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帝国のイーテ  作者: 平瓜 東
第二章 アルトラ帝国
7/24

2-1

シュロン国からアルトラ帝国までの移動はユアンの転移魔法で一瞬だった。通常の転移魔法が使える範囲は視界に映る範囲だが特別な魔道具を座標として使っていると遠い場所でも移動できる。

ユアン曰く魔力を込めると座標から座標への移動は簡単らしい。

ロイとユアンがシュロン国まで移動した時は、アスラが持つ魔道具を座標としてやって来たという。

便利な魔法だが使える者は希少で帝国にも数人しかいない。転移魔法で一緒に移動できる効果範囲は意外と狭く、ユアンに触れていないといけなかった。

着いたのはどこかの部屋だった。特別広い部屋ではないが、大きな窓から差し込む光に照らされていて室内は明るい。


「ここって……」

「帝国騎士団の訓練所の一室です」


派手な装飾がされた部屋ではないが洗練された調度品が置かれている。部屋の中央の台座に座標と呼ばれる魔道具が載っている。

一瞬で着いた場所がすでにアルトラ帝国内ということに衝撃を受けていたクラールは部屋を見渡して放心していた。

他国の人間が門も通らずいきなりアルトラ帝国内に入っているのは結構問題がある気する、などと考えているとアスラに肩を軽く叩かれる。


「もう手を離しても大丈夫だ」


そう言われて転移魔法を使う直前、「途中で手を離すと体がバラバラになりますよ」とロイに脅されたので絶対に離すまいとユアンの手をきつく握りしめていたことを思い出す。慌てて手を離したが握った時はひんやりとしていたユアンの手は握りしめていたせいで少し赤みを帯びている。すみませんと下げた頭を無言で撫でられる。

ユアンの表情はよく読めないが、動物をわしゃわしゃしているような撫で方からきっと許してくれているのだろうと解釈した。

その手が止まると何やら水晶のような物を差し出され、そこに手を乗せ魔力を込めるように指示される。

ポワッと光っただけで特に何も起こらなかったが、これは他国からアルトラ帝国への出入国の際に管理するための登録だと言われた。

本来は港で行われていることらしいが、転移魔法でこの部屋から他国へ行き来をする際は全員この水晶を使っているという。


(流石……帝国は人の管理もきちんとされているのね)


全員がその水晶に魔力を込めたのを確認したロイが行きますよとクラールの背中に軽く手を添えたので誘導されるがまま部屋を出ようとしたところで、アスラの静止がかかった。


「ロイ待て。お前クラールをどこに連れて行くつもりだ?」

「研究室ですが?せっかく帝国に来ていただいたんですから、早速と思いまして」

「お前は報告があるだろ」


ロイは舌打ちをしてとても不満そうな顔になっている。アスラはこの国の王子なのにロイのこの態度はかなり不敬ではないだろうかと心配になる。


「そう、殿下のせいでね!陛下への報告には殿下も行かなければなりませんよ!3ヶ月も国を空けていたんですから」

「それは……わかっている」


アスラも何やら不満そうにため息をついている。第一王子、帝国騎士団の人間ともなると忙しいのだろうとクラールは二人の会話を横で黙って聞いていた。

この部屋は頻繁ではないが人の出入りがあるため場所を移すことになるのだが、二人が報告に行くとなるとクラールはどこにいれば良いのかという議論になっている。

アスラの部屋に連れていけば良いとロイが言い出した時は流石にクラールは頭を全力で振った。第一王子の部屋となると王宮だ。そんなところに突然他国から来た一般庶民が入って良いわけがない。

それこそ皇太子妃でもなければ不可能だろう。王宮に入る前から門前払いだ。クラールでもダメだとわかるのだからロイは冗談のつもりだろうが、洒落にならないのでやめてほしい。


「とりあえずこの部屋に置いていくわけにはいかない。一旦応接室で待っていてくれるか?」


またロイの頭に鉄拳が入るのではないかとヒヤヒヤしてしまった。クラールはアスラの言葉に頷いた。


「俺とロイは報告に行ってくる。ユアンはクラールを応接室へ」

「御意」


部屋を出てすぐアスラたちとは向かう方向が違ったので二人を見送った。

何やらロイがまた余計なことを言っていて揉めているが、二人で報告に向かっているのできっと仲は良いのだろう。

幼い頃から恐れられてきたクラールには大人になっても言い合いができるような関係性の二人を少し羨ましく思ってしまう。その後すぐ遠くで鈍い音が聞こえたので、また鉄拳を喰らったのだろうと少し心配になった。






