【葉と灯台編】58:xx16年12月23日
乃亜と煉矢が東京は丸の内へ「デート」に向かっているその頃。
静もまた、乃亜を見送って間もなく、車を走らせ、ましろの家に迎えに行っていた。
少しばかり緊張を感じながらましろの家の近くに車を停め、CORDで到着を伝える。
すぐにいく、という返信があり、静は柄にもない緊張を打ち消すように息を吐いた。
今日連れて行くレストランは古い馴染みの経営してるレストランだ。
自分も幾度も足を運び、乃亜と一緒に暮らすようになってからは乃亜とも行ったことがある。
彼らは乃亜の成長に喜んでくれていた。
それは彼らもまた、乃亜の幼い頃を知っているからだ。
そしてその喜びは、自分への労いも含まれていた。
よく頑張ったな、と、当時19の自分の頭を撫でてきた。
今更子供扱いは心底やめてほしいが、
彼らにとってはきっといつまで経っても子供なのだろうことは察している。
物音がして顔をあげると、玄関先からましろが出てきた。
彼女は車に気付くと嬉しそうに微笑んで小走りに駆けてくる。
あたたかそうな黒のノーカラーコートに、
普段下ろしたままの髪をハーフアップにまとめている。
が、その後ろに誰かいることに気付き静はどきりとして運転席から急いで降りた。
ましろの父であり、自分にとっては剣道の師範である八雲である。
「よう、静」
「師範……」
ニヤリと笑う様子の八雲に、なにか背筋が伸びる。
恋人の父親だからというわけではなく、幼い頃から染み付いた反射のようなものだ。
それにましろは申し訳ない様子で声をかけた。
「ごめん、静……、父さん、見送るっていうから……」
「いや、いい。ましろ、先に乗ってろ」
ましろは少し躊躇いを見せたが、重ねて頷けばそれに従った。
バタンとドアがしまったところで静は小さく息を吐いて八雲にいった。
「心配されずとも、
そう遅くならないうちにちゃんと家まで送り届けますよ」
「はっ、そんな心配しちゃいねぇさ」
八雲はくつくつ笑う。
どうやらよくある、娘への心配とは違うらしい。
「なに、本当に単に挨拶しにきただけさ。
お前とも久しく会ってなかったからな」
「……確かに、しばらく顔を出してませんでしたね」
「お前も忙しいようだし、仕方ねぇ話だ。
とはいえ、なにか息を付きたければいつでも顔を見せに来い」
「師範相手に息をつく余裕はあまりないんですが」
「言うようになったじゃねぇか」
静としてもこんな風に師範である八雲に軽口を叩けるようになるとは思わなかった。
道場に通っていた時から決して嫌いではなかったし、
苦手というよりも強い敬意を抱いていたため、少し近寄りがたかった。
けれどかつてましろの闘病の際に、随分と親しくはなったと思う。
ふっとわらう静に満足げに笑い、八雲は踵を返した。
「お前がましろとのことをどう考えているかは知らねぇが、
そのあたりもいずれ来た時にでも教えてくれ」
「……師範、それは」
「じゃあな。引き止めて悪かった。気を付けて行ってこい」
八雲はそういって自宅の方へと戻って行った。
なにか何もかもを見透かされているような気がして静は肩で息を吐いた。
間違いなくましろの父である。
静は気持ちを切り替えて車の中へと戻った。
「父さん、なんだって?」
どうやら聞こえていなかったらしいましろが少し心配そうに問うが、
静は肩をすくめ、苦笑い浮かべる。
「ここ最近顔を見せていなかったからな。
顔を見がてら、挨拶にきたそうだ」
「……本当にそれだけ?」
「さあ、師範の胸の内はさすがに俺じゃ分からん。
お前ならなにか察するところもあるんじゃないか?」
「無理。父さんの腹の中なんて、私じゃ、というか誰も読み切れないよ」
ましろをしてこれである。
静はふっと笑い、車を発進させた。
ここから車では約20分ほどだ。
