかけた。


 「このドレッシングすごく美味しいです」

 「ほんと?よかった!玉ねぎ炒めるのが少し手間だけど、美味しいでしょ?」

 「ええ、とても」

 「よかったらレシピ教えよっか?」

 「嬉しいです。ぜひお願いします」

 「明日香、この炊き込みご飯て簡単?今度私も作りたい」

 「トウモロコシ切るだけだし、簡単だよ。

  あまったらおにぎりにして冷凍して置けばいいからおすすめ」

 「確かに。夜食にもなりそう」


隣側に座るましろと明日香がそれぞれ話し、

隼人と空良も感想を言い合いながら料理に舌鼓を打っている。

こんなに賑やかな食卓は本当に久しぶりかもしれない。

おそらく、薬師の施設にいたとき以来だ。

あのころは年齢も、そして心の状態も様々な面々が

必要に応じて職員にフォローされながら楽しく食事をしていた。

なんだか少し懐かしさを覚えつつ、乃亜は食事を進めた。


やがて食卓のおかずがほぼ空になり、

僅かに残ったサラダや炊き込みご飯を隼人が処理している中、

冷蔵庫で冷やしている麦茶をテーブルに運んできた空良が乃亜に目を向けた。


 「そういえば、乃亜は学科は?聞いていなかった気がするんだが」

 「私は芸術学部の音楽学科です」

 「あ、一般学部じゃないんだね」


明日香の言葉に乃亜ははにかんで頷いた。

その口ぶりからして、他の面々はみな一般学部なのだろう。

ボウルごと引き取ったサラダを咀嚼し飲み込んだ隼人が

そういえば、と言葉を繋げる。


 「なんか楽器やってるんじゃなかったっけ?静から聞いた気がする」

 「あ、はい。ヴァイオリンを少し……」

 「乃亜、高校のときに全国規模のコンクールで2位とって

  大学推薦で入学入ったやつが「少し」はおかしい」

 「ええっ?!全国2位?!」

 「えっ、すごい、すごいね?!」

 「ちょ、ま、ましろ……!」

 「情報は正確にしないとね」


焦って声をあげるましろに、彼女は肩をすくめるばかりだ。

そんなはっきりと言わないでほしい。

乃亜とてそれが決してたやすいことではなく、素晴らしい成績だということは理解している。

しているが、それをひけらかすようなことはしたくない。

驚愕に目を見開く隼人をはじめとしたフロアメイトの視線に

いたたまれず頬を赤くし、思わず身体を小さくする。


 「音楽学科に推薦ってすごいな。

  そもそも全国コンクールで実績があるのがもうすごい……」

 「今度聞いてみたい!ここってどこか弾いていい場所あるのかな?」


空良の感嘆の声にかぶせるように茉莉が声を上げた。

乃亜は驚いて茉莉を見るが彼女の目は輝いている。


 「え、い、いえ、基本的に屋内は禁止だったと思いますし……」

 「いや、中庭だったらいけるはず」


普段大変に頼りになる友人が、今日に限って

なにやら一向に味方になってくれない。

乃亜はましろを信じられない目で見るも、彼女は徹底して楽しそうだ。


 「私も久しぶりに聴きたいし、矢島さんに聞いておく」

 「いいじゃん!ヴァイオリンの生演奏自体聞いたことない!」

 「私も聴いてみたいな……!」


ましろに次いで隼人に明日香まで賛同し、

言葉こそ発していないが明日香の正面で空良まで頷いているではないか。

乃亜は焦りながらいったんこの場は流すことにした。


 「あ、あの、私の話は置いといて、皆さんの学科はどちらなんですか?

  ましろと隼人が体育学科というのは知ってますけど……」

 「あ、そっか、言ってなかったね」


茉莉の言葉に、どうやらこの場では流すことに成功した様子である。

横にすわるましろから視線を感じるが気づかないふりをすることにした。


 「私は教育学科だよ。将来、保育士さんか小学校の先生になりたいの」

 「茉莉にぴったりだよな!で、空良は……」

 「工学科だな」

 「ああそっか、空良工学科か。じゃあ静の講義も受けるかもね、乃亜」

 「そうですね」


兄の分野は物理学だ。

なにかしら関連していても不思議ではない。


 「静って昼間乃亜と一緒にいた人だよね?」

 「はい。6つ上の兄です」

 「で、俺やましろと同じ道場に通ってた。

  バカ強かったけど高校で引退しちまったんだよな」

 「まぁ、本人はそれほど注力する予定は初めからなかったみたいだしね。

  それで今は暁天大学の院生してる」

 「うん?それで講義?」

 「修士課程や博士課程の学生が、講義のお手伝いをすることがあるそうで。

  ティーチングアシスタントというそうです」

 「え、それ、結構すごい話だぞ?」


空良の顔色が変わる。

乃亜は目を瞬かせ、隣のましろに目を向けると

彼女も不思議そうな顔で乃亜に顔を向けた。


 「それ、TAってやつだろ?

