【葉と灯台編】59:xx17年1月29日
年が明け、新年という雰囲気も落ち着き、商業施設のショーウィンドウは
別のシーズンイベント一色に染まっている、ある日曜日。
休日の賑わいを見せる商業施設の中層階にある、
チェーン店のコーヒーショップでは、季節のコーヒーと題して
カフェモカやショコラフラペチーノといった、
チョコレートをテーマとした商品を大々的に押している。
時期は1月末。
そのテーマの所以など考えるまでもない。
施設のあちこちにあるピンクや赤など、可愛らしい色合いを使ったハートのオーナメント。
二階にある特設販売ブースには、各種様々なチョコレートギフトが並び
連日多くの客が詰め寄っている。
「で、どうするの?」
コーヒーショップでテイクアウトしたショコラフラペチーノに
刺さったストローを咥えつつ尋ねたましろが、隣に座る乃亜に尋ねる。
乃亜の手には同じくテイクアウトしたホットのカフェモカが握られている。
「どう、とは……?」
視線を逸らしつつ乃亜は惚ける。
ましろはストローでフラペチーノを飲み、続けた。
「言っていいんだ?」
「………い、わな」
「煉矢にバレンタイン贈らないでいいの?」
「……っ、ま、ましろぉ……」
情けないような声が喉の奥の方から出た。
乃亜はがっくりを肩を落としカフェモカを持っていない手で額を抱えた。
皆まで言わないでほしいことをあっさりと言わないでほしい。
乃亜は心底そう思った。
ましろといつものように隣駅の商業施設に来たわけだが、
ここに限らず、いまや日本全国、コンビニに至るまでバレンタイン一色である。
乃亜は当初そういったことを意識せずにいたが
実際にこの施設に訪れてはたとその事実に気付いた。
ましろと共にフロアを移動するたび、
そして二階の特設販売のブースを見て、そういうイベントを初めて意識した。
今までバレンタインなど全く無縁そのものだった。
しかし今は違う。
自分には確かに想い人がいて、その人とはなにか、不思議な関係が続いている。
決して無関係でなければ、向こうに嫌われているという様子もない。
それどころか。
夏以降の関係、頻繁にやり取りするようになった距離感、
クリスマスの、デート。そして。
乃亜は自分の耳に輝くイヤリングを意識した。
きらりと輝くクリスタルガラスのイアリング。
ごく小さな三枚の葉が連なったようなデザインのそれ。
つい、この間の出来事だった。
その日、乃亜はいつも通り、学校から帰宅した。
今日は平日なので静は大学に行っている。
夕食の買い物を済ませて帰宅し、いつものように郵便ポストを確認した。
不在伝票が入っていた。
宅配ボックスを確認して開けると、20cm四方の箱が入っていた。
差出人を確認し、乃亜は大きく目を見開いた。
「煉矢さん……っ?」
しかも宛先は自分だった。
煉矢から自分へ。
乃亜は半ばパニックになりながら、それを抱えて自宅へと急いだ。
小走りに自宅へと向かい、家の中に入ると
キッチンに買ってきたものを置くより先に、ダイニングテーブルにその小箱を置いた。
一刻も早く中を確認したい気持ちを抑えきれず、
食材のはいったエコバックをキッチンにとりあえず置き、
生ものである魚だけ冷蔵庫に片づけてダイニングに戻った。
小箱をリビングのローテーブルに置き、
少し震える手で箱を開封していく。
中には梱包材と、底箱よりはるかに小さな手のひらサイズの箱、
そしてメッセージカードが入っていた。
『1/20 Happy Birthday』
流麗な印字でそう書かれたカードに、乃亜ははっとした。
" プレゼントは楽しみにしておいてくれ "
先月、クリスマスに「デート」した時の一幕だった。
食事の最中、色々な事を言われ言葉を返すことも出来ずに
顔を赤くしていたのを思い出した。
「……っ、誕生日のプレゼント……?」
状況からして当たり前のことだ。
誕生日自体を忘れていたわけではない。
しかし、すでに前もって、兄と二人で祝いを済ませていたため
当日についてはあまり意識していなかったのだ。
乃亜はどきどきと心臓が高鳴る中、中に入っている小箱を取り出した。
白い箱に、深いネイビーのリボンがつけられている。
まるであのクリスマスのときに見たプレゼントボックスのようだ。
あの時のときめきさえ思い出してリボンを紐解き、小箱を開ける。
中に入っていたのはイヤリングだった。
小さなクリスタルガラスでできた葉が三つ連なったデザイン。
室内の照明にさえきらきらと輝いている。
まるであの夏のガラスの美術館で見たガラスの木の葉が
そのままイヤリングとなって手元にきたかのようだ。
その美しさに見惚れ、それを選んで贈ってくれたことにただ感動を覚える。
