【星と太陽編2】64:xx17年4月25日
『なんかやっぱ変だわ。
ちょっとしたときになんか考えこんでるみたいな感じあった』
隼人からのメッセージを静はリビングのソファで眺めていた。
今日は平日だが大学でやることはやり、
必要なデータや資料を引き取って自宅へと戻っていた。
時刻は18:10頃。
夕飯の支度も終えて、妹が帰宅するまでの束の間である。
そのためましろとのデートについても互いにあらかじめ日を決めていた。
その日だけは予定を入れず、互いに時間を作ろうと二人で決めた。
先日の日曜日。
したがってその日であり二人で出掛けたわけであるが
なにかましろの様子に少し違和感を抱いた。
少し離れたところにあるアウトレットモールに出掛けていた。
いくつものテナントが入り、多くの客でにぎわいを見せ、
休憩としてオープンスペースに並んだテーブルの一席に着いた。
キッチンカーで飲み物を注文し、ましろを先に席に着かせ、
受け取った飲み物を二つ持って戻る時、席についていたましろは、
視線の先に見えたなにかに目を伏せ、唇を引き結んでいた。
不思議に思って静もまたそちらに視線を向けたがなにもない。
いくつかのテナントが並んでいるだけだった。
ましろは目を伏せたままだ。
眉を寄せているでもなく、苦しげな様子は見られない。
ただ何かを考えこんでいた。
だがそれはその時だけだった。
席に向かい声をかければ彼女はいつも通りだ。
なにかあったかと問うた。
しかし彼女は素知らぬ様子で何もないと言うばかりだった。
何かを考え込む様子を見せること自体はさほどおかしなことではない。
ただ、何かあったのかと問えばそれについて話しをするのが彼女だ。
隠し事をしない、というよりも、
例えば何か悩みや考えごとがある場合、
基本的にいつまでも自分の中で抱え込まない。
少なくとも、静が今まで接してきたましろという女性はそうだった。
例外があったとすれば、いつかの病気の時くらいだ。
リビングのローテーブルに置いた麦茶を一口飲み、
ふうと溜息を吐き出した。
「やはりなにかあったな……」
なによりも彼女らしくないのは、そういったことを見せて、
それ以上なにも言わないことなのだ。
普段の彼女であれば、
「ちょっと考え事してただけ」等、曖昧ながらもそういった言い回しをする。
けれどそれをせず、なんでもない、と誤魔化すのが彼女らしくない。
静は溜息を吐いた。
なんでも話してくれとは思わない。
誰しも隠し事や言いたくないことの一つや二つはあるものだ。
けれどそう頭で理解していても、全面的に納得できるかというと話は別。
静は手の中に置いたままのスマートフォンに目を向けなおし、
開いたままになっていた、隼人とのCORDにメッセージを打ち込んだ。
『ほかになにか気になったことは?』
既読はつかなかった。
隼人も帰宅途中だ。
そうずっと端末を見てはいられないだろう。
そのとき、玄関から鍵が開けられる音がした。
「ただいま帰りました」
乃亜だ。
静はスマートフォンをロックして立ち上がった。
ややあってリビングのドアが開く。
「おかえり、乃亜」
「兄さん、ただいま帰りました」
「すぐに夕飯にするな」
「はい、ありがとうございます。着替えてきますね」
帰宅の挨拶をする妹は、穏やかにこちらに笑いかけ、自室へと入っていった。
昨年はいろいろあり、心身ともに参っていたが、
それでも夏以降は落ち着きを取り戻し、
二か月ほど前からヴァイオリンも再び解禁され、
それ以降は輪をかけて明るさを見せるようになった。
ヴァイオリンをもう弾いても良い、と医師に言われ、
長く静の部屋で保管されていたヴァイオリンを再び手に取った妹の様子は
本当に心底嬉しそうで、こちらも見ていて心が温かくなったものだ。
今は秋に開催されるコンクールに出るべく、
週に一度のヴァイオリン教室に加えて、自宅でも練習を毎日欠かさずしている。
もっとも、かつての妹を見ている静としては、
それにのめり込みすぎないように、しっかりとセーブさせるようにしているが。
そういえば、乃亜はましろと連絡を取っているだろうか。
静はふとそのことを思い出した。
昨年の夏以降、ましろは頻繁に乃亜と連絡を取り合っているようだった。
乃亜が練習のし過ぎで身体を壊し、筋疲労と腱鞘炎になった時、
ましろに電話越しに事情を話した。
あの時は、静自身、思い返してみても相当に落ち込んでいた。
だから気を回す余裕はなかったが、ましろとて少なからずショックだったのだろう。
それ以後はちょくちょく連絡を取り、乃亜の様子を見守っている節がある。
後で少し乃亜にも聞いてみよう。
静はそう考え、キッチンへと足を向けた。
今日の夕食はシーフードフライだ。
以前乃亜が贈ってくれた青い磁器の平皿に、
エビやホタテのフライが並び、千切りのキャベツとトマト、ブロッコリー、
ピクルスの代わりにらっきょうを使ったタルタルソースが添えられている。
更に、もやしと人参のナムルに、春キャベツとジャガイモの味噌汁が並ぶ。
二人は向かい合い、他愛ない会話を楽しみながら食事を進めていた。
「そういえば、乃亜、変わらずましろとは連絡を取り合ってるか?」
「ましろとですか?」
乃亜は不思議そうに小首をかしげた。
少々突発的だったことは否めないが、仕方がない。
「ああ」
「そうですね、よくCORDでやりとりしますよ。
昨年の夏以降は特に……本当に心配をかけてしまいましたから」
苦笑いを浮かべる様子に、乃亜自身の深い反省が見えた。
静は小さくそれに笑う。
「まぁ、先の件は、俺も色々反省することは多かったし、
ましろも似たようなものだろうな。
……直前の夏休みはちゃんとセーブしろよ」
「だ、大丈夫ですよ……!