静にとっては馴染みの道を走らせる中、ましろが外を眺めながら声をかけてきた。
「それで、今日行く場所、私聞いてないんだけど、
ついてからのお楽しみにしておいたほうがいい?」
「いや、別に聞いていい。
先に軽く話しておこうとは思っていた。
今日行くのは、事前に伝えていた通り、イタリアンの店なんだが、
俺の古い知り合いの店なんだ」
「静の古い知り合い?」
ましろが首をひねるのも無理はない。
彼に静がもっといくらも歳を重ねているのであれば分からないことではないだろうが
静は次の誕生日で22になるほどの若さである。
正面の道を見ながら静はふっと笑い続けた。
「昔少し話したと思うが、乃亜が俺と暮らす前の施設に入るにあたり、
色々と手を貸してくれた人たちだ。
……というより、俺が中学までいた施設で、
なにかと世話を焼いてくれた人たち、と言った方が正しいか」
「……え、それって……。でも、レストラン……?」
「俺が高校に入るくらいに施設を辞めた。
で、2年ほど音信不通になって、どうしているのかと思っていたが
ある時連絡が来てな。
イタリアンレストランを開業したから遊びに来いと」
「……ちょっと情報量が多すぎない?」
「全くだ。俺も当時理解するのに時間がかかった」
あまりにも破天荒過ぎやしないか。
静は当時頭を抱えたものだ。
その音信不通の2年は、単身イタリアへ飛び、料理の修行をしていたらしい。
元々料理上手だったのは確かだが、かといっていきなり単身飛び出すというのはどういうことだ。
しかも大してイタリア語は愚か英語も話せなかった状態で
それでもなんやかんやと技術を身に着けて帰国し、
馴染みの面々と共に開業までこぎつけたのだから開いた口が塞がらない。
「で、これから行く店がその開業した店、『to ri se』(トリセ)だ」
「……その人たちって、色々お世話になった人たちって言ってたよね」
「言ったな。
……今でも、なにくれと俺のことを気にしてくれている。
だから、お前を紹介したいんだ」
丁度信号が赤になった。
静は助手席にすわるましろへと視線を向ける。
彼女は少し驚いたように、その琥珀の瞳を丸くしていた。
「俺には愛する人も、愛してくれる人もいると、見せたいと思っていた。
……お前を誘ったのは、そういう理由だ」
「……そっか」
ましろはふわりとほほ笑む。
暗がりだったが、曲がってくる車のライトに照らされたその頬は赤くなっていた。
ましろの家から車を走らせて20分ほど。
近くのコインパーキングに駐車し、二人は街灯のともる商店街を歩いていた。
どこにでもあるような商店街だ。
昔ながらの豆腐屋や弁当屋、花屋、古物商などの中に
最近できたと思しきカフェやケーキ屋、雑貨店などが並んでいる。
道幅の広いその道は、まっすぐ行けば駅があるようで、
カンカンと踏切の音や電車の音が聞こえる。
すぐ傍の表通りはバス通りとなっていることもあり、
商店街の道は人や自転車が絶えず行き来している道となっていた。
二人で手をつなぎ歩く中、静が示したのは茶色のクラシカルなドアに
一輪のポインセチアの造花が飾られた店。
ドアの横には、【to ri se】と書かれていた。
「トゥーライズじゃないんだ、これ」
「それが元らしいが、そのままの読みだと捻りがないと言い出したらしい」
「ふふ、成程」
静はドアを引いた。
カランカラン、とドアベルの音が鳴り、ましろを先に通して自身も入る。
「いらっしゃいませ、って、静!久し振りね!」
「お久しぶりです、花梨さん」
「待ってたわよ、少し待っていて」
白いシャツに黒いベストをピシリと身を包んだ女性の店員、花梨が明るい笑顔を向けてきた。
青色のかかった黒の短髪で唇のルージュが印象的だ。
彼女はすでに退店した客の片づけをしているようで、
トレーに食器などを乗せてキッチンの方へと向かって行った。
