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【一葉編】6:xx13年8月18日

静かにエアコンの音がする自室。

どうやら他の人よりも聴力が特別良いらしい自分の耳には、

窓の向こうからわずかに虫の声が聞こえている。

真夏の夜に聞こえる虫の声は、どこか寂寥感を漂わせた。

しかし、普段であればそうも思うが、今の自分の心境には当てはまらない。

明日のことを考えると、胸がどきどきと煩くて眠れないでいる。


先月、夏休みに入ってすぐに、静から音楽教室に見学に行こうと提案された。

それもピアノではなくヴァイオリン。

確かに以前いた場所では度々弾いていた。


静にも話した通り、よく弾いていたのは、身近に置くことが出来ていたからだ。

楽譜の読み方も、基本的な弾き方もすぐに覚えた。

初めてそれを弾いたとき、なにか身体が軽くなったことを覚えている。

そして敬愛する先生もとても優しい笑顔でほめてくれた。

その時から乃亜にとって、ヴァイオリンは身近な存在になった。

なにか特別なことをしているわけではない。

きっと弾き方もつたない。

それでも先生たちはとても褒めて、楽しそうだった。


ここにきて三か月以上が経過して、その間一度も弾いていない。

時折楽譜を見たり、動画配信サービスのアプリで演奏を聴いたり、

見知らぬ誰かが弾いている姿を眺めるだけ。


明日はいよいよその音楽教室に行く日だ。

あくまで見学なので、弾くことはできないかもしれない。

それでももしかしたら、迷惑にならないのであれば、

勇気を出して、少し弾きたいと言ってもいいだろうか。


そう考えると胸が躍る。

どうしてそんな風に感じるのかは、正直乃亜にも分からない。

ただ、そうった理屈は抜きにして、今あるのは、

ヴァイオリンを弾けるかもしれないという期待一色だ。


乃亜は窓の向こうの物音を聞きながら、はやく明日になるように

必死に眠りの糸を手繰り寄せる。

残念ながら、それを手にしたのは、いくらも夜が更けてからだった。




乃亜は少し眠たい目をこすりながら、駅の改札を抜けた。

その様子に静は苦笑いを浮かべている。


 「昨日、寝付けなかったのか?」

 「え、……はい」

 「ふふ、楽しみにしていたようで何よりだ」


気恥ずかしい。

遠足に行く前の子供のようなものだが、事実乃亜にとってはそれと同じである。

乃亜は交通ICカードを鞄にしまいながら目を逸らした。


音楽教室は隣駅からバスで15分ほど。

乃亜たちのマンションの最寄り駅はそこまで大きな駅ではないが、

隣の駅は複数の路線が交差し、大きな駅ビルも併設され、

ここいら周辺では最も活気がある駅だった。

以前、ましろとピクニックに行ったのもこの駅の近くだが、

その時は駅ではなく近くの公園が目的地だったため、

直通となるバスで向かっていた。


乃亜自身がその駅に降り立ったのは、静と二人で暮らし始めてすぐの頃だ。

家具であったり服であったりと、生活に必要なものを買いそろえるために来た時が最後だ。

同じ中学の友人たちはよく出向いているらしいが、

乃亜はあまり人混みや喧騒が得意ではない。

そのため本当に用事がなければあまり出向きたい場所ではないのだ。


隣の駅に降り立ち、バスターミナルへ向かうべく、

広い駅の中を兄と二人で歩いていく。

複数の路線が交差している駅ということもあり、

人の多さは眩暈がするほどに多い。老若男女さまざまである。

思わず見上げてしまうほどの背の高い駅ビルは二棟に分かれているようで、

商業用の施設だけでなく複数の企業が入っているテナントビルとしての側面もあるらしい。

それらが両サイドに並んだ広い道幅の通りを抜けるとバスターミナルが確認できた。


 「乗り場は……4番乗り場、こっちだ。

  乃亜、大丈夫か?」

 「はい、大丈夫です」


