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【星と太陽編1】21:xx14年10月~11月

病名がはっきりし、治療方針も決まり、そこからましろの生活はまたいくらか変化があった。


病院からは、手術当日から数えて二週間ほど前から入院が必要と言われた。

また、手術が成功した後も、状況によるが一か月は入院することになる旨が説明された。


手術前の入院期間に入るまでの自宅での療養期間についても細かく指示があった。

なによりも感染症対策の徹底。

人混みを避ける、こまめな消毒や手洗いうがい、外出時はマスクをつけることだ。

それに伴って必然的に学校への登校は継続してリモートでの授業となった。

これに関しては仕方がないことだとましろも納得した。

また、自宅内の各所には消毒液が設置されることになったし、

家族も外出時はマスクを徹底して、家族全員でそう言ったことには取り組もうという話になった。


また、かといってずっと家にいて、体力が落ちるのもよくないらしい。

簡易的な運動やストレッチなどで、体力を維持するようにとのことだ。

会わせて食事についても栄養バランスなどを考慮したメニューを指導された。

ありがたいことにいくつかのレシピを母がもらっていた。


さらに一週間から十日ほどの間隔で通院するようにとのことだ。

これについては父と母の間で調整していた。


色々と指示をされているが、ましろにとって苦ではない。

家族は全面的に協力してくれているし、なによりもう、ましろに病気に対する恐怖はない。

理由が分からないから怖かったのだ。

分かってしまえば、あとは治療までの準備に過ぎない。

ましろはすでにそう、考えを切り替えていた。

もちろん手術自体に不安がないわけではないが、

立ち向かう必要があるとはっきりわかっていた。

だからこそ、逃げたいような、臆してしまうような、そういう恐怖はなかった。




【xx14年9月26日】


ましろは自室で軽いストレッチをしていると、

スマートフォンが震えていることに気付いた。

表示名には、『斉王 乃亜』と書かれていた。


 「もしもし」

 『ましろ……乃亜です』


少しためらいがちな、いつもより小さい声。

ましろは苦笑いを浮かべた。そうしてしまったのは自分だ。


 「乃亜、前はごめんね。私、そっけなかったよな」

 『いえ!そんなこと、気にしないでください。

  私こそ……あなたの状況も分からなかったのに……』


乃亜は焦ったような声で言った。

それこそ、乃亜の咎ではない。


 「分からないようにしていたのは私なんだから、乃亜は悪くないよ」

 『ましろ……』

 「今はもう、大丈夫。静が、繋いでくれた。

  だから大丈夫だよ」


自分でも感じるほどに、以前よりも心が軽い。

気持ちが大きく前向きになっていると思っている。

それは乃亜も感じ取ったか、小さい吐息がこぼれたようだった。


 『やっぱり、ましろは強いですね……』

 「ふふ、ちょっと前まで、本当にしなしなだったけどね。

  ……今は、もう諦めてないよ。約束があるから」

 『約束?』


ましろはくすりと笑う。

ベッドの上に座り、天井を見上げる。

そこには簡素な白い壁があるばかりだが、見つめる先は、はるか向こうだ。


 「乃亜に、実の妹に言うのは、照れくさいんだけどね。

  私、静に告白されたんだよ」

 『え……っ?!』

 「でも、返事はまだしないでいいって。信じられる?