「いらっしゃいませ。
静、今日は美しい女性を連れているな」
「どうも、昇介さん。ええ、まぁ」
キッチンの方からさらに姿を見せたのは長い薄緑の髪を首の後ろで結わった男性だ。
花梨と同じく、白いシャツに黒いベスト、腰エプロンをつけ、やわらかい笑みを浮かべている。
「あとで改めて自己紹介させていただこう。
花梨、テーブルはもう大丈夫か?」
「ええ、平気よ」
「では、席へご案内しよう」
昇介はメニュー表を持ち、二人を奥の一席へと案内する。
ましろはその間店内を軽く見渡した。
土壁の風合いを感じる明るいクリーム色の壁、
下半分は赤茶色のレンガ。
天井は黒い梁が見られ、からからとファンが回っている。
テーブル一つ一つを照らしている橙色の照明に、
なにより印象的なのは店内の各所に飾られたポインセチアだ。
最奥の壁のポーチにはポインセチアのブーケが飾られていた。
このクリスマスと言う時期を意識しているのかもしれない。
席へ案内される途中、半個室のような席もあり、
それらにはすでに別の客が会話しながら食事を楽しんでいた。
みたところ座席数はさほど多くないようだ。
二人はポーチの脇の一番奥の席を案内された。
出入り用の通路以外は壁に囲まれ、ほぼ個室と言っていい席だ。
壁には囲まれているが圧迫感はない。
壁にかけられた港町を描いた水彩画のせいかもしれない。
コートを端のコート掛けに片づけ、二人は席についた。
昇介は手慣れた様子でメニュー表をテーブルに置く。
「さて、今日はコースの予約だったな」
「ええ、お願いします」
「では、ドリンクと食後のドルチェを選んでくれ。
ドリンクは食前に提供している。
ドルチェはこちらの一覧から選んでほしい」
そういってはがきサイズのリストを差し出された。
ましろはそれを確認するとアルコール以外の欄を眺める。
「俺はノンアルコールのビールで。
ましろはどうする?」
「ん、アップルジュースにしようかな」
「承知した。
先にドリンクを準備してくるので、その間にドルチェをゆっくり考えてくれ」
「昇介さんのおすすめは何ですか?」
「無論、今日・明日・明後日限定ドルチェだ。
チョコレートとラズベリーソースのバランスにかなりこだわった逸品だからな」
「分かりました」
どこか得意げに言った昇介はドリンクの提供のためにその場を離れた。
「昇介さんがこの店のドルチェ担当なんだ」
「へぇ、失礼かもしれないけど、ちょっと意外な雰囲気」
「分かる。あの人はあれでかなりの甘党でな。
だが、あの人のドルチェは本当に美味いからな」
「甘いものそんなに好きじゃない静が言うんだから相当だねぇ」
少し驚きつつましろはドルチェのメニューを見る。
ドリンクメニューと共に、銀の輪で右上を括られた束をめくった。
写真と共に説明があり、通常メニューとして
ティラミスとピスタチオのセミフレッドが書かれていた。
もう一枚めくると、クリスマス限定として、ブッシュドノエルと書かれていた。
2,3cmほどのチョコレート生地のケーキに
ラズベリーソースが皿に彩りを与えている。
「せっかくだし、私はこの限定ドルチェにしようかな」
「俺もそうするか。おすすめしてくれたしな」
「チョコ生地だし、甘いんじゃない?」
「ドルチェと一緒にエスプレッソもつくから大丈夫だろう。
コースの締めに一緒に提供されるんだ」
さすがよく知っている。
ましろはくすりと笑いメニュー表を片付けた。
「お先にドリンクとアミューズとなります。
本日のアミューズは季節野菜のライスコロッケです」
花梨がトレーにそれらを乗せやってきた。
二人の前にそれぞれ注文したドリンクが並べられる。
更にアミューズとして提供されたのは真ん丸の揚げ物だった。
白い皿にコロンと乗ったそれの脇にバジルらしき葉が飾られている。
「静、ノンアルコールでよかったの?