乃亜はそう答えるも、心の奥では少々疲弊していた。

道順はそう複雑ではないが、なにせ人が多い。

夏休みということもあるだろうと信じたいところだ。

兄が傍にいてくれるからなんとか気持ちも落ち着いていると自覚している。

静はそれを察したのか、背中に優しく触れてくれた。


 「もし通うことになっても、最初の内は俺も一緒だから安心しろ。

  次第に慣れていく」

 「……はい、ありがとうございます」


また兄の負荷を上げることになるのかという申し訳なさも湧き上がる。

けれどそれと同じくらい、兄の言葉に深い安堵を覚えた。


4番のバス乗り場でバスを待つこと5分。

目的のバスがターミナルに到着し乗車した。

ここから約15分ほど揺られる必要がある。

なだらかな駅前から少々急な坂をバスは進んでいく。

やがて事前に聞いていた停留所が近くなり、静が降車ボタンを押した。


バスから降りたふたりは閑静な住宅街の中にいた。

一見、音楽教室のようなモノがあるようには見えない。

乃亜は少々不安を抱くが、静はスマートフォンを取り出し、

地図を確認して、こっちだ、迷うことなく歩き出した。


徒歩5分もかからないところにあった少し広めの住宅。

白い壁に、大きく開かれたアイアン製らしき門。

門の奥には白い砂利の中央にレンガの道が2m程度続いている。

脇には素焼きのプランターが並び、背の低い向日葵が咲いている。

道の奥にあるのは住宅とは独立していそうな小屋、

入り口に『みずの音楽教室』と書かれたパステルカラーの立て札がかかっていた。

立て札は白のアクリル絵の具で塗られ、虹のような模様に、

ピアノやヴァイオリン、フルートなどが描かれている。


 「ここだな。時間は……ちょうどいいな。乃亜、行こう」

 「は、はい……!」


肩掛けのトートバッグの肩紐をぐっと握る。

どうしても初めて会う人には緊張を覚えてしまう。

そ、と静の手が背中に触れた。

顔を向けると優しい笑みで頷いてくれた。

その手の温もりはいつでも不安や緊張をほぐしてくれる。昔からずっと。

ふう、と息を吐いた。


乃亜が落ち着いたと確認した静が、小屋の入り口脇のインターホンを鳴らした。


 「はい」

 「教室見学に来ました、斉王ですが」

 「はい、お待ちしてました。今開けますね」


明るい女性の声がした。

ややあって、がちゃりと扉が開く。


 「ようこそおいで下さいました。中へどうぞ」


ドアを開けてくれた女性は緩いパーマをかけたショートカットの女性だ。

髪色は黒に所々茶色のメッシュが入っている。

品のあるブラウスにロングスカート。耳には真珠のイヤリング。

派手というよりもエレガントさを感じるのは、女性の雰囲気のせいかもしれない。


女性に促され中に入ってすぐ、横に延びた通路に突き当たった。


 「狭くてごめんなさい。教室内は土足厳禁だから、

  ここで靴を脱いで、スリッパに履き替えていただけますか?」


右に下足棚、左側に奥へ通じる通路になっている。

ふたりは従い靴を脱いで棚に片し、女性が用意したスリッパに履き替えた。


女性はそれを見届け、左側の通路、突き当たり右手の扉を重く押した。

小屋全体が防音室のようになっているのかもしれない。


静が進む後ろに続いて乃亜も後を追う。

白く狭い壁は少し不安を感じさせるが、

ディフューザーだろうか、柑橘系の良い香りがする。

重そうな厚い扉を抜けると、ひときわ明るい室内が広がった。

外から見た時の印象よりも広い。


足元はしっかりとしたえんじ色のカーペット。

防音が施された壁はそのままだが、天井から観葉植物のプランターがつり下がっている。

白い棚の上には可愛らしい陶器製の天使の飾りが並んでいた。

その中にはびっしりと紙の束らしきもの、おそらく楽譜だろう。

そしてひときわ目立つのは室内奥に置かれたグランドピアノ。

壁際に綺麗に並べられたフルート、そして、ヴァイオリン。

