表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
57/75

【葉と灯台編】56:xx16年12月23日

12月23日、クリスマス直前の金曜日である。

12月に入ってからは特に日本各地はクリスマス一色に染まり、

商業施設を中心に、赤や緑、白といった、クリスマスを彷彿とさせる色を中心に色づいていた。

朝のニュースでも各地のクリスマスについての特集をくみ、にぎやかな盛り上がりを伝えていた。


そんな中、乃亜はスチールデスクの前で、じっと机の上に置いたサポーターを睨んでいた。


時刻はまもなく17:00。

約束の時間はもうすぐだ。

マンションの前まで来たら連絡するとのことなので、もういつ連絡がきてもおかしくない。


服は結局、先月購入したモカブラウンの毛の長いニットに、

膝下丈の深紅のコーデュロイスカートを選んだ。

今日はぐっと冷え込むそうなので黒いタイツも着用している。

大きく開いた襟口、首には少し迷った後、結局、ラリマーのペンダントをつけることにした。

色合いが合わないかともおもったが、小指の爪にも満たない程度の小さなサイズだ。

そこまで違和感はないだろうと開き直ったのである。

夏の旅行でチェーンが切れてしまったが、その後新しいチェーンを購入した。

考えてみればこれをつけているところを煉矢に見せるのは初めてかもしれない。

髪型も少しだけ整えた。

サイドを後ろに向けて捻り、ラインストーンヘアピンで留めている。

なにかやけに気合いを入れてしまってはないか。

そういった恥ずかしさもあるが、

おかしな格好をして煉矢まで変な目で見られるのは申し訳がなさすぎる。


荷物もおおむね問題ないんだが、悩んでいるのはサポーターだった。

日常生活に支障はないし、ほぼ痛みもなくなってきている。

しかしサポーターの存在は乃亜に安心感を与えてくれる。

なにより、痛んだりしたら煉矢に迷惑をかける。

せっかく誘ってくれたのだから楽しいばかりで終わらせたい。

であるならつけていくほうがいい。

間違いないのだが、何故かつけることに抵抗を覚える自分がいる。

先ほど一度つけたのだ。

しかし姿見に映った自分の姿をみて、左腕のサポーターはひどく目立った。

長袖とはいえモカブラウンのニット袖からでる黒いサポーターはどこか無骨だった。

しかし仕方のないことだと、そう自分に言い聞かせているのだが、決めきれないでいる。

そうしてもう5分は経過しているだろうか。

乃亜はため息を吐き出した。


そうしているうちに時間切れとなった。

スマートフォンが鳴る。乃亜ははっとしてそれを見た。


 『マンションの前に来たから、支度が済んでいたら下りてきてくれ』


待たせるわけにはいかない。

乃亜は今いく旨を返信し、サポーターをとりあえず鞄に放り込む。

コート掛けに掛けているオフホワイトのショート丈のダッフルコートを手に持ち、

鞄を持ち、部屋を出た。


自室にいる静に声をかけた。


 「兄さん、行ってきます」

 「ああ、行ってらっしゃい。煉矢によろしくな」

 「はい」


自室から顔を出して挨拶してくれた兄に見送られながら、

少し急いでシューズボックスから黒いショートブーツを取り出して履き、玄関を出た。


マンションのエントランスを抜けて外の道に出ると、

マンションの外に停まっている白い車が目に入った。

運転席の窓から顔を覗かせてくれた姿にほっとして駆け寄る。

車の中、助手席のロックが解除された。

そちら側に乗れということらしく、乃亜は大人しく助手席のドアをあけた。


 「お待たせしました」

 「いや、大丈夫だ。乗ってくれ」

 「はい」


柔らかな笑みで迎え入れられ、緊張を感じつつ、乃亜は頷いて身体を助手席に滑り込ませる。


 「こんばんわ、煉矢さん……すみません、迎えまで……」

 「誘ったのはこちらだし、気にしないでいい。

  コートは後ろに置くか?」

 「あ、はい」


車内は暖房が効いてあたたかい。

手を差し出されるままにコートを渡すと後部座席に片された。


 「少し早いが先に夕食を取るつもりだ。

  時期的に、ちょうどいい時間は予約ができなかった」

 「大丈夫です。

  ……わざわざ予約、してくださったんですね」