  告白した側が、返事を保留にしたんだよ?」

 『……えと、あの……私、その、てっきり、

  もう、付き合ってるのかと……思ってました……』

 「あははっ!ざんねん、まだなんだよ。

  ほんと、残念……あと半年あるんだよねぇ」


返す返す、本当に、残念だ。

けれど、それでも、彼は精一杯、自分にできることを考え、

自分にできることで、支えてくれている。

そんな彼との、大切な、約束。


 「私が高校に入ったら、返事する約束なんだ。

  今まで待たせちゃった分……

  ……待たせられた分、思い切り、大きな思いを込めて、返事をするの」

 『ましろ……』

 「だから、その日を迎える為に、私、負けないよ」


そう言い切ったましろの顔は、真夏の太陽の下にあるように輝いていた。

あの告白された真夏の日ような。




【xx14年10月6日】


 「なんだ、元気そうじゃん」

 「そう言うのはお前くらいだよ……」


道場の外で久しぶりに会ったのは隼人だった。

隼人はましろが学校に登校できなくなってからも時折家に訪れてくれていた。

勿論、剣道の稽古があったからと言うのもあるだろうが

その前や後に、様子を見ようとしてくれていたのだ。

けれどましろ自身が会うことに躊躇いを覚え、なかなかそれは叶わなかった。

実際に最後に会ったのは、6月かそのあたりだ。


稽古のない日だが、隼人は時折自主練として道場に顔を出していた。

以前はましろもそれに同乗することが多かった。

今日もそれ目的だったが、ましろが軽い運動がてら、

道場でストレッチをこなしていたのだ。


隼人はましろの姿に駆け寄ろうとしたが、ましろはいったんそれをとどめ、

即座にマスクを口元に当てた。

隼人には悪いが、こればかりは徹底したい。


人ひとり分ほど距離を保って、二人は道場前の階段にそれぞれ座った。


 「元気なもんか。こちとら体力も筋力も落ちて体重も落ちたんだぞ」

 「あー……そりゃお気の毒」


同情する様子の隼人は相変わらずだ。


 「んで、病気って結局どうなったんだよ」

 「ああ、うん、まぁ、今度手術することになった」

 「へ?」

 「命掛けだよ。だからそのために体力をちょっとでも戻しておかないと」

 「イヤイヤイヤイヤ、え……マジで?」

 「マジで」


まったく想定していなかったのだろう隼人は目を丸くしている。

ましろはくすりと笑った。

鳩が豆鉄砲を食らったような顔だ。

無理もない。

詳しい病気の内容を説明しても仕方ないので、

心臓のすぐそばにある腫瘍を取り除く必要があること、

心臓が近く、対象が小さいため、難易度が高い、そのため命がけであることなどを説明した。

隼人は徐々に顔つきを険しくし、眉を寄せた。


 「それ、いつ?」

 「11月14日」

 「ふーん……」


隼人は尋ねておきながらも、どこか興味なさそうに相槌を打った。

そして階段から立ち上がり背を向ける。

その背中をましろは見つめる。

小学生位の頃から共に切磋琢磨していた。

最初は同じくらいだったのに、

身長も体格も随分向こうのほうが大きく、逞しくなっていたと今更気付いた。


くるりと振り向く。

褐色の瞳は真っ直ぐとこちらを見ている。

そのまっすぐで輝く瞳は、ずっと、変わらない。


 「俺、お前に勝てる気がしねーんだわ」

 「は?」

 「だから、勝ち逃げすんなよ」


はっとして、瞳を丸くする。

隼人の様子は変わらない。

勝てる気がしないなんて、そんなわけがない。

隼人はすでに全国区の選手だ。

また、どうしたって性別による力の違いは明確にある。

にもかかわらず、隼人の視線に、なにを馬鹿なと言える雰囲気はない。


 「待ってるからな、ましろ。

  絶対、負けんなよ」


こちらにまっすぐ拳を向けてくる。

それは隼人なりのエールだ。

ましろは目元が熱くなるのをなんとかこらえ、

その拳に自らもそれを返した。


 「負けない。待ってろよ、隼人」

 「おう!」


ましろはよく自分が太陽のようだと言われるが、

ましろからすれば、隼人こそ、太陽のような存在だ。

彼の友情に、深く、感謝した。




【xx14年10月12日】


安静にしつつも体力をつけるというのはなかなかに矛盾している。

そんなことを日々考えながら過ごしている。


だが単に手術のことだけを考えればいいわけではない。

学業とて自分にとっては重要だ。

リモートで授業を受けさせてもらっているとは言っても、

それでも手術前後は入院し、事前入院では学習用のなにかを持ち込むことさえ不可能だ。