思わずくぎ付けとなってしまう。


 「さて、ようこそ、みずの音楽教室へ。

  私がこちらで指導させていただいています、水野薫子です」

 「よろしくお願いします。

  斉王静です。こっちが妹、実際に入会を検討している……」

 「っあ、さ、斉王乃亜です。よろしくお願いします」

 「はい、乃亜さんですね。よろしくお願いします」


にこりと微笑むと優しい笑い皺が口元に浮かんだ。

少しほっとする。


彼女は壁際の椅子に座るように二人を促す。

折り畳み式のテーブルと椅子に、それぞれ着席する。

彼女は印刷した紙を確認しながら口を開いた。


 「事前に薬師先生からもお伺いしていますが、

  静さんが保護者ということでよろしかったですか?」

 「はい、間違いありません」


年若い兄が保護者ということで、おかしな目でみられるだろうか。

少しそういった不安が浮かぶが、水野はさして気にした様子は見せていない。

念のための確認としていただけだったようだ。


 「私の音楽教室では、ピアノ、ヴァイオリン、フルートを教えています。

  私自身の専門はピアノですが、ヴァイオリンやフルートも教えることは可能です。

  乃亜さんのご希望はヴァイオリンでしたね」

 「は、はい……」

 「薬師先生からも聞いていますよ。とても上手だって」

 「いえ、その、最初だけ、教えていただきましたが、

  本当、独学みたいなもので……」


心の中で薬師先生に対して、どんなことを言ったのかとつい文句が出てしまう。

小さくなる様子の乃亜に水野はくすくすと笑った。


 「上手かどうかは二の次で問題ないんですよ」

 「え……?」

 「私は音楽の楽しさをたくさんの人に知ってほしくて、

  教室を開いているところがありますから。

  乃亜さんも音楽が楽しい、ヴァイオリンが楽しいと思ってくれたらそれで十分」


ヴァイオリンを弾いていて楽しいという感覚はまだひとつよくわからない。

乃亜にとってヴァイオリンを弾くことは、さして特別なことではなかったからだ。

そういう意味では彼女のいう言葉は、まだよく理解が追い付いていない。

不思議そうな顔をしていたのだろう。

水野はにこりと笑って返した。


 「とはいえ、もちろんコンクールなどへの出場もサポートしています。

  高いモチベーションになりますからね。

  生徒の希望で、そういったことを進めてもいますが、

  これは必須ということはなくて、あくまで本人がやりたいならという形ですね」

 「実際にコンクールなどに出ない生徒も?」

 「ええ、もちろん。あくまで趣味、楽しむ、ということを

  第一優先として通っている子もいます。

  私はそれでいいと思っていますから」


それに乃亜は安堵を覚えた。

音楽教室自体はいいが、コンクールに出ることを求められたらどうしようかと考えていた。

勿論自分にそこまでの技量があるとは思えない。

しかし、万が一ということもあるし、教室の方針として、と言われたらどうしようかと。

だがそういったことにはならなそうだ。


 「さて、お話ばかりでもつまらないでしょう。

  乃亜さん、せっかく暑い中来てくれたのだし、

  ヴァイオリン、弾いてみませんか?」

 「えっ?!」


心臓が跳ねた。


 「楽譜は読めますか?」

 「え、あ、は、はい、読めます……!」

 「ふふ、お目目がキラキラしてて、可愛らしい。

  静さん、よろしいですか?」

 「ええ、もちろんです。楽しみにしていたようなので、ぜひお願いできたら」

 「に、兄さん……っ!」

 「あら、嬉しい。では椅子と机はいったん片しましょうね」


楽し気に笑う静と水野の様子に、乃亜は頬が熱くて仕方ない。

しかもヴァイオリンを弾けるという。心臓が五月蠅い。

ふたりが机と椅子を片していくのをオロオロと見ながら唇を引き締める。


 「乃亜さん、クラシックは聞くかしら?

