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【凪編】51:xx16年8月19日

旅行二日目。


8:00頃。

朝の身支度を終え、先日の管理棟にて購入できる朝食ボックスを手に、

静と煉矢はコテージへの道を戻っていた。

今回の宿泊プランには食事は含まれておらず、

都度購入するか食べに行くかしなければならない。

外で購入してこなかったために二人で四人分のそれを購入しにいったのだ。

朝食ボックスはクラブハウスサンドイッチのものとおにぎりが中心の二種類があった。

それぞれ二つずつ購入し戻っているのが今である。


 「昨日の夜、ましろからメッセージきたか?」


隣を歩く煉矢に静が尋ねた。

煉矢はああ、と短く答え頷く。


 「乃亜と二人で買い物に行くからついてくるなと言ってたな」

 「そこまでストレートには書いてなかったろう……」


だが実際に言っていることはその通りである。

昨晩、届いていたCORDのメッセージ。


 『明日は乃亜と買い物にいく。でも二人は来ないでいい。

  そのほうが乃亜の為。今は、まだ』


静としては出鼻をくじかれた気分だが、

ましろがそう感じているのであれば否とも言えない。


 「酒でも買って、コテージでのんびりするか」

 「付き合うのはいいが、ものは俺が買ってくる」

 「別にそこに気を使う必要はないぞ」

 「そうじゃない。お前放っておくと馬鹿みたいな量買うだろうが」

 「別段酔いもしないからいいだろう」

 「そんなこと百も承知だ。見てるだけで酔いそうになるんだこっちは」

 「お前もそんな弱くないじゃないか」

 「俺はお前のようなワクと違って体に合った飲み方を弁えてるだけだ」


昨日胸の内を吐き出したからだろう。

静の表情はいくらも落ち着いている。

二人は軽口を叩き合いながら、コテージへの道のりを進んだ。


朝食後、元から話をしていたように、乃亜とましろはタクシーを使い、

30分ほどいったところにあるショッピングモールへと足を向けた。

今日も真夏の日差しが降り注ぐが、

それでも都会のなかにいるよりもはるかに過ごしやすいのは間違いない。

乃亜はフロントボタンの深い緑のノースリーブワンピース、

ましろは七分丈のスキニーデニムに白のロングトップスという出で立ちだった。


 「さて、じゃあゆっくり見て回ろうか」

 「はい、そうですね」


そのショッピングモールは最近できた新しい観光スポットらしい。

白く舗装された幅広い道、それに沿うように作られた花壇には、

ラベンダーや空色のデルフィニウム、白のフロックスや日日草など青や紫、

白の花が涼しげに咲き彩っている。

花の向こうには様々な店が並んでおり、眺めているだけでも楽しめそうだ。

キッチンカーや店頭販売のソフトクリームやジュースなども見られる。

ふたりは少々目移りしながらゆっくりとあるく。


主導して歩くのはましろだ。

乃亜としてはそのほうがありがたかった。


時間に追われる必要もなく、

二人は目についた店にふらりと立ち寄ってを繰り返した。


 「あ、これ可愛い」


雑貨やアクセサリーを置いた店に立ち寄り、

ましろが目を付けたのはこの地域の工芸品である

組木の細工をつかったブレスレットだった。

組木のパーツをダイヤの形のチャームに埋め込んでいるのか、

それがいくつも連なったデザインだった。

金縁のそれはましろによく似合っているように思えた。


 「ましろに似合うと思いますよ」

 「ありがとう。この地域のって感じするし、買おうかな。

  乃亜はどう?なんかいいのあった?」

 「どれも素敵だと思いますが、今は特には……」

 「アクセサリーっていえば、そのペンダント可愛いよね?」

 「あ……」


ふいに尋ねられ、乃亜は目を泳がせた。

ましろはその反応ににこりと笑う。


 「ちょっと会計してくる」

 「あ、はい……」


乃亜はましろが会計にいくのを見送り、小さく息を吐いた。

右手でそっと触れるのは、首にかけたラリマーのペンダントである。

旅行に行くという話になり、少し迷ったが、結局持ってくることにしたこれは

乃亜にとってただのアクセサリー以上の意味がある大事なものだ。

とはいえ、コテージでつけるのは少し気恥ずかしさがあったため

コテージを出たあとにましろにつけてもらっていた。


この旅行中、まだ殆ど話ができていない。

煉矢とも、兄ともだ。

今朝朝食の席では、二人はどこか、昨日に比べて穏やかだった。

二人で何かを話したのかもしれない。

けれど自分はどうだろうか。

乃亜はペンダントに触れていた右手を静かに握った。


アクセサリーショップを後にし、ガラス細工の店や、

ハーブショップ、アロマショップなどを楽しむ。


そうしているうちに気付けば昼時だ。

二人は少し奥まった場所にあったオープンテラスのカフェに入った。


爽やかな薄い水色の壁に、金色の縁取りがされたガラスの照明、

観葉植物がいたるところに設置されたオープンテラスのカフェだ。

二人は外の席に通されたが、日陰になっているのと、

気温は都心ほどひどいものではないため、さほど暑さはつらくない。

とはいえ歩いていたので身体は火照っている。

お冷として置かれたレモン水が身体にしみわたり、二人でほっと息をついた。


 「乃亜、なににする?」

 「そう、ですね……」


クリアファイルに入ったメニューを広げて眺める。

野菜と手作りポークハムのオープンサンド、

キッシュのプレート、

小ぶりな魚のポワレが乗ったオイルパスタ、

チーズとキノコのパニーニ、

パプリカやズッキーニの乗ったジェノベーゼ、

トマトとアボカドのサンドイッチ、

いずれも色とりどりで美しく美味しそうだ。


昨日の夕食は片手で食べやすいものとしてリゾットを選んだ。

だが今日のメニューはどれも一長一短だ。


 「ま、ましろが先に選んでください……」


乃亜はメニューをましろの座る席に向ける。

その言葉にましろは一度目を丸くし、頬杖をついて笑う。


 「その返し久しぶりだね」

 「え……」

 「初めて会った時も、そんな風に言ってたもの」


言われてみると、確かにそうだった。

ましろが土産にと持ってきた和菓子。

どれが食べたいかと言われて、先にましろたちに選んで欲しいと言ったのだ。

あのころは自分でなにかを選ぶということが本当に出来なかった。

だが今、それを指摘され、気付かないうちに、

出来るようになっていたらしい。


 「じゃあ久しぶりにやろっか」

 「はい?」

 「私に食べさせたいのは、どれ?