あらかじめ勉強も進めておかなければならない。

悲しいかな、受験生という現実もあるのだ。


自室で勉強を進めている中、階下から母の呼ぶ声がした。

返事をして、マスクをつけ、階下へ向かう。


玄関先で呼ばれていたのでそちらに足を向ける。

来客だった。


 「え、翔に創?」

 「久しぶりだな、ましろ」


翔と創、二人とも剣道場に通っていた友人たちだ。

静よりひとつ年上の彼らも、今はもう剣道を引退してしまったが

それぞれいまだに付き合いは続いている。


 「話には聞いていたが、やはり少しやせたようだな」


創は気づかわし気な様子で、眼鏡の向こうの瞳を伏せた。

ましろは苦笑いを浮かべ、肩をすくめた。


 「今、それを取り戻そうとしているんだけどね」

 「ましろ、翔が、それ用のメニューを用意してくれた」


母の椿にそういわれ、目を丸くする。

翔はふっと笑った。


 「一応、その手のものは俺の専門だからな」


翔は選手としては引退したが、

その代わり、後進育成のため、スポーツインストラクターとしての道を選んだ。

今はまだ大学生ではあるが、資格の取得を含めて勉強も進めているらしい。


 「身体に負担をかけないようなトレーニングだ。

  実施するときの注意点なども含めて書いているから、あとで読んでみてくれ」

 「……うわ、すごい、これ。

  正直助かるよ」

 「構わないさ。それと、筋力をつけるためのレシピもいくつか。

  これは師範代にお渡ししておきます」

 「ああ、ありがとう。参考にさせもらうよ」


翔が差し出したノートを椿が受け取る。

ぱらぱらと内容を確認して頷いた。


 「中に入るか?茶でも飲んでいけばいい」

 「いえ、長居はするつもりはないので、こちらで」

 「そうか、わざわざすまないな」


椿はそういって重ねて礼をいい、席を外した。

気心しれた友人同士で話すようにという気遣いだろうことは察した。


 「ましろ、俺からはこれを」


椿が立ち去ったあと創が紙袋を手渡してきた。

いくつかの本が入っている。


 「おすすめの本?」

 「それもある。が、ましろ、君、今年受験だろう?」

 「う……」


とても痛いところを突かれた。

それに翔がくっと噴き出した。


 「俺の記憶が正しければ、君、どちらかと言えば理系だっただろう?」

 「まぁ、否定はしないけど……」

 「そういうわけで、いくつか、参考になりそうなものを入れておいた。

  俺の注釈付きだ」

 「えっ」


中に入っている参考書は1冊2冊程度ではない。

国語が1冊、英語が1冊、社会に関しては2冊。

それぞれに付箋が張られてるのが分かる。

顔を上げると、創はひどく優しい顔をしていた。


 「もし分からないことがあれば聞いてくれ。

  こんなことで、君の将来が閉ざされていいはずがない。

  そのための助力は惜しまないよ」

 「ああ……ありがとう、創」


手術に万が一があることなど一切考えていない。

必ず明日が続くのだと、そう言葉なく、励ましてくれているようだ。

ましろはそれに深く頷き、礼を告げる。


 「見事に文系ばかりだな。理系はいいのか?」

 「あ、理系は静に教えてもらうことになってるから、大丈夫」

 「なに……?」

 「ん?」


翔の問いに特に深い意味もなく事実を話せば、

創から低い声が漏れ出た。

翔はそれに額を抑えた。


 「静から教えてもらう?」

 「そうだけど?」

 「……いまだに奴とは付き合いが?」

 「言わなかったっけ?妹とも仲がいいし」

 「……」


じろり、と創の視線が隣の翔に注がれる。

彼は明後日の方角へ視線をずらしてそれから逃れようとしている。

ましろは首を傾げた。


 「あー……、ましろ、俺たちはそろそろ帰るな」

 「う、ん?ああ、うん、ありがとう、二人とも……」

 「おい、翔、聞いてないぞ……」

 「後にしろ、あとに」


ましろは疑問符を頭上に飛ばしながら、なにやら翔に文句を言う創と、

それをごまかすように頭を掻きながら帰っていく二人の背中を見送った。




【xx14年10月30日】


その日は小春日和だった。

10月も終わりに近づき、秋は深まり、木々は色付いて、

風には乾いた葉の匂いが含まれるような季節になった。


明日、いよいよ入院のために家を出る。

そんな中ましろは聊かそわそわしながら自室で声がかかるのを待っていた。


薄青のデニムに、ベージュをベースとした深い赤、茶色のアーガイル柄のカーディガン。

少しオーバーサイズだが、オシャレというよりも自分にとっては防寒の意味合いの方が強い。