折角おすすめのワイン、考えてたのに」
「今日は車なんですよ。またの機会で頼みます」
「ああ、それじゃしょうがないわね」
溌溂とした様子で話す花梨についましろは目が向く。
話を聞けば静よりもいくらも年上だと思うが、そういった雰囲気を感じさせない。
彼女はましろに視線を向け、ぱちりとウインクをした。
「あなたがましろちゃんね。
私は林 花梨。静から話は聞いてるわ」
「雪見ましろです。よろしくお願いします、花梨さん」
「ええ、よろしくね。
そうそう、元気になってよかったわね」
「あ、そのこと……」
ちらと正面に座る静を見ると、彼は苦笑いを浮かべ肩をすくめた。
花梨は口元に手をあてがい、くすりと笑う。
「静ね、あなたのこと色々ここで話してたのよ。
だから会いたいと思ってたの。来てくれて嬉しいわ」
「……花梨さん、ドルチェをお伝えしてもいいですか?」
「あら。ふふ、ええ、ご注文をどうぞ」
余計なことを話されてはたまらない、という様子を露骨に見せて話をさえぎる静にくすりと笑う。
ブッシュドノエルを二つ頼むと、花梨はごゆっくり、と
慣れた佇まいで礼をして部屋から出ていく。
静は少しばかり気まずそうに咳払いをした。
思わずそれに笑みがこぼれた。
「色々ねぇ?」
「……まぁ、お前の病気の時は、俺も色々悩んだりもしていたからな」
「本当にそれだけ?」
「さあな。ともかく、乾杯しよう」
どうやらあまりつつかれたくないらしい。
ましろは笑い、運ばれてきたジュースの注がれた細長いグラスを手にとり、
静が掲げるグラスに軽く打ち付けた。
キンという小気味よいガラスの音が響く。
ライスボールにナイフを入れるとさくりとした良い音がした。
二つに割れば一口サイズになる小さなサイズで、
口にするとふわりとサフランの良い風味が口の中に広がった。
「美味しい」
「よかった」
静はどこか誇らし気だ。
彼にとってこのレストランはただの馴染みの店というわけではない。
子供の頃の静が、大人という存在すべてに対して不信感を抱いていた頃
その心の壁を取り払い、力になり続けてくれた人たちだと
以前そう話してくれていた。
そして大切な妹である乃亜が悪質な施設から逃げた時、
ひたすらに助けを求めた自分に、なにも聞かずに助けてくれた人たちだと。
「続いて、前菜です。
エビと冬野菜のマリネになります」
再び花梨が運んできたのは彩りも美しい一皿だった。
中心が赤紫色の大根らしき野菜と真っ白なカブのスライスが交互に重ねられ円を描き
その中心にはベビーリーフの上に、
ぷりぷりとしたエビが三つ、尻尾部分を重ねるように並べられている。
花梨は食べ終えた皿を回収しつつそれらを並べ、礼をして立ち去っていく。
「花梨さんがホール担当?」
「それもしてるが、主に飲み物関連をすべて担当していたはずだ。
ソムリエの資格も持っているし、三人の中で一番の酒好きでな。
……俺もあれこれ飲まされた」
「でも静、お酒強いでしょう?」
「まぁ、酔いはしないんだが、初めての飲酒でめちゃくちゃな飲ませ方されたからな。
翌日はさすがに気分が良くなかったぞ」
またまた意外な一面である。
ただあの気風の良い雰囲気からすれば、
酒が好きというのも分からないわけではないかもしれない。
出された前菜を口にする。
エビと根菜を重ねて口にすると、馴染みのある酸味と甘みを感じた。
ミカンの風味だ。
ミカンだけでなく、ハーブらしきものも感じる。
さっぱりとしていてなんとも味わい深く美味しい。
「で、残りの一人、力也が料理担当だ」
「ああ、例の、いきなりイタリアに武者修行に行ったって言ってた人ね」
「そうだ……。本当に破天荒というかなんというか……」
ましろは会ったことはないが、話を聞く限り随分と荒い人という印象がある。
失礼ながらそんな人がこのような繊細な料理を作るというのだから驚きだ。
皿一つ一つの盛り付けも美しい。
そのまま談笑しながら食事が続く。
パスタにはポルチーニ茸のタリアテッレ、