  本当に優秀な学生にしか声はかからないものだったはずだし……」

 「そ、そうなんですか……?」

 「……うん、私も乃亜も静が優秀なのは分かってたけど、

  優秀すぎて感覚バグってるかもしれない」

 「おそらくバグってる。

  その人すごいな……ちなみに、専攻はなにか知ってるか?」

 「え、えと、分野としては現代光学ですね」

 「授業選択の時にシラバス確認してみるよ。工学科なら選択にありそうだ」


どうやら興味がわいたらしい。

乃亜は改めて兄が自分の想像以上に優秀なのかもしれないと

尊敬する度合いを一段階上げた。

どんな形であれ、兄が褒められるのは嬉しい。


 「ああ、あとましろの彼氏」

 「えっ?!」

 「えっ、そうなの?!ちょっと詳しく聞きたい!」


さらりと言った話に今度はましろへ視線が注がれた。

ましろ自身はぎょっとしているが、少し頬を染めただけで

すぐにじとりと隼人へ目を向ける。


 「ちょっと隼人……」

 「いいじゃん、別に。隠してないし」

 「隠してないけどお前が言うなよ」

 「ああ、そういう繋がりでましろと乃亜は仲がいいのか」

 「そう、ですね。最初は兄さん繋がりで知り合いましたから……」


懐かしい話だった。

まだ自分が静と共に暮らし始めて、本当の間もない時期、兄を通じて知り合ったのだ。

今思い返せば、自分で言うこと、考えること、自分の意志を伝えるということ、

そういった自分を支点としてのあらゆることが怖い時期だった。

しかしましろはそれをやわらかく、あたたかい言い方で、導いてくれていたように思う。

ましろもそれを思い出したのか、こちらに向ける視線は優しい。


 「もうなんやかんや、6年くらいの付き合いかな」

 「そうですね。私が中1の時ですから」

 「って言うことは、その頃にはもう、乃亜のお兄さんと付き合ってたの?」

 「ああ、いや、まぁ、話すと長いからまた今度ね」


そのあたりのアレコレについては確かに長い。

ましろがここにいる面々に、自身の病気について話しているかはともかく

二人が結ばれた経緯については、確かに一言では難しいだろう。

乃亜は少し戸惑った様子のましろを見て、小さく笑った。


 「ふふ、ましろっていつも平静だけど、

  彼氏さんの話になるとちょっと可愛くなるんだね」

 「そうそう。もうゾッコンってかんじだもんな!」


くすくすと微笑ましそうに笑う明日香に便乗し言った隼人だが

その表情は明日香とは異なり、明らかににやにやとからかいを込めている。

それをましろが見逃すはずもない。


 「お前本当にやかましいな。

  今年は英語のテスト対策付き合わないからそのつもりで」

 「ちょっ!!そ、それはっ、それだけは……!!」

 「自力で頑張れ」

 「まっ、ちょっ、……ご、ごめんなさいデシタ……」


やはりましろが一手も二手も先を行くようだ。

二人のそのやりとりに共有リビングは笑いに包まれた。





賑やかな夕食を終え、片付けを済ませたあと、乃亜は自室へと戻った。

片づけ終えたばかりのガランとした室内は、

まだどこか他人行儀で冷たい空気感に包まれ、あまり落ち着かない。

先ほどまでひどく賑やかだったこともあるだろう。

誰もいない室内に広がる沈黙は痛い。


学習机に置いた時計は19:00を示していた。


兄と二人で暮らしていた頃でも、この時間は一人で過ごすことはあった。

しかし、それでも兄が帰って来るという前提であったし、

心細さはあまりなかったものだ。


しかし今は違う。

この部屋に帰るのは自分だけであり、兄は遠く、あのマンションにいる。

それにひとつ息を吐き出した。

まだまだこの、胸に空いた穴が埋まるまでは時間がかかりそうだ。


慣れない給湯器を操作して風呂に湯をため始める。

荷物の中にいれたままにしていたスマートフォンを取り出し、

ベッド奥のコンセントに差した充電ケーブルに差し込む。

ぱっとついたロック画面に、新着通知が入っていることに気付いた。


その通知に、はっとして乃亜はケーブルから一度外し、ロックを解除した。