  J-POPのヴァイオリンカバーとかでもいいですよ」

 「え、と、クラシック、聴きます……でも、J-POP……?」

 「ふふ、久しぶりに弾くんだもの。好きな曲のほうが楽しいでしょう?」

 「そういったカバーもあるんですね」


静が壁際にたたんだ机を片しながら尋ねる。

水野は静に礼をいいつつ頷いた。


 「先ほど申し上げたような、あくまで趣味としている生徒さんなんかは

  そういった曲を弾いたりしていますよ。

  音楽は楽しむもの、というのが私の信条ですから。

  乃亜さん、いかがかしら?」

 「あ……そ、そうですね、その……クラシックで、お願いします……」

 「分かったわ。そうね……」


水野は棚にいくつも入っている書類の束を取り出す。

クリアファイルに入った束には、付箋がいくつも張られていた。

その中の数枚を取り上げる。


 「ドヴォルザークのユーモレスクって曲はわかる?」

 「あ、はい、分かります」

 「ならこれにしましょう。楽しい曲だし、基本が出来ていて、

  楽譜が分かるならこれくらいでいいかと思うんだけど。

  ああ、でも、弾けないからと言って落ち込まないでくださいね。

  久々なのでしょうし、今は緊張していると思うもの。

  失敗して当たり前。

  ゆっくり、ヴァイオリンを弾くと言うことを楽しんでもらえればいいわ」


そう話しながら譜面台にその楽譜を並べる。

乃亜は高鳴る心臓を抑えるように組んだ両手を胸元に置きつつ、

その楽譜の前に立った。

五線譜に並んだ音符たちは乃亜を瞬く間に音楽の世界へと呼びこんでいく。


カタリ、と軽い音が聞こえる。

水野は壁にかかったヴァイオリンを取り上げた音だった。


 「せっかくだし、調律もしてみますか?以前やったことは?」

 「は、はい、あります……でも、自己流というか……っ」

 「構いませんよ。道具はなにを使っていましたか?」

 「い、いえ……道具は、特には……」

 「はい?」


乃亜は水野が差し出したヴァイオリンを受け取る。

久々の感触、重み、それに心がひどくざわつく。

その感覚がなにか、自分でもよく理解できていない。

ただ、この感触がひどく心地よいのは確かだ。


水野がぽかんとしていることなど乃亜にはもう見えていない。

ただ右手で弓を、左手で弦を、あごの下にヴァイオリンを構える。

久しぶりだ。

G線と呼ばれる弦を弓で弾く。

心地よいヴァイオリンの音。少しズレがある。

乃亜は迷うことなくペグを回してもう一度。

今度は問題なさそうだ。

そういった手順を順次すべての弦に対して進めていく。


すべての弦の調律を終えて、ちらと水野と静を見れば二人は唖然とした様子を見せていた。

乃亜はそれに戸惑い、目を泳がせる。

弾いていいのだろうか、まだ少し待っていた方がいいのだろうか。


 「……あ、あの……弾いても、平気、ですか?」

 「え、あ、そう、そうね、ええ、大丈夫よ……」


水野の声はどこか上ずっている。

頬が紅潮しているように見える。

なにかまずいことをしたのだろうか。血の気が引く。

ちらと助けを求めるように静を見ると、静もはっとしたようだ。


 「大丈夫だ、乃亜。弾いていい」

 「は、はい……」


兄が笑って大丈夫というのならそうなのだろう。

水野の様子は気になったが、兄が言うのなら、そこに不安はない。


乃亜は改めてヴァイオリンを構える。

本当に久しぶりだ。

音なく息を吸い込み、ふうと息を吐き出し、譜面を見る。


その瞬間、乃亜の雰囲気が変わったように見えた。

静はそれに一瞬目を細めるが、乃亜が弓を引いた瞬間に大きく目を見開いた。

軽快な旋律、まるであたたかい風が吹き込んだような衝撃。


はるかな空とどこまでも続くような一面の花畑。

鳥が飛んでいる。やっと帰ってきたと巣に帰る。番に寄り添い、愛の歌を歌っている。

風が花の香りと共に花びらをとばし、その愛を祝福している。

思わず目を閉じて、そのささやかな幸福の歌に浸る。

優しくあたたかい、ささやかな幸せと、一面から香る花の香り。

しかしそれだけではない。

ただあたたかいのではなく、嵐のあとのような、

なにかの災禍のあとに得たようなそんな幸福感だ。


何故だか目の奥が熱くなる。

乃亜の奏でる姿は今までに見たことがないほどに生き生きとしている。

つい先ほどまで、不安と緊張とで固まっていたように見えたのに

弓を引く姿は軽快で、表情には微笑み、心底心地よい、歓びが広がっている。

自分の妹は、あんな風に笑うことが出来るのか。