  私も乃亜に食べてほしいの選ぶから」


そう告げるましろの優しい笑みはなにも変わっていない。

否、あの頃よりずっと大人びて、少女というよりも女性という表現が適切に感じる。

こちらに寄り添い、あたたかな笑顔は、乃亜にとってずっと憧れだ。

懐かしさと共に、なんだか少し泣きそうだ。

乃亜は眉尻を下げながらも微笑み、メニューを見る。


 「……じゃあ、ジェノベーゼは、いかがですか?」

 「いいね、美味しそう。

  それじゃ、乃亜はオイルパスタね」

 「はい、嬉しいです」

 「あの時みたいに、シェアしちゃう?」

 「ふふ、取り分け用のお皿、もらいましょうか」

 「賛成」


くすくすと笑いあい、二人はその後も食事をゆっくりと楽しんだ。

ジェノベーゼもオイルパスタもとても美味しかった。

右手でパスタを巻くのには苦労したが

少しずつならなんとか頂くことができた。


ランチセットについているドリンク、

乃亜はアイスティー、ましろはレモネードを手元に置きながら

食事の余韻に浸って一息ついた。


通りに風が流れていく。

促されるように風の流れていく方を見ると、

表通りを歩く人々の様子が見えた。

白い道に沿って咲く色とりどりの花々や、夏の青い空、

その向こうには山も見える。

人々の楽し気に話をする声、あるいは子供の笑い声が聞こえる。


今なら話せるかもしれない。

乃亜は視線を落とした。


 「ましろ、兄さんのことで……」

 「うん」


分かっていたように、相槌をうつ声は優しい。

少しそれにほっとしてちらとましろを見ると、目を細めて微笑んでくれていた。


 「……私、兄さんに、なにができるでしょうか……」

 「乃亜が、静に?」

 「兄さんに、本当に心配かけて……きっと、今でも、悩ませていて……。

  身勝手なことばかりして……」


本当に勝手だったと思い出すだけでも頭を抱えたくなる。

そのことで、どれだけ兄に心労をかけているか分からない。

乃亜は無意識に膝の上に乗せた両手に力がこもり、

鈍痛が左の手首に響いた。

抑えるように右手でさする。


 「薬師先生……私がいた施設の、先生に……言われたんです。

  いたければ、ここにいてもいいって……。

  ……兄さんは、私が望むなら、って……でも、私のことを、見なかった……」


それはひどく悲しかった。

けれど当然の報いだとおもっている。

自分はそれだけのことをした。


 「当たり前ですよね、私は本当に身勝手で、自分のことばかりだったんです。

  だから……兄さんのことを考えたら、

  私、そこにいたほうが、よかったのかもしれないけど……」

 「乃亜……」

 「でも、そうしたら、二度と、兄さんと一緒に暮らせない気がして……っ」


じわりと視界がゆがむ。

なんだか最近泣いてばかりいる気がする。

腕だけでなく、涙腺まで壊れているのかもしれない。

ぐっと瞼を強く瞑り涙を裏へと押し込み、乃亜はつづけた。


 「けど、兄さん、ずっと苦しんでます……!