 「さすがに、デートで何十分も時間を無駄に使いたくないからな」

 「デッ……ート、です、か……?」


思わず上ずった声で聴き返してしまった。

実質そうだろうとましろにも言われてはいたが、

そして心の片隅ではそれを期待していたことももう否定できない。

けれど素直にそれと受け止めきることができずいたのだ。

開始早々、その考えが肯定されてしまい、心音がとびきり大きく跳ねた。


煉矢はその反応を想定していたのか、ふっと笑い、ハンドルに手を掛けた。


 「俺はそのつもりで誘ったが?」

 「そ、それは……」


見つめてくる視線はあたたかい。

薄暗い車内でもわかるその眼差しと笑みは、

夏の旅行の最中、抱き締めてくれた時のそれと同じだ。

乃亜は吸い込まれそうになるそれから逃れるように正面に身体を戻し、

視線を落とした。

勘違いではなかった。ただの思い込みでもなかった。

身の内の想いが膨れ上がり、頬を染めて笑みを抑えきれず、

その微笑みに背中を押され、正直な気持ちを口にした。


 「……嬉しいです」

 「ならいい。さ、行くぞ」

 「はい……」


車は発車する。

ちらと横目で運転席の彼を見る。

心音はばくばくとまだ煩い。

果たして自分の心臓は最後までもつだろうかと

乃亜はまた違う心配を感じ始めていた。




約30分ほど車は走り、東京丸の内に到着した。

駅近くの比較的新しい商業施設内の駐車場に車は進んでいく。

その道中もクリスマスという時期も重なり、

街は輝くばかりに煌めており、車の窓からの景色に内心驚いていた。


木々を彩るLEDライトや街のいたるところを輝かせるイルミネーションは、

乃亜にとって大変に新鮮な景色だった。

車内もずっと穏やかな時間が流れていた。

乃亜自身もそうだが煉矢もあれこれと絶えず話す方ではない。

時折かわされる会話が途切れてもそこに気まずさはなかった。

そうして瞬く間に到着して、二人は車から降りた。


まだ予約の時間には早いらしく、

少し商業施設の中を散策しようと言うことになった。


地下の駐車場から施設内へ、エレベータで上がっていく中、

乃亜はふと隣を歩く煉矢を横目で見た。

彼の身長は兄とあまり変わらないようで、

自分とは頭一つ分くらいの差がある。

チャコールグレーのハイネックに黒のチェスターコート。

モノトーンでまとめたシックな装いはクールな雰囲気の彼の印象によく似合っていた。

本当に自分のような子供が隣にいてもいいのだろうか。

繰り返し繰り返し感じていた不安がまた顔をのぞかせてくる中、

チンと軽い音を立てて、エレベータは1階に到着した。


ひらいたエレベータの扉の向こうは明るい。

乃亜は思わず、わ、と声を上げた。


最上階まで大胆に開かれた吹き抜け。

それをぐるりと囲うように各フロアのテナントがきらきらと輝く。

しかしそれ以上に乃亜が目を奪われたのは、

吹き向けとなっているホールの中心に置かれた大きなクリスマスツリーだ。


雪の結晶を形作るオーナメントと共に、

クリスタルガラスがこれでもかと飾られている。

きらきらと照明に照らされて輝いているそれは、

夏の旅行でのガラス美術館を思い出させてくる。

クリスマスツリーそのものの飾りだけではなく、

高い天井から釣り下げられているクリスタルガラスのステック状の飾りは

すこしずつ天井へと螺旋を描くように配置され、

まるで光が天から、あるいはツリーから立ち上っているかのようだ。

また、ツリーの周囲には、光沢のあるネイビーブルーのリボンでとめられた

白いプレゼントボックスが並んでいた。


 「すごい、綺麗です……!」

 「確かに、圧巻だな」


エレベータの中で感じていた不安を、

クリスマスツリーの輝きが覆いつくしてくれたようだ。

乃亜は少し興奮を覚えながら煉矢を見上げ言った。


 「あ、あの、もう少し、近くで見てもいいですか?」

 「ああ、……いや、近づくより、上のほうが、おそらく見やすい。

  エスカレーターで2階に上がろう」


確かに、ツリーの周囲には多くの人が詰め寄っていた。

無理もない。

美しさもそうだが、今日はクリスマスイブの直前、それも金曜日だ。

乃亜の身長では近づくほうがかえって見えにくくなるのは一目瞭然である。