黒のキャスケットをかぶり、耳には小さいリング状のイアリング。

こんなにちゃんとオシャレをするのはいつぶりだろうか。

鏡でチェックをしていると、階下から母の呼ぶ声がした。


ショルダーポーチをもって、マスクをつけて降りて行く。


玄関先に椿と共に待っていてくれたのは静だった。

その姿をとらえて、ぽっと心にあたたかなものが灯る。


 「お待たせ、静。

  それじゃ、行ってきます、母さん」

 「ああ、気を付けて。静、ましろを頼むな」

 「はい。承知しています。行き先は事前に伝えた通りですから」

 「ありがとう、頼んだ」


どうやら事前に行く場所の案内を済ませているらしい。

当然と言えば当然だ。

自分は元気に見えたとしても、爆弾を抱えているようなものだ。

なにかあってはいけないと万が一に備えるのは正しい。


玄関を出てドアを閉める。

ましろは隣を歩く静に顔を向けた。


 「それで、どこに行くの?」

 「少し行ったところにある自然公園だ。

  さほど遠くないし、歩いてもいけるが、まぁ、念のためな」

 「……ありがとう、色々気を回してくれて」

 「こんなもの、気を回すに入るか」


すぐそばの路上に止めていた車にましろを案内し、助手席へ案内する。

歩いて行ける距離でも車を回してくれたのは、

万が一なにかあったときに迅速に対応できるようにするためだろう。


ほんとうなら入院前日の今日、出かける必要などない。

けれど明日からしばらく、誰かとこうして直接接することもできなくなる。

そんな中、静から少し散歩しないかと声をかけられた。

まるでこちらの心情を読み取ってくれたようで、嬉しかった。


車が動き出し、5分ほど走った先にある広い公園。

正式名称は知らないが、地元ではスポーツ公園といった名称で呼ばれる施設だ。

かなり広い敷地をもっており、複数の球技場や陸上競技場、テニスコートやバスケットコートなど

さまざまな屋外スポーツが楽しめるような場所だ。

それをぐるりと囲った道はジョギングコースとなっているし、

ちょっとした散歩として歩くには申し分ない。


駐車場に車を停め、二人は並んで歩きだした。


 「久しぶりに来たな。こうなる前は、よくジョギングに来てたのに」

 「すぐにまたそうなるさ」


ゆるぎない言葉に、ふっとましろは笑う。

10月末の時期、小春日和の今日はあたたかい。

ジョギングが出来るようなコースの左右には遊歩道が別途設けられ、

それらを覆うように木々が幾本も並び、陽射しを優しく遮っている。

木漏れ日の中を歩くのは、ひどく心地よく、風も穏やかだ。


 「そういえば、研究の方はいいの?」

 「別にそこまで急ぐようなことはないからな」

 「でも、前に、年内に雑誌掲載目指すって言ってたでしょ?」

 「言ってたな。まぁ、どうとでもなる」


それに少し申し訳ない気持ちが芽生えてくる。

ここ一か月ほど、彼はしょっちゅう、こちらに顔を出してくれていた。

来れないときは電話をくれた。

電話が難しければCORDをくれた。

一日たりとて、彼がこちらにアクションしない日はなかった。


 「実際な、目標はもうクリアできてるんだ」

 「え?」


歩きながらこちらを見る視線は優しい。


 「自分で言うのもなんだが、大学2年で学会で研究の発表というだけでだいぶ異例だ。

  ウチの大学は特例が十八番などと言われるような大学だが、

  それでも久しくなかった快挙だと。

  その功績を認められて、早期卒業制度を使えることになった」

 「!」

 「お前には前から話していたが、俺が目指していたのはそれだからな。

  もちろん、研究を投げ出すつもりはないし、理論化と実証、

  具体的な成果と出すのは当然だが、それでも、在学中の大きな目標はこれで達せた」


木漏れ日に照らされているからか、彼の表情はとても晴れやかだ。

そして誇らしげに輝いている。

ましろはその言葉と表情に、とくんと胸が鳴った。

それと同時にこちらも心底嬉しい気持ちが湧き上がり、

つい、彼の腕に抱き着きたくなった。

だがそれはこらえなければならない。

身体が一瞬浮いたのをぐっと抑え込んで、笑顔を向けるにとどめる。


 「おめでとう、静」

 「ああ、ありがとう。

  ……そういうわけだから、お前が気にすることは何もない。

  学術誌への掲載は、年度内にできればそれでいい。

  時間を見つけて執筆は続けているし、そう無理もしていない」


無理をしていない、という点だけは聊か疑うところもあるが

今はとりあえず、それを追求すまい。