続けてメインディッシュには国産豚フィレ肉のローストと続いた。
いずれもとても美味しかった。
それぞれの量は少ないように見えるが、
コースとしていただいていたのでかなり満足感がある。
残りはドルチェだけとなったとき、
静が持ってきていたらしい小さな包みを取り出し、テーブルの上で差し出された。
細長い箱に赤の包装紙に、金色のリボンが掛けられていた。
「クリスマスプレゼントだ。受け取ってくれ」
「え、ごめん、私用意してない……」
「ふふ、今までクリスマスは特になかったからな。気にしないでいい。
俺がお前に贈りたいと思ったし、今年は特に、色々世話になったんだ」
例年、クリスマスは二人で過ごすことはなかった。
そのためあまりプレゼントについては互いに意識していなかったのだ。
ましろは少し申し訳ない気持ちも抱きつつ、
やわらかく笑う静の笑顔に押され、受け取った。
「……開けてもいい?」
「もちろんだ。気に入ってくれると嬉しいが」
リボンを丁寧にひも解いて包装紙を開ける。
白い少し光沢のある箱を開けると、中に入っていたのはペンダントだった。
金のチェーンにペンダントトップは同じく金のハート、
そこに小さな真珠が淡く光って張り付けられていた。
可愛らしくも品のあるそのペンダントに、思わず笑みがこぼれた。
「素敵……ありがとう、静」
「気に入ったか?」
「もちろん。……せっかくだからつけていいかな」
「そうしてくれると嬉しいな」
もともとペンダントはつけていたが、あくまで自分の趣味で購入したものだ。
それを外してテーブルの上に置き、箱から丁寧に真珠のペンダントを取り出す。
ハーフアップにした髪の合間に手を通してつけようとするが、
髪が間に挟まっているのかうまくつかない。
それを見かねたのか、静が立ち上がり、後ろに回った。
ましろの両手からペンダントの金具をそれぞれ受け取り、
そっと金具をつけて、髪をその上に重ね直した。
「……いいな、よく似合ってる」
満足げに、愛し気に微笑む静に少し頬が熱くなる。
首元のペンダントトップに指先をはわせるだけで、彼の思いが傍にあるようで嬉しい。
「ペンダントだけじゃなく、今日の服も髪型もよく似合ってる」
「そういってくれると嬉しい。
あなたの隣に立つんだもの、変な恰好はできないよ」
「お前が言うのか、それを。
俺こそ、お前の隣に立ってみすぼらしくないか、いつも気にしてるぞ」
「ふふ、お互い様だね」
互いにくつくつと笑い、残った飲み物を飲み干した。
その時、少し大きな足音が聞こえた。
「よう、静!久しぶりだなぁ!」
「……力也、もう少し静かにしたほうがいいんじゃないか……」
顔を出したのは見るからに豪快そうな男だった。
白い料理人らしい服装からして、
彼が料理担当の、例の破天荒な経歴を持つ人物である。
白い角刈りの髪で、にかっと明るく笑った。
「もう客はおめぇらしかいねぇから問題ねぇよ!
それより、予約ん時はてっきり乃亜と二人かと思ってたが
まさかてめぇの女連れてくるたぁな!」
力也はバシンッと音を立て静の背中を叩いた。
痛っと短く静がうなるが、力也は気にした様子なく続けてばんばんと叩きながらつづける。
「話にゃ聞いてたけどよ、想像よりははるっかに別嬪じゃねぇか!
やるじゃねぇか、おめぇ、とんっでもねぇ上玉捕まえやがって!」
「言い方……!あと背中叩くな痛い!」
「ははっ、悪ぃ悪ぃ!っとと、挨拶しねぇとな!」
機嫌よさそうにこちらを見る。
ましろはふたりのやりとりに最初目を丸くしていたが、
すぐに気持ちを切り替え、笑みを作った。
「この店の店主の溝上力也だ!よろしくな!」
「どうも、雪見ましろです。色々お話は聞いてますよ」
「どーせ、ろくな話聞かされちゃいねぇんだろ?
まっ、概ね間違ってねぇとは思うけどな!
どうだった、俺様の料理は」
「とっても美味しかったです。静の太鼓判どおりでした」
「ほう?おめぇが太鼓判なぁ?」
「料理の腕だけは心底偽りなく認めてただろ、前から」
「ほんっと料理だけな?