煉矢の提案に納得して頷く。

彼に促されるまま2階へエスカレーターで上がることにした。


エスカレーターで上がっていく中でも見える吹き抜けのツリー。

2階へ上がり、吹き抜けに面した廊下に出て、

ツリーの近くへと並んで歩く。


きらきらとした輝きに笑みがこぼれる。

ツリーの近くにたどり着き、間近で見るそれは、

天井からのクリスタルガラスの螺旋も相まって大変に美しかった。


 「本当に綺麗です。

  なんだか、夏の旅行の時の、ガラス美術館みたいですね」

 「あの時も、お前は喜んでいたようだったし、

  こういったものが好きかと思っていたが、当たっていたようでなによりだ」

 「そ、んな、分かりやすかったですか?」

 「お前にしてはな。目が輝いていたし」


さすがに恥ずかしい。

乃亜はツリーに向けていた視線を落とした。

それに頭上からくすりと笑う声がした。


 「そう恥ずかしがらなくていい。

  言っただろう、お前にしては、とな」

 「で、ですが……」

 「お前が思っている以上にささやかなものだ。

  それに、お前がそういったことを

  顔に出せるようになってきているのは、いい傾向だと思う」


顔を上げて煉矢を見れば、

彼は手すりに両手をついてツリーの方を見つめている。

その横顔は優しい。


 「静に引き取られた頃には、そんな様子は殆ど見られなかったからな」

 「……そう、ですね」


乃亜もまたツリーの方へと視線を向ける。

輝くばかりの白いツリーと、周囲に彩られた青いリボン。

クリスタルガラスの輝きも美しく、乃亜は目を細める。

兄と共に暮らし始めた頃、あのころの自分には、

好きという感情にさえ、どこか後ろ暗さを感じていた。

そんなものを抱いてはいけない、

自分の心から湧き上がる感情の殆どは、

誰かにとって悪いことのような気さえしていたのだ。


それが今や。

自分の変化に思わず笑ってしまう。


好みの服を買い、心躍るものに目を輝かせ、

なによりも、隣に立つこの人に、深い想いを抱いている。


 「何より、俺も参考になる」

 「……はい?」

 「今後の為のな」

 「そ……、それ、は……」


今後のための参考になる。

乃亜が好きなものに目を輝かせていることが。

煉矢はどこか悪戯めいたような笑みを口元に浮かべる。

不意打ちでそういうことを言わないでほしい。

乃亜が視線を落とすも、煉矢はそっと背中に触れた。


 「そろそろレストランに行くか」

 「……は、はい……」


服越しに感じたその手の平の温度に、また心臓が跳ねた。


エスカレーターでゆっくりと5階まで上がる。

レストランフロアらしく、様々な店が軒を連ねていた。

その中で煉矢が乃亜を連れて向かったのは、スペイン料理の店だった。

店内はオープンになっており、観葉植物で仕切られているが

店の中が良く見える。

家族連れや若いカップル、友人同士など

まだ少し夕食には早い時間だがすでに席は殆ど埋まっている。

皆楽し気に笑い、カジュアルな雰囲気がただよっていた。


煉矢が店員に予約を告げると、店員は受付を確認して

にこやかに室内へと案内していく。

店員に連れられ案内されたのは、外が見える半個室のボックス席だった。


一人で座るには少し広めソファが向かい合わせに並ぶ片方に座る。

外には東京駅が良く見えた。


 「好きなものを頼んでいい、と言いたいが、

  こういった場所も初めてだろう?」

 「あ、はい、そうです……」


なにか少し恥ずかしい。

あまりあちこちに出掛ける質ではない自分の世界は狭い。

こういったところでも、世間知らずの子供のようだと感じてしまった。

しかし煉矢はそれをまるで気にしていないらしい。


 「なにか凹んでいる中悪いが、

  俺としては、あちこち連れて行き甲斐があってありがたい」

 「え……」

 「さすがに夜はそう機会はないが、

  日中でも、また誘わせてくれ」

 「……また、誘って、くれるんですか?」

 「今日限りなわけがないだろう」


至極当然というように告げられ、高鳴る心音は、

胸の奥に咲いた想いをまた膨れ上がらせた。

ただただ嬉しい。

どうやらまだ当分、この信じられないような夢の時間は終わらないらしい。