小箱を抱えて自室に小走りに向かう。
スチールデスクの脇に片していた鏡を立てかけ、
小箱から優しくそれを取り上げる。
緊張しながらそれを耳たぶにパチリとつけて、鏡を見た。
「……綺麗……」
耳たぶに沿って、横に葉の連なりが輝いている。
思わず口にした言葉は、感嘆の息と共につぶやかれていた。
乃亜はすぐさま、煉矢にCORDで連絡を入れた。
『誕生日プレゼント、ありがとうございます。
とても、とても素敵で、綺麗で……。
本当に嬉しいです。大切にします』
その返事はなかなか返ってはこなかった。
しかしそれは仕方ないことであるし、分かっていた。
煉矢は今まさに卒論の提出時期であったからだ。
提出は済ませたかもしれないが、
次にある発表に備えた準備もしなくてはならないからだ。
だから返信はいらない。
ただこの感謝と喜びだけは伝えたかった。
実際に返信があったのは夜だった。
『喜んでくれてよかった。
今年は余裕がなくてな。プレゼントだけですまない』
『だけ、なんて言わないでください。十分すぎます。
本当にありがとうございます。
次に会える時に、必ず、つけていきます』
『楽しみにしてる』
そして、今である。
乃亜はついこの間の誕生日での出来事を思い返し、胸がとくんと小さく音を立てた。
彼とCORDでのやりとりや、先月のデート、誕生日プレゼントと
交流を重ねれば重ねるたび、胸の中の想いは深くなるばかりだ。
愛しい気持ち、好きと言う気持ちは膨らんで仕方ない。
一方でもらってばかりいることにも気づいている。
デートやこのプレゼントだけではない。
乃亜にとってなによりも大きな、大切な言葉を多く与えてくれた。
そんな彼に、乃亜はまだなにも返していないと感じている。
「私は静に贈ってるんだけど」
「……そう、ですね」
「乃亜は煉矢に贈るのかなと思ってさ」
「………」
自分がバレンタインに、チョコレートを贈る。
文字列として考えてもとても違和感がすごい。
乃亜にとって、一生縁がない、と思っていた話である。
しかし、客観的に見れば、贈ることに違和感がある状況ではないというのも分かっている。
なにより、今までさまざまなものを贈ってくれた彼に、
本当にささやかながら、お返しができるかもしれない。
乃亜は少しぬるくなったカフェモカのカップを持つ手に力を込めた。
「……その、私、煉矢さんに……なにかを、贈ったこと、なんて、ないんです……」
「うん」
「……迷惑に、ならない、でしょうか……」
「なるわけないよ。断言する」
「えぇ……?」
なぜそこで断言が出来るのか乃亜には分からない。
しかしましろから言わせれば、それこそ何故そう思うのか分からない。
「で、でも、煉矢さん、今とても忙しいんです。
そんな、渡す、時間なんて……」
「送るって手もあるんじゃない?」
「それは……」
確かにこのイヤリングも発送されてきていた。
直接渡すことは難しくても、それくらいなら。
そこまで考えて、乃亜は自分がすでに、贈ることを受け入れていると気づいた。
バレンタインの意味など、さすがの乃亜も理解している。
昨今、そればかりではないにしても、基本としてあるのは、
大切な人への贈り物、愛を込めた贈り物をする日だ。
煉矢とは恋人ではない。
先月のクリスマス、輝くイルミネーションの下で、互いに見つめ合っていたあの時間。
あの時のときめきも幸福感も忘れられない。
愛しい人があたたかな眼差しで見つめてくれていたあの時間。
気のせい、思い上がり、そう自分の言い聞かせても、
あの時の眼差しが、どうしても、自分に対するあたたかな想いを感じさせて仕方ない。
少しだけ、特別な関係にはなれている気がしたのだ。
けれど、それでも恋人ではないのだ。
そんな相手に、バレンタインに贈り物をして、本当にいいのだろうか。
「乃亜、別に告白するって話じゃないんだから」
「こ……っ?!」
ぶわっと一気に顔が熱くなった。
ましろはそれに目を丸くし、やがて苦笑いを浮かべた。
「いや、しないでいいよって話ね」
「あ……、は、はい、それは……もちろん……」
とてもではないが、そんな勇気は出ない。
真っ赤になって俯く乃亜にましろはくすりと笑う。
どうみても想い合ってる二人であるがそれを口にすることは別なのだろうことは察せる。
特に乃亜のように、自己評価が低いのであればなおさらだろう。
とはいえ、せっかくのイベントである。
先ほどの言動からしても、なにがなんでも嫌だと言うわけではないのだろう。
「ちょっとした感謝の気持ちってことで贈るのは全然アリなんだからさ。
第一、乃亜からの贈り物、煉矢がイヤな思いになるなんて絶対にない。
むしろ、喜ぶだろうね?