  私が家に戻るって選んだから……っ、兄さん、悩んで、……っ、

  ……私、兄さんの、傍にいても、いいんでしょうか」

 「乃亜」

 「兄さんの、傍に、いて、……っ、傍に、いないほうが、」

 「乃亜、だめ」


肩に手が乗る。

乃亜ははっとして顔を上げた。

ましろは少し身を乗り出し、琥珀色の強い瞳でこちらを見ている。


 「それ以上は口にするのは、よくない」


睨んでいるのではないが、その視線に背筋が伸び、肩に入った力ごと息を吐いた。

ましろは乗り出していた身体を下げる。


 「ねぇ、乃亜は、静のこと、誰よりも信頼しているでしょ?」


その通りだ。

乃亜はこくんと頷きそれに応える。


 「きっと、乃亜自身よりも、静のことを信じてる。私にはそう見える。

  だから、乃亜が考える静の気持ちじゃなくて、

  静自身の言葉を、ちゃんと聞いてあげようよ」

 「!」


はっと、息を飲んだ。

頭を強い何かで叩かれたような気がする。


 「……兄さんの、言葉……?」

 「そう。あのね、相手のこと、どれだけ大切で信頼して愛していても、

  100%相手のことを理解するのは無理なんだよ、どうしても。

  分からないから、想像してしまうの。

  分からないから、不安になるの。

  だから、聞くしかないんだよ」


分からないから不安になる。

乃亜は今度こそ、深く深く息を吐き出した。

そして自嘲気味に笑う。本当に言葉の通りだ。


 「……兄さん、話してくれるでしょうか」

 「話してくれるよ、乃亜がお願いすれば、絶対ね。

  だって静、乃亜のこと本当に大切にしてるもの。

  それは、乃亜が一番、分かってるでしょ。

  この数年、ずっと一緒に暮らしてきたんだもの」


薬師の施設にいた頃から、ちょくちょく会いに来てくれていた。

当時兄は高校生だったはずだ。

同じ年ごろになったからわかる。

環境が変わり、学ぶことも増え、やることも増えた中で、

兄はそれらをきちんとこなしたうえで、会いに来てくれていた。

そしてたった三年間で、自分を引き取るための様々を行い、

大学入学と共に、一緒に暮らそうと言ってくれた。

その時の喜びは言葉にならない。

その手を取って施設を出たとき、不安がなかったとは言わない。

けれどそれでも手を引いてくれる大きな手が、心底、安心を与えてくれた。


そして共に暮らすようになり、兄のすごさを感じ、

それ以上に感じたのは、深い愛情だ。

たった三年と少ししか、まだ一緒に暮らしていないけれど

それでも過ぎ去った時間を覆いつくすくらいの、深いそれを感じ続けている。


兄との思い出、家で過ごした当たり前の日常。

それが様々によみがえり、途方もないほど、愛しくなる。


 「……はい」


ましろの問いに、心からの思いをもってうなずいた。





時刻は15:00を過ぎた。

タクシーを使ってコテージの管理棟に戻った乃亜とましろは

自分たちのコテージへと戻る。

お土産として購入したのは小瓶に入ったジャム数種類と、

今日か明日にやろうと話していたバーベキューで使えそうなソーセージ。

どれも旅の途中に食べても楽しいだろうし、

自宅への土産にしてもいいと二人で話して購入したのだ。


 「ただいまー」

 「ただいま帰りました」


コテージの玄関を開け、まるで自宅に戻ったかのように声をかけると、

リビングでのんびりと本を読んでいたらしい煉矢が顔を上げた。


 「ああ、おかえり」

 「あれ、静は?」


煉矢は指先で窓の外を指し示した。

