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一部グロテスクな表現があります。苦手な方ごめんなさい。
「早く逃げろ!」
「近くの民家まで火の手が!」
宵闇に轟轟と燃え盛る火の手が町中に散らばるなか、大人たちが大声を上げ襲ってくる魔獣の討伐を試みていたが、その声も次第に数を減らしていった。
町で一番大きなお屋敷、ベルク男爵邸の地下では一組の母子が身を潜めていた。
「いい?エイミー。絶対にここから出てきちゃだめよ?かくれんぼだからね。しーっよ。」
「ママは?」
寝支度を済ませていた彼女たちはネグリジェの姿だが、一目で良い生地が使われているのが分かる一品。その服を身に纏う彼女たちはこの屋敷の男爵夫人とその娘だった。
「ママは違うところに隠れるわ。エイミーはここね。暗くて怖いけれど、頑張って隠れていてね。誰かが見つけてくれるまで、静かにしているのよ。」
「…わかった。」
この倉庫には鍵がない。万が一、魔獣が地下まで入り込んでしまったらこの木の扉ではすぐに破られてしまう。
たまらず一人娘を抱き寄せる。もしかしたらこれが最期かもしれない。
まだまだ一緒に生きていくつもりだった。もっと長く、愛娘と過ごしていたかった。
やるせない気持ちを押し込め、このひと時を大切にするために更に抱き寄せ、優しく話しかける。
「えらいわ。エイミー。流石パパとママの娘ね。愛してるわ。」
「エイミーもパパとママだいすき。」
娘に笑顔を向け、包めた毛布を顔まで隠れる様にしっかりと直す。
離れ難い思いを断ち、扉の外に移動した。
その後、屋敷に侵入した魔獣に襲われ男爵夫妻と使用人は亡くなってしまった。
深夜、夜が明ける少し前の頃。
フォンテンベルク大公領の北部、ベルク男爵に任せている地域で魔獣の襲撃に合ったと連絡があり、馬を走らせ大公自ら彼の地に赴いていた。
「これ程とは…」
想定以上の被害の大きさに驚いていると先行させていた部下から報告が上がった。
「閣下。既に男爵邸、及び周辺の民家の消火にあたっています。住民も生存者はおりません。今偵察隊が男爵邸を捜索しております。」
「わかった。これより男爵邸に向かう。付いて来い。」
邸内に移動し、その凄惨たる状況に言葉を無くす。
抵抗をしたのか、魔獣の亡骸もあるが生存者が一人も見当たらない。
「屋敷の中まで侵入してきたのか。」
階段下ではベルク男爵と思われる遺体が見つかった。
「使用人も生存者はいない模様です。ただ、まだ男爵夫人とご令嬢の姿が見つかりませんので鋭意捜索中です。すでに外部に逃走しているかもしれませんが。」
「そうだな、外の捜索隊の人員も増やしてくれ。」
「はっ。」
そう話していると捜索隊の一人が走り寄ってくる。
「閣下!男爵夫人と思われる女性を発見いたしました。しかし、既に......」
煮え切らないその様子に、彼女が助かっていないことを悟る。
「その場に連れて行ってくれ。」
部下を連れ立って地下に行くと、夫人と思われる、扉に寄り掛かる遺体と、数体の息絶えている魔獣が倒れていた。
「なんて惨い。」
「嚙み千切られている。」
「この魔獣はどうやって倒されたんだ?」
「でもなんで夫人が地下になんて。」
部下たちが話すなか、ドサッと小さな物音が夫人の後ろの扉から聞こえた気がした。
「すぐに夫人を上の男爵の許へ運べ。この扉を開ける。」
「承知いたしました。」
夫人を部下が運び、大公は扉に手をかける。
木でできた扉には鍵がついていなかった。
扉の奥は倉庫になっていてとても広い空間が拡がっている。
その奥の方にもぞもぞ動く布の塊がある。
それに近づき布をかき分けると、小さな女の子が出てきた。
蜂蜜よりも柔らかい色をした髪に、花のような桃色と紫色が混在した瞳。その色合いはいつか見た朝焼けのように綺麗で目が離せなかった。
その幼女は目が合うと、話しかけてきた。
「だあれ?」
「君を助けに来たよ。」
「たすけ?かくれんぼ、おしまい?」
大人に言い含められていたのだろうか。