 「乃亜のサポートのおかげもあったろうね」

 「ああ……本当にな。

  一年前には考えられないくらいに、随分と俺を助けてくれる」


CORDで通話したり、メッセージのやりとりをしているが

乃亜は夏の頭くらいから、ずっと家のことを頑張っているようだ。

静がそれで研究に集中できたことは想像に容易い。


 「きっと乃亜は、ずっとそうしたかったんだよ。

  あの子、優しいから」

 「優しい……か」

 「なに?」

 「いや、いい。

  それより、こないだ話していた二学期の出席日数についてはどうなった?」


なにか引っ掛かりを覚えるが、静はそれ以上は言わず、

以前話して保留になっていた話を持ってきた。

しかもいささか痛い話しだ。

ましろは肩をすくめた。


 「まぁ、事情が事情だけにね。

  二学期中に通学は難しいっていうのは、病院からの診断書でもはっきり書かれてるからさ。

  リモートでの授業はちゃんと出席としてカウントして、

  明日以降の二か月分と中間・期末試験分は、冬休みの課題で免除だって」

 「成程」

 「まぁ、妥当なところだよね。受験もあるし」

 「志望校は、公立の鈴乃宮だったな」

 「あそこの剣道部、強いからね」


鈴乃宮高校の剣道部は、全国でも屈指の強さを誇る高校だ。

男女ともに強豪校であり、ましろも以前からそこを目指していた。

だが今となっては、いつ入部できるかも正直分からない。

きっと少し前までは、それも諦めていた。


 「隼人がね、待ってるっていうからさ」

 「……ああ」

 「親友がそう言うんだから、負けてらんないよ」


褐色の瞳はまっすぐで、必ずましろが来ると、信じて疑わない輝きだった。

向けられた拳にも返した。それを反故にはしない。


 「水を差すようなんだが、鈴乃宮は単純に偏差値も高いぞ?

  隼人のやつ、大丈夫か?」

 「そこ私の心配じゃないのって言いたいんだけど、気持ちは分かる。

  でも、あいつ推薦取れるかもって言ってたから、平気じゃない?

  まぁ、ダメだったら、そこは頑張れって感じかな。

  というか人の心配してる場合じゃないよ。

  私だって正直怪しいんだから……」

 「落ち着いたらいくらでも家庭教師してやるさ」

 「ああ、うん、助かる……。

  こないだ創からも参考書もらったし、なんとか頑張る……」

 「……まて、創がなんだって?」

 「だから、こないだ参考書もらったの。文系の。

  出そうなところとか、注意がいるとことか、細かく注釈つけててくれて助かった」

 「……………」


軽快に話していたはずなのに、隣の静の空気がいささか冷えた気がするのは何故だ。

眉を寄せて、なにかを考え込んでいる。


 「静?」

 「……確かに、まだ決まっては、いや……」

 「おーい?」


ぶつぶつ、と口元に手を当てながらなにかを言ってる。

考え込む様子の静にましろは首をかしげるほかない。

だがややあって、静は溜息を吐いてこちらに意識が戻ってきた。


 「まぁ、いい。いまさらだ」

 「はぁ?」

 「ましろ」

 「なに、さっきから……」


不意に足を止めた静に続き、一歩遅れて足を止める。

訝し気に静の様子を見るが、彼はまっすぐにこちらを見ている。

木漏れ日の下のその青緑の瞳は、どこか懐かしさを感じさせた。

半歩ほどの距離、彼の手がこちらに伸びた。

しかし直接触れることはない。

指先が、肩にかかるひと房の髪に触れた。


 「約束のときまで、あと少しだ。

  俺の気持ちは、ずっと変わっていない」


約束の時。

それにましろは破顔する。


ここまで来たら、もう答えを求めてもいいだろうに。

彼は律儀に、春が来るのを待つらしい。

髪に触れる手に触れたい。

それをこらえて、ましろは静の袖口にだけ、指先で触れる。

静はそれに穏やかに微笑んでくれた。


きっと今は、自分のほうが、そのときを心待ちにしている。

それが伝わったような気がした。


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★毎週木曜11:30・日曜19:00頃更新予定★

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★アルファポリスでも連載中★

https://www.alphapolis.co.jp/novel/598640359/12970664

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