でもまぁ、気に入ってくれたんなら何よりだ。
お前さんのことは静から聞いてたからよ、こうして食いにきてくれて嬉しいぜ」
「はい、ありがとうございます。
私も、静のお世話になった人たちに会いにこれて嬉しいですよ」
「ははっ、美人にそう言ってもらえっと照れるねぇ!」
「力也、そう二人の時間の邪魔をするものじゃないぞ」
呆れた声色で静かに入ってきたのは昇介だった。
静が心なしかほっと息を吐いた様子を見せ、ましろはくすりと笑う。
「締めのドルチェと、エスプレッソになります」
昇介が二つの皿をテーブルに並べる。
白く広い平皿に乗った横に倒されたチョコレートのロールケーキに
粉砂糖が振りかけられたブッシュドノエルだ。
チョコレート細工やブルーベリーにラズベリー、カットした苺が飾られ、
皿にはラズベリーソースが綺麗な円で添えられている。
「クリスマス限定、特製ブッシュドノエルプレートだ」
「つっても、こうして切っちまったらただのロールケーキだよな」
「力也……」
ぎろりと鋭く昇介が睨むと力也は明後日の方向を見るように口笛を吹く。
それに静とましろは顔を見合わせて笑い声を上げた。
ケーキにフォークを差し入れただけでわかる柔らかさに驚く。
口に入れるとより一層そのふわりとした感覚に驚く。
程よい甘さのチョコレートクリームに
生地に練り込まれているらしいくるみの風味と食感が美味しい。
ラズベリーソースの甘酸っぱさがクリームの甘さを中和し
くどさは全くなかった。
「美味しいです、とても」
「それはよかった。
そうそう、自己紹介が遅れた。
住野昇介だ。よろしく」
とても理知的で冷静な雰囲気で、力也とは相反するような雰囲気の人だった。
ましろも挨拶を返していると、花梨がなにかを持ってきた。
「静、これ、お土産よ」
「土産?頼んでませんが?」
小さい白の袋が二つ。
静が首をかしげると、花梨は分かっているとテーブルに二つ置いた。
「サービスよ。
こっちは、ましろちゃん、もうひとつは乃亜にね」
「私にも?いいんですか?」
「来月のドルチェとして提供を考えている焼き菓子だ。
試作品を色々試している最中でな。よければ食べてくれ」
「ありがとうございます、嬉しいです」
中を見ると白いクッキングシートのような紙で包まれ、
キャンディ包みのようにされた菓子が二つ入っていた。
「来月といや、お前来月誕生日あったよな」
「ああ、そうだな」
「歳は?いくつになんだよ」
「22だ」
「うわ、もうお前そんなになんのかよ!
てことはなにか、お前と知り合ってもう10年ちかく経っちまうのか?!