 「飲み物だけ選んでくれ。

  料理はこちらで考える。好き嫌いはなかったよな?」

 「はい、大丈夫です」


ドリンクメニューを渡され、頷く。

1枚シートのドリンクメニューの上部にはアルコール。

下部にノンアルコールメニューが載っていた。

乃亜はその中から、スパニッシュレモネードと書かれたものを選んだ。

ミントが入ったレモネードらしい。

店員を呼び鈴で呼び、いくつかの料理と共にドリンクを注文する。

煉矢は辛口のジンジャーエールを頼んでいた。

車であるからアルコールを頼むわけにはいかないのだろう。

店員は注文の聞き取りを終えて立ち去っていく。


 「煉矢さんはお酒は強い方ですか?」

 「まぁ、弱くはないのは確かだが……静と比較しないでくれよ」


思い切り苦く笑う。

乃亜はそれにくすりと笑った。


 「やっぱり、兄さん、強いですよね」

 「強いなんて可愛い言葉で片づけられないほどにな。

  アレはザルを越えてワクだ」

 「ワク……って初めて聞きました……」


ザル以上に、全く酒が身体に溜まらない酒豪のことを指すらしい。

ようは底抜けだと。

自宅でも兄は酒は飲むが、せいぜい夕食と一緒か、

そのあとに一杯口にする程度だ。

だが最近、大学の教授のプロジェクトに参加するようになり

大人の付き合いというのか、酒の席に参加することが増えていた。


 「それが理由で帰りが遅くなることもあるんですが、

  兄さん自身はケロリとしていて……。

  でも、飲んでいないわけではなくて、兄さんのペースで

  一緒に飲んでいた方がつぶれてしまって、その介抱で遅くなることが多いようで」

 「あいつのペースで飲める奴はそうはいないだろうしな……」


いささか引いた様子で煉矢は頬杖をついた。


 「でも、煉矢さんは……」

 「俺は自分の身体に合った飲み方を弁えているだけだ」


煉矢自身は静と共に飲むこともあるが、そのペースに付き合うことはしない。

しないというよりも、静の強さを知っているので意識してとどめているだけだ。

自分が一杯飲んでいるうちに、向こうは清酒をぱかぱかと水のように飲んでいる。

きちんと意識しなければそれに飲まれかねない。


飲み物が先に運ばれてきた。

軽く乾杯をしてそれぞれ口にする。


乃亜の頼んだレモネードはグラスの中にミントの葉が沈んでいた。

マドラーで軽くかき混ぜ、グラスに直接口をつけて飲むと

レモンのさっぱりとした風味の中に、ミントの爽やかさが感じられた。

あまり甘くない味も好みだ。


 「静がああだから、お前も意外と酒に強いかもな」

 「え?」

 「20歳の誕生日、今から予約していいか?

  お前がどんな風か興味ある」

 「さ、さすがに、それはちょっと……!

  せめて、別のタイミングにしてください……」


兄が強いからと言って自分がどうかは分からない。

もし真逆で酒に弱かったら、好きな人の前で醜態をさらすことになってしまいかねない。

さすがにそれは勘弁して欲しいところである。


だが煉矢は断りを告げられたにも関わらず、どこか嬉しそうに笑っている。


 「……その頃になっても、俺と過ごしてくれる気はあるわけだ」

 「……あっ」

 「言質は取ったからな?」

 「れ、煉矢さん……!」

 「まぁ、数年後の誕生日より先に、来月の話だな。

  さすがに卒論の発表時期とダダかぶりだし、デートは難しいかもしれないが、

  プレゼントは楽しみにしておいてくれ」


さらりと告げて飲み物を傾ける煉矢に、乃亜はぱくぱくと所在なく口を動かすばかりだ。

どこから何を言えばいいのかも分からず、

乃亜はただ、頬を赤くして視線をさ迷わせるしかなかった。


場所のイメージは丸の内のKITTE。あくまでモデルなので実際はフィクションです。


-------------------

★毎週木曜11:30・日曜19:00頃更新予定★

-------------------

★アルファポリスでも連載中★

https://www.alphapolis.co.jp/novel/598640359/12970664

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