検診はなくなっても、整体には通いますから……!」
「是非そうしてくれ」
本当にこればかりは心からそれを継続して欲しい。
静にとって昨年の夏の出来事は軽くトラウマだ。
「ましろからも、ちゃんとマッサージして、
身体をほぐすようにと言われていますし……。
私も反省してるんです」
「ならいいが」
かわいい妹であるが、こればかりは心からの信頼はまだ少し難しそうだ。
静は弁明をつづける妹の様子をくすりと笑い、食事を再開した。
一方で内心、その様子からして、どうやら乃亜はなにも知らないことも察した。
もしましろになにかおかしい様子を感じているのなら、
乃亜であれば自分に相談してきてもおかしくはない。
それこそ、ましろ自身に口止めされていたとしても、
乃亜はあまり腹芸ができるタイプではない。
何より、妹の嘘や誤魔化しは、昨年の夏以降、特に看破しやすいのである。
食事を終え、乃亜が後片付けを済ませた後に自室に戻ったため
自分もまた自室へと戻った。
デスクのパソコンの電源を入れて、
スマートフォンをデスクの上の充電ケーブルに接続させると
新着通知が入っていることに気付いた。
パソコンチェアに座りながらスマートフォンのロックを解除し、
新着元であるCORDのチャット欄を確認すると、隼人だった。
ほかになにか気づいたことはないか、という確認に対する返信だろう。
『気のせいかもだけど、翔の話題が出た時だったかも。
らしくねーの』
それに静は首を傾げた。
翔は静にとっても友人だ。
ひとつ年上だが、些細な年齢差だといって気さくに話をしてくれ、
道場に通い始めた時からなにくれと世話を焼いてくれた。
ましろとも親しい。
自分、ましろ、隼人、翔、それに、創。
おそらく当時、雪見道場の中で高い実力を持っていた自分たちは
なにかと共に稽古することが多かったこともあり、
自然と他の門下生よりも親しくなっていたと思う。
二人の話題に翔があがることはおかしなことではないが、
それで「らしくない」様子を見せるというのはどういうことだ。
「……ん?」
静はふと、先のデートでのましろの様子を思いだした。
ましろがおかしな様子をみせたその時、
彼女の視線の先にはいくつものテナントが並んでいるばかりだった。
珍しいものはなかったはずだ。
銀行のATMコーナー、マッサージ店、保険の相談窓口。
静は隼人に返信を打った。
『翔の話というのは、あいつの仕事の話じゃないか?』
『え、なんで分かったんだよ?』
すぐに既読が付いて帰ってきた返信。
静はやはり、と内心思いながら、さらに考えを深めていく。
顎をさすり、視線はCORDの画面。
しかしその実、深くなる思考と共に目は伏せられ、何も見ていない。
時間にして2,3分程度。
静は自分の中に浮かんだ推測に、肩で息を吐き出した。
その確証を得るため、隼人にさらに質問を投げる。
隼人は何故翔の話題が分かったのかと言っているが
質問にもきちんと答えてくれた。
CORDの向こうで隼人が混乱に染まっていることが想像でき
少し申し訳ない気持ちも抱くが、それは今度説明すると告げて会話を終える。
静はスマートフォンを置き、椅子に深く寄りかかり、天井を見た。
白い壁に覆われた天井の向こう、
愛しい女性の姿を思い描く。
彼女に救われたことは数知れない。
それを一生かけて返していきたいと考えている。
いつか、『torise』で彼女に話したことは、嘘偽りではないのだ。
だが少しばかり、それを急ぎすぎてしまったかもしれない。
そう思うと胸の内に苦いものが広がるが、
それでも、自分には彼女しかいないのだ。
反省はしているが、後悔はなにひとつない。
静は視線をパソコンに戻す。
ましろが自分に話さない理由も、悩んでいるであろうことも察した。
であるなら、自分が次にするべきことは。
「さて、どうしてやろうか」
少し呆れて、しかし声に愛しさがにじむ。
表情にも同様の色が広がっていた。
以前の自分であれば、彼女が話してくれるまで待っていたかもしれないが、
かつて自分から動かなかったことで、
大切な人が苦しんでいることを気付けなかった。
それも二度もだ。
一度目はましろの病気の時。
二度目は乃亜の故障の時だ。
学びもせずに二度も起きてしまったのだ。
今度こそ、同じ轍は踏まない。
静はそういった考えの元、あることを思いつき、少し悪戯めいた笑みが浮かぶ。
それをするためには絶対的に許可は必要だ。
スマートフォンを再び構え、CORDアプリを開いた。
それは静にとっては大いに緊張感を抱くものであったが
おそらく色々感じ取ってくれるはずだとも考える。
静はチャット一覧から、『雪見 八雲』の名前をタップした。
彼氏動く。
静は失敗しても、同じ過ちは二度と冒さないひとです。
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★アルファポリスでも連載中★
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