CORDに新着が1件ついている。

すぐにチャットルーム一覧を開いた。

新着がついている名前に、乃亜の表情は花が開くようにほころぶ。

煉矢からのものだった。


 『今日は手伝いに行けなくて悪かった。

  無事に完了したか?』


メッセージがきたのは一時間ほど前だった。

乃亜はベッドに腰かけ、それに返信を入れる。


 『お仕事ですし、気にしないでください。

  無事に終わって、今まで、ましろや、今日知り合った人たちと食事をしてました』


少しして既読が付いた。

返信を少し楽しみに待っていると、通話の着信画面になった。

驚きつつ、すぐに通話開始ボタンをタップし、耳に当てた。


 「こんばんわ、煉矢」

 『ああ、こんばんわ。いきなり電話して悪いな』


その声に先ほどまであった寂しさのようなものが瞬く間に霧散した。


 「いえ、部屋ですし、大丈夫です」

 『よかった。今日行けなかったからな、声が聴きたかった』

 「……はい、私もです」


実際、打ち合わせが入ったと聞いたとき、

内心では少し残念には思っていたのだ。

付き合い初めてから1年、幾度もデートもしているけれど、

それでも、社会人として、加えて相当に優秀らしい彼は、

土日に仕事が入ることも珍しくはなかった。

会える時間は貴重なのである。


 『今度の休みに埋め合わせさせてくれ。

  そうだ、ましろから、ショッピングを勧められたぞ』

 「ああ……本当に連絡いれたんですね」

 『服が少なすぎるから絶対に困る、とな。

  まぁ、お前があまりあれこれ買う質でないのは俺も知っていたが』


少し笑ったような声色だ。

煉矢にまで言われてはいよいよ本当にそうなのだろうという気がしてくる。

乃亜は苦笑いを浮かべるほかない。


 『次のデートはアウトレットにでも行くか?

  その方が、お前も買いやすいだろう』

 「ええ、嬉しいです。ぜひ、そうしたいです」

 『分かった。じゃあ、今度のデートはそうしよう。

  車でそちらまで迎えに行く』

 「場所は分かりますか?」

 『ああ。静がいた時に何度か行ったことがあるからな』


彼もまた暁天大学付属高校の卒業生だ。

兄とはよく交流していたのだし、そう言ったことがあってもおかしくはない。


 「楽しみにしています。

  でも、煉矢も無理はしないでくださいね」

 『何度も言ってるだろう。俺にとっての休息は、お前と過ごすことなんだ。

  俺に休んで欲しいと思うなら、付き合ってくれ』

 「……その、体力的な意味は含んでないですよね?」

 『そっちはどうとでもなる』


ならないと思う、という言葉を思わず飲みこんだ。

おそらく言ったところで、それこそどうにもならない。

そう思うくらいには、この一年をかけて理解した。


 『それじゃ、時間はまたCORDで連絡するから』

 「はい、お願いします。

  楽しみにしていますね」

 『ああ、俺もだ。おやすみ』

 「はい、おやすみなさい」


そうして通話は終わる。

乃亜は微笑みながら、通話の切れたスマートフォンに視線を落とした。

通話の裏で外のような音がした。

電話の短さから、おそらくまだ仕事中なのだ。

それでも電話をしてくれた。


声が聴きたかったのはこちらも同じ。

兄の帰らない、自分ひとりだけの部屋。

今日から暮らしていくこの部屋に漂う他人行儀はまだ変わらない。


しかし、心に流れる寂しさはいくらも消え失せていた。


 「ありがとう、煉矢……」


乃亜は微笑みスマートフォンを抱きしめる。

先ほどまでどこか冷たかった部屋が、少しあたたかくなった気がした。


-------------------

★毎週木曜11:30・日曜19:00頃更新予定★

-------------------

★アルファポリスでも連載中★

https://www.alphapolis.co.jp/novel/598640359/12970664

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