……もう、どうしたいか、ちゃんと分かるでしょう?」
乃亜はましろの言葉に自分の胸のうちを確かめる。
いくつももらった。
モノも、言葉も。
自分が何かをして、本当に喜んで、お返しになるのだろうか。
自信がない。
" 俺は、お前がヴァイオリンを弾いていたから笑ってみていたんじゃない "
" お前だから、だ "
俯く視界が広くなる。
こんなときさえ、支えてくれるのは、背を押してくれるのはあの人の言葉だ。
「……贈りたい、です」
絞り出した言葉に、ましろは微笑んで頷いた。
その後、二人はバレンタインの特設販売ブースに足を向けた。
あまりブランドには詳しくない乃亜でさえ知ってるような有名なチョコレートメーカーの品や、
名前こそ知らないがつい自分がほしくなるような可愛らしいもの、美しいものまで
色とりどりのパッケージと共に並んでいる。
多くの人がごった返している中で、どんなものがいいか、
ましろとふたりで色とりどりのそれらを確認していく。
煉矢は甘いものはさほど好んでいなかったはずだ。
12月のデートでは食後にデザートは頼んでいたが、以前聞いたとき、
食べられない、嫌い、とまでは行かないが
好き好んで食べることはあまりないと言っていたはず。
けれど今、彼は4年間の集大成として卒業論文の発表を控えている。
きっと疲れもたまっている。
チョコレートはそういった疲労にもいいはずだ。
そんなことを考えながら真剣にチョコレートを吟味する乃亜に対して、
ましろももちろん真剣だった。
12月に驚くようなプレゼントをもらってしまったし、なにより、
将来を真剣に考えているようなことまで言ってくれた。
確かな言葉を貰ったわけではない。
けれど、その想いは確かに伝わっている。
その想いを、自分なりに返したいという気持ちはある。
ひとしきり展示された品々を確認し終えた中、
ましろが手に取ったのは漆黒の箱に入ったチョコレートだった。
「ましろ、決まったんですか?」
「うん。これにするよ」
そういってましろが示した展示品は、
琥珀色の艶やかな光沢の布で飾り付けられた5つ入りのチョコレートだった。
いずれもキューブ型でそれぞの表面には異なった細工がされている。
説明を見れば、日本酒、ワイン、ウィスキーなどが含まれた
酒入りのチョコレートのようだった。
「静、お酒好きだし、でも甘いものはそんなに食べないしね」
ましろはどこか嬉しそうに箱の表面を撫でる。
その眼差しは柔らかで、贈ることを楽しみにさえしているような雰囲気だ。
さすがもう何度目かのバレンタインを経験しているだけはある。
彼女に迷いもためらいもない。
乃亜はそれに少し羨ましさを感じながら展示品を眺める。
本当に贈っていいのだろうかという迷いはまだある。
けれど、それとは裏腹に、
これは感謝の気持ちなのだから、と言い訳のように言い聞かせている自分もいる。
その言い聞かせに、ついに乃亜は思い切って手を伸ばした。
「決まったの?」
「……はい。これに、します」
選んだ箱は深い緑色。さらに橙色の曲線が一つ、二つと描かれていた。
ディスプレイされている中に入っているチョコレートは、オランジェットだった。
オレンジを輪切りにして甘く煮て乾燥させたものに
チョコレートを半分浸してコーティングさせたものだ。
チョコレートもビターなようだし、これならあまり甘いものを好まない彼でも
少しは食べてくれるかもしれない。
少しは、なにかを返せるかもしれない。
「……ましろ」
「なに?」
「本当に、煉矢さん……少しは、喜んで、くれる、でしょうか……」
チョコレートの箱を両手に抱える乃亜に、
ましろはふっと笑う。
ぽん、と肩を叩くと、乃亜は頬を染めながらも不安そうに瞳を揺らしていた。
「絶対、喜ぶよ」
「……はい」
力強く告げたましろの言葉に、ようやく乃亜は不安を消し、
ふわりと微笑み頷いた。
その後二人はチョコレートを会計し、専用の袋に入れてもらい施設を出た。
ちなみに乃亜は静へのチョコレートも別に購入している。
感謝を示すという意味であれば、煉矢に限ったことではないからだ。
兄に対しても同様の気持ちはある。
不思議なことに、静へのものについては
なにも不安は感じられなかった。
以前であれば煉矢の時と同じように不安もあってもおかしく無かったろうに、
今は兄に対しては、そういった不安や心配はほぼ感じない。
どんなことがあっても、兄だけは味方でいてくれる。
そういった確信めいた信頼があるからかもしれない。
購入したものを持ち、乃亜は自宅へと返った。
今日は日曜だが、兄は教授の手伝いがあるらしく外出していた。
明日は代わりに休みを取ったとのことだが、相変わらず兄も多忙である。
自室に戻った乃亜は、二つ分のチョコレートをクローゼットの中へとしまう。
ここであれば、さほどあたたかくもならないはずだ。
静へは当日渡せばよい。
煉矢には発送を考えている。
ましろにも言ったように、彼は今おそらく大学在籍中で一番忙しい時期だ。
そんな中、時間をとってもらうことはあまりにも申し訳ない。
当日から逆算すれば、2,3日前に発送すればいいだろうか。
「……あ、れ……?」
等と考えていた時、はたと、冷静になって考える。
考えて、考えて、結果、血の気が引いていく。
「煉矢さんの家の住所……私、聞いた……?」
肝心の発送先を知らないという事実に、気付いた。
日常的にLINEとかで連絡とってると、あれよく考えたら住所しらんな?ってことありません?
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