リビングにある窓から向こうにはバルコニーになっている。

薄いカーテンの向こう、フェンスに手を掛け、向こうの景色を見ているようだ。


それを見て、動いたのは乃亜だった。

ショルダーバックを椅子の上に置き、どこか緊張した様子で歩いていく。

それに少し驚いたのは煉矢だが、

ましろは微笑ましそうに乃亜を見守っている。


薄いカーテンは風に揺れる。

今日は湿度もなく、エアコンがなくても十分に涼しい。

流れていく風は、乃亜の髪も揺らし、

室内から外へと循環するように乃亜の背を押す。


 「……兄さん」


静かに呼ぶと、彼は初めて気づいたように振り返る。

こちらに一歩二歩と歩き、網戸をあけて室内に入る。

薄いレースカーテンが揺れ、正面に来ると、ぽん、と頭を撫でてくれた。


 「おかえり、乃亜」


その動作と、いつかのように、優しい笑み。

ひどく久し振りにみたその笑顔に泣きそうになる。

乃亜は涙をこらえ、俯きそうになる顔を必死にあげたまま微笑んで返す。


 「ただいま帰りました……兄さん……」

 「楽しかったか?」

 「はい、とても」

 「そうか、よかったな」


以前のように話せている、たったそれだけのことに、溢れる懐かしさと喜びに、胸がいっぱいになる。

やはり自分の涙腺は壊れてる。

こらえきれない涙が溢れ、右手の甲でそれを拭った。

その様子を静は眉尻を下げ微笑み見つめ、乃亜の髪をもう一度撫でた。


 「……乃亜、少し、話をしよう。戻ってきたばかりで悪いが」

 「いえ、話し、たいです、私も……兄さんと、話したいです……」

 「そういえば、コテージの裏手のほうに、東屋があったよ」

 「この時間なら、人はあまり来ないんじゃないか」


見守っていたましろと煉矢からの後押しだ。

静は少し照れくさそうに笑い、乃亜も同様に笑い頷く。

二人に促され、静と乃亜はコテージを出た。





コテージの裏手に設置された東屋は簡素なものだ。

無垢の木材を組み合わせたようなシンプルな構成で、

平たい三角屋根の下には長椅子がL字型に配置されている。

膝丈もないような低いテーブルもあり、

ちょっとした休憩ができるようなものだった。

コテージ群の端にあるせいかあまり人気もなく、

風がブナの木を揺らす音だけが、ベンチに並んで座る二人の間にあった。

林を通り抜け、草原をなぞった風が、兄妹の同じ色の髪を揺らしている。


 「……ましろに、言われました」


最初に口火を切ったのは乃亜だった。

涙は引き、目元は少し赤いものの、それでも一旦は落ち着いているように見える。


 「私の考える兄さんの思いじゃなくて、

  兄さん自身の言葉を聞いてって。

  ……だから、兄さんの、言葉を聞かせてほしいです」


ましろのことをよく知る静は、そのあまりにもましろらしい言葉に小さく笑う。


 「……兄さんの言葉なら、私……信じられます」


妹の健気な言葉は胸を打つ。

静は小さく息を吸い込み、口を開いた。


 「……、乃亜、すまなかった。俺は、お前が苦しんでいることに気付けなかった。

  一番傍で、一番気づいてやれる立場だった。

  なのに、気づいてやれなかった」

 「それは、私が、兄さんに、迷惑をかけたくなくて……隠していたんです。

  だから、結果的に、もっと迷惑をかけてしまって……」

 「だとしても、俺は、もっとお前に踏み込んでいくべきだったんだ」


ずっと考えていた。

どうしたらよかったのかをずっと。

なぜ気付けなかったのかをずっと。

妹が我慢強く遠慮がちなことはよく知っていた。