あまりにも雄弁な音色とその奏でる姿。

妹の初めての姿に、静はひたすらに驚くほかない。


3分程度の曲が終わり、乃亜はなんとか弾き終えたと安堵する。

ちらと静と水野を見るも、二人は目を丸くして口が半開きになっている。


 「あ……あの……」


つたない演奏に閉口させてしまったのかと焦り、目を泳がせる。

再び、兄に助けを求めた。

だが静がなにかを口にするより早く、水野が乃亜の両手を掴んだ。


 「すごい!!あなたすごいわ!!」

 「えっ、あ、」

 「確かに技巧はまだまだよね、でも独学でそれだけできてるなら十分だし

  ここでこれからまなべばいいんだもの!!

  そんなことより今の!!すごい!!まるで風よ!!

  あなたが弾いた瞬間風が巻き起こったわ!!

  とんでもないことよこれは!!」

 「えっ、か、かぜ?」

 「あなたがヴァイオリンとこれからどう向き合っていくか、

  それも含めて一緒に取り組んでいきましょう!

  どう転んでも、あなたはものすごいヴァイオリニストになる!!」


大興奮した様子の水野は先ほどのどこか淑やかな様子はなく、

乃亜の両手を握ったまま頬を紅潮させて一気に話している。

乃亜はひたすらに戸惑い焦っている。

それに静はハッとして、水野に声をかけた。


 「水野先生、落ち着いてください。

  お気持ちは重々察していますが、妹が圧倒されています」

 「あっ、あら、やだ、ごめんなさい……!

  乃亜さん、ごめんなさい、びっくりさせたわよね。

  私としたことが……本当にごめんなさい」

 「い、いえ、大丈夫、です……」


両手を離され、乃亜はほっと息を吐き出した。

それは水野も同じだ。彼女は深呼吸をして興奮を抑え込んでいるようだ。


 「実のところ、薬師先生から、

  乃亜さんはすごい才能を持ってるようなことは聞いていたの。

  でも想像以上だったわ。ああ、驚いた……。

  そもそも道具なしで耳で調律なんて、プロでも出来る人はどれだけいるか……」

 「やはりそうですよね。俺も驚きました」

 「ええ、本当に素晴らしい才能です」


水野と静が驚きながらも感心したように話している。

しかし、乃亜としてはただそれに居心地悪く身体をすくめるしかない。

ヴァイオリンを抱きしめるように抱える。

そんな特別なことをしているなんて思いもよらなかった。

演奏とてそうだ。

途中少し弦の抑えが甘かったような気がしているし、

決して上手いとは思っていない。

きっと二人とも、久しぶりに弾く割には上手いという前提で話しているだけだ。

才能など、そんな大仰なことはないはずだというのが、乃亜の考えだ。

居心地が悪い。


 「乃亜さん」

 「あ、は、はい……」


水野は先ほどの興奮は収まったようで、最初のような穏やかな様子を見せていた。

そして両肩にそっと手を置いた。


 「あなたの演奏、素晴らしかったわ。

  もちろん、技巧的には甘いところもあるけれど、

  なにより音楽を心から楽しんでいるように見えたの。

  ここで、たくさんヴァイオリンを弾きましょう。

  好きな曲でも、楽しそうな曲でも、なんでもいい。

  あなたの才能は素晴らしいものだと思うけれど、

  まずはそこから、はじめてみましょうね」


音楽を楽しんでいるように見えた、と言われても、

その言葉の意味はよく理解できない。

けれど、水野の穏やかな言葉はすうと心の深いところにしみこんでいく。

そのせいだろうか。

またなにか、胸にあたたかいものが広がっていくのを感じ、

それに背を押されるように、乃亜はここにきて初めて、

自分の口角が上がっていくことを感じる。


 「はい、よろしくお願いします」


そうして自然に、口に出していた。


この物語を書くにあたってクラシックも色々聞くようになったんですが、この歳になりクリシックの良さがわかってきた気がします。


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★毎週木曜11:30・日曜19:00頃更新予定★

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★アルファポリスでも連載中★

https://www.alphapolis.co.jp/novel/598640359/12970664

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