「ああ、終いだ。」
「ママは?おにさん、つかまえちゃった?」
幼女の純粋な質問に言葉が詰まる。
「そうだ。悪い鬼が捕まえて、遠くに連れて行ってしまった。君の父君も。」
「え…?パパとママ、いないの?」
理解したのか泣きじゃくってしまった。
こんな状況の中、おかしなことにこの子から目を離すことが出来なかった。
「私の家に、来るか?」
瞳に涙を溜めながらも顔を上げてくれた。
「パパとママ、いる?」
「いない。」
「ぐすっ」
「あ~!閣下、それじゃあダメですよ!もっと優しくしないと!」
「しかし、嘘を言うのも憚れるだろう。」
再び泣き出してしまい、後ろに侍っていたマークスが口を挟む。
私とて、泣かれるのは本意ではない。
マークスも私と同様にしゃがみ込み、泣き止ませようと声を掛ける。
「お嬢様~、大公家のお屋敷は冷たい印象はありますが、それはそれは大きいんですよ~。それにお屋敷には坊ちゃん、お兄様もいらっしゃいますよ~。きっとお嬢様と遊んでくれます。」
ぴたりと泣き止み、ゆっくりと顔を上げた。
心なしかその表情は明るい。
「おにいさま......にぃに?」
「そうです!にぃにです!優しいにぃにですよ!」
「エイミー、ずっとにぃにほしかったの。」
「そうですかそうですか!」
下を向いて照れながらそう話す幼女、エイミーに嬉しそうに笑いかけるマークス。
「ジェイも妹が欲しいと強請ったいたな。エイミー、家においで。」
「うん。」
無事に来てくれることになってよかった。
怪我などが無いか軽く見まわしていると、
「あっ!カタロフも!」
「カタロフ?」
思い出した様に大きな声を出すエイミーに問う。
ペットか何かか?
「うん。エイミーのおともだち。おへやにおいていっちゃったの。」
「そうか、では私と迎えに行こう。抱き上げてもいいか?」
「うん、だっこ。」
エイミーは抱いてもらうように小さな腕をこちらに伸ばしてくる。
立ち上がると、高さに驚いたのか襟元を掴んできた。
外の惨状を見せる訳にはいかず、くるまっていた布を被せる。
「まだ悪い鬼がいるかもしれない。これを被って隠れていてくれ。」
「わかった。」
エイミーは大人しく布と腕の中に納まった。
「あ!ここ、エイミーのおへや!」
部屋が分からず、当たりをつけて回っていると、三つ目の部屋でエイミーが声をあげた。
思ったよりも早く見つかった。
抱き上げたまま部屋の奥に進む。
子供用のぬいぐるみやおもちゃで溢れかえる部屋だった。
「カタロフー?どこー?」
エイミーが呼びかけるとポコポコと音がしてそちらを見る。馬みたいな形の頭にこぶが二つある黄色く茶色い斑のぬいぐるみが、ぬいぐるみの山の前に転がっていた。
先程あそこは見たが、あんなぬいぐるみはなかったはずだが…?
不思議に思い、訝しげに見ていたが、腕の中から小さな腕が伸びるのが見えてそのぬいぐるみを拾ってやる。
冷や汗を搔いていたようにも見えたが、いや、気のせいだな。エイミーに頬ずりされているのは見るからにただのぬいぐるみだ。
「カタロフいたあ。」
「これだけでいいのか?」
「うん。カタロフがいればへいき。」
「そうか。それでは帰ろう。」
「二階の右手、奥から二番目の部屋がこの子の部屋だ。荷物を全てまとめて城へ運ぶように。」
「はっ。」
外に出て玄関前に待機していた黒馬に近づく。
愛馬のマキシムにエイミーを抱いたまま跨り、足の間に座らせる。
「怖くないか?」
「こわくないよ。エイミー、おうまさんすき。」
そう言って鬣に抱き着くエイミーとマキシムは嬉しそうにする。
珍しい。マキシムは私以外には懐かないのに。
「大きな街に着くまで馬に乗ることになる。辛くなったら言いなさい。」
「うん。」
こうして大公一行は町を後にした。
ここまでお読みくださりありがとうございます!!
この作品を面白い、続きを読みたい!と思っていただけたら嬉しいです!
ちなみにカタロフはきりんのぬいぐるみです。
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