だが一方で、乃亜はどんどん自分で出来ることを増やしていた。

家のことも気づけば対等以上にこなしていた。

だからこそ、いつしか、表面的なことばかりに気を取られ、

その奥にあるものを気づかぬ振りをしていたのではないだろうか。

サインはあったはずだ。

止まらない汗や、減っていた食欲、遅くまでの練習。

おかしいと思いながらも、それを追求しなかった。


 「俺はお前が俺に遠慮していると思っていた。

  だが……俺もお前に遠慮していると気づいた。

  お前からのアクションを待つんじゃなく、俺自身からお前にもっと声をかけて、

  場合によっては、無理にでも、話を聞くべきだった。

  ……心のどこかで、無理を言って、お前に嫌われたくないと思っていたんだ。

  大切な、可愛い妹だ。嫌われたくはない」

 「私が兄さんを嫌うなんてありえないです!」


思わず声を荒げた。

とっさに左側に座る兄に身を乗り出したため、左に重心がかかり、ついた手はバランスを取れず寄りかかってしまった。


 「ばか、無理に動くんじゃない!」


サポーターによって固定されているため痛みは殆どなかった。

受け止めた静は少し焦ったようだったが、

今は左腕のことよりも、言いたいことを止められない。

乃亜は支える兄の腕をつかみながら言った。


 「私にとって兄さんは、たったひとりの兄妹で……

  私をあの地獄から助け出して、家族を作ってくれた、ひとです……!

  兄さんと一緒に暮らせるようになって、私が、どれだけ、

  ……っど、れだけ、幸せか……!」


昼間も思い出していた兄との日々の記憶。

地獄とは比較にもならず、薬師の施設にいたときとはまた別の、あたたかい日常。

いつだって、泣きたいほどに幸せだった。

かすれた涙声で訴える乃亜の言葉に、静もまたその日々を思い返していた。


 「それを言うなら、俺こそ、お前と暮らせるようになって、どれだけ幸せか……」


乃亜ほど過酷だったわけではない。

しかしそれでも、生まれて初めて感じた、平穏な家族の日常だった。

それは言葉にしがたいほどの幸福だったのだ。


ぽろぽろと涙を流す乃亜の髪を撫でる。

伝えてきたつもりだった。

伝わってると思っていた。

けれど煉矢に言われたように、はっきりと言葉にしよう。


 「乃亜、お前は、俺の大切な家族で、妹だ。

  忘れないでくれ。お前がどれだけ迷惑をかけようが、心配をかけようが、

  俺がお前を嫌うようなことは決してない。絶対にだ」

 「……っ、は、い……。兄さん……大好きです」

 「ああ、俺もお前が大好きだよ」

 「心配かけて、ごめんなさい……ありがとう、兄さん」

 「いい。妹を心配するのは、兄の特権だからな」


乃亜は静の胸に縋るように、うつむく頭を寄せる。

それを静は受け入れ、慈愛深い微笑みで、

乃亜の涙が落ち着くまで、髪を撫で続けていた。


泣きながら書いていた。いよいよキャラに泣かされてきた。


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★毎週木曜11:30・日曜19:00頃更新予定★

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★アルファポリスでも連載中★

https://www.alphapolis.co.jp/novel/598640359/12970664

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