ッカァー!そりゃ俺らの歳食うはずだぜ」
「ちょっと歳の話は止めてよ……。
そんなことより、静は今もう院にすすんでるんでしょ。
そっちは落ち着いた?」
「ええ、おかげさまで。乃亜や、ましろにも支えてもらっていますからね」
「……そう、何よりだわ」
静の視線がこちらに向く。ましろはそれに笑みで返した。
二人の様子を見て、花梨にはどこか安堵したような笑みが浮かぶ。
「RAやTAも順調か?」
「そうですね。大きな問題もなく」
「オツムの出来が違ぇやつは怖いねぇ。
ま、どんどん偉くなって、ウチに金落としてってくれや」
「だからあんたはもう少し言い方をだな……」
「全くだ」
「あんだよ、本当だろうがよ」
思わず花梨を見ると、彼女は「いつものことよ」と言う様子で肩をすくめた。
それにましろもくつくつと笑う。
なんだか普段見ている静より、一層肩の力が抜けている気がする。
本当に三人に対してはなにも肩を張る必要がないのだろう。
その姿はましろにとってもどこか新鮮な気もする。
寂しさのようなものはない。
きっと昔からこの人たちと接するときはこうなのだ。
むしろあるのは嬉しさだった。
幼い頃から様々な責任感や不安があったろう静が
こうして息をつける相手がちゃんといたということが嬉しい。
ましろはそう思いながらエスプレッソに口をつける。
「力也の言い方はともかく、
なにか祝いごとや記念の機会にでも使ってくれたらありがたいが」
「まぁ、そうね。差し当たって……」
花梨の視線がこちらに向く。
その視線の意図を考えるより先に、今度は静へと視線が向いた。
「……かしら?」
「……まぁ、そうですね」
静もまたエスプレッソを一口飲む。
ソーサーに小さい音を立て、カップが置かれる。
そしてまっすぐに見つめられる視線。
いつも向けられる、あたたかな、愛し気なそれだ。
「俺もまだ道半ばですから、すぐにじゃありません。
……けれど、必ず、将来を決める時は、この店を使わせてもらうと思いますよ」
「……!」
花梨に対して話しているはずなのに、
こちらに視線は向けられたままだ。
どこか熱を帯びた、愛する人のその眼差しは、愛を告げられた時と同じもの。
将来を決める時。
そう言った言葉を、その眼差しで言うなど、察するなと言う方が無理だ。
さしものましろも、頬に熱がこもるのを止められなかった。
二人の様子を見て、冷やかすでもない、からかうでもない。
三人はただ、穏やかに優しい眼差しで見守っている。
昇介は深い笑みを浮かべ、言った。
「ではその時は、とっておきの甘い、いや、甘さ控えめのドルチェをご用意しよう」
甘さはきっと十分すぎるほどだろうから。
そんなことを込めた言葉に、静はふっと笑い、お願いします、と答えた。
静とましろが店を出て、見送ったのち。
どかり、と大きな音を立てて力也がカウンターの席に腰かけた。
「ちょっと、休むのは早いわよ」
「わーってる!わーってっけど少し待てって……っ!」
力也は深々と息を吐き出しながら、カウンターテーブルに突っ伏した。
花梨と昇介は互いに顔を見合わせ、呆れた様子を見せた。
しかし、分からないでもない。
「あの静が、将来を考える女性を連れてきてくれるとはな」
「ほんとよねぇ。それにとても素敵な子だったし。
……乃亜のこともあったから、心配してたけど」
「言うんじゃねぇ!今俺やべーって分かってんだろ!」
「やべーもなにも、どうせすでにアウトだろ。涙声になってるぞ」
「うっせえな!!」
昇介も花梨も近くの椅子を引いて座る。
本来なら早々に店じまいをして帰宅したいところだが、
今日ばかりは少し浸りたかった。
三人と静は、10年近い付き合いだ。
彼が初めて施設に来た時、彼は世界中のすべてが敵というような、警戒心の塊だった。
父親という身近な大人が、決して褒められたような人格ではなく
断絶して施設に入った。
その中で力也が見ていられないと自ら首を突っ込み、心の壁をぶち壊していったのだ。
そのぶち壊したあとは、昇介や花梨も静に寄り添い、
気付けば静もこちらを信頼してくれるようになっていった。
彼の妹、乃亜のことは今でも思い出すと胸が痛い。
同じような保護施設で働く者として信じがたいし許せる所業ではなかった。
その妹を守ることこそ、自分の生きる意味と言わんばかりに
静は必死に努力し、およそ高校生では成しえないほどの実力をつけていった。
だからこそ心配だったのだ。
静が妹を最優先にするばかりで、自分自身を蔑ろにするのではと。
それほどに、妹を保護した当初の静は切羽詰まっていた。
それが今は、愛する人を連れてきてくれた。
まるで今までの心配にこたえるかのようにだ。
力也がそれに感傷的になるのは無理もない。
「……楽しみね、プロポーズに使ってくれる日」
「全くだな。その日のためにとっておきを考えておこう。
力也、お前もな」
「っとーぜんだろ!とびきり極上のメニュー考えておくさ!」
勢いよく顔を上げた力也の目元は赤い。
いつか来るその日のためのメニュー考案回は、結局終電ギリギリまで続いた。
静しろの安定感がすごい。
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