通された応接室は先ほどいた部屋は先程の部屋とは比べ物にならない程広く、どこに身を置けば良いか悩んでいた。

ユアンは部屋の外で待機していると言っていたので部屋に一人でいるのだが落ち着かなくて窓の外を眺めてみると立派な王宮が見えた。この部屋に来るまでに通ってきた回廊からも王宮は見えたのだが、初めて見る帝国の王宮は想像を遥かに超えた大きさだった。

疑うことなく着いてきたが今更になって帝国に来たことを実感してしまう。

騎士団の訓練所と王宮はそれほど離れていないようだ。何かあったら王宮を守るのに騎士団をすぐ派遣できるように位置しているのだろう。

窓の外に広がるアルトラ帝国にクラールは感嘆の声を漏らす。


「本当に帝国に来たんだ……」


シュロン国しか知らなかった自分が他国にいることすら夢のようである。

ずっと窓の外を見ていても飽きないと堪能していると部屋の扉がノックされた。

報告が終わったのだろうかと思って振り返ると、扉が開き荷物を抱えた女性が部屋に入ってきた。


「第一王子殿下よりクラール様のお支度を手伝うように仰せつかって参りました。殿下の専属侍女のビビでございます」


恭しく頭を下げたビビはクラールにソファ座るように促した。ベッドの間違いではないかと驚くほどのふかふかなソファに腰を下ろすと、テキパキと荷物が配置されていく。


「あの……これは……?」

「お召し物をご用意いたしました。まずは本日お召しになる物をお選びください」


シュロン国とアルトラ帝国では服のデザインが違うとアスラが言ってたのを思い出す。続々と並べられたドレスはどれも美しいが、背中や胸元はざっくりと開いている。どこのご令嬢のパーティドレスなのかと目を丸くした。


(選べって言われても……どれもこれも露出が……)

 

「こちらはいかがですか?」

「あ、えぇっと……」

「お気に召しませんか?でしたらこちらは?」

「いえ、あの……露出が……」


次々と衣装の入った箱が開かれていくがクラールが顔を赤くしてモゴモゴしてしまう。シュロン国では女性の服は首が詰まっているし、足首まで裾がある。しかし今、目の前にある物はデコルテが開いていて、膝までしか裾がない。これをシュロン国で着れば破廉恥だと言われてしまうだろう。

クラールの反応にどれも気に入らないと受け取ったらしいビビは少し考えて次の箱を開けた。


「露出が足りませんか?この辺りのデザインがお気に召さないのでしたら、こちらはいかがですか?きっとお似合いになりますよ」


胸元がざっくり開いた真紅のドレスの裾は太もも部分までスリットが入っていて今まで見たドレスの中で最も強烈なデザインだった。


「そそそそそんなドレス着れません!露出が少ない普段着のようなものはありませんか!?」

「あら、きっとお似合いになると思いましたのに」


ビビは本気でそう思っていたようで、しゅんとしている。アルトラ帝国はシュロン国より暖かいので女性の服は露出が多いようだ。

クラールの今の服だと室内でも少し暑かった。


「でしたら、一旦こちらを試着してみませんか?」


結局持って来て貰った服の中で一番大人しいデザインのワンピースを着ることになった。

サイズはピッタリだったがクラールからしたら華やかで少し落ち着かない。


「とてもお似合いですよ」

「本当はもっと庶民的な物だと嬉しいのですけど……この国の一般的なお洋服というか……」

「こちらは庶民的なデザインです。先ほどまでお召しになられていたお召し物はアルトラ帝国では見かけない物です。古いデザインと言いますか……」


ビビは言葉を選んでくれているが、クラールの心にグサリと刺さった。

帝国に比べればシュロン国は田舎である。その田舎の更に端の村には流行が届くのなんて何年先なことか。先どころかほぼ届かない。


(さすが帝国は流行の最先端よね……)


そもそも帝国の情報自体ほとんど知らない。たまにオーリ街で帝国の物品を見かけたが、高価な物が多く片田舎で暮らす庶民に手が出せる金額ではなかった。ポーション一つとっても帝国産は品質も値段も一級品なのだ。


初めて袖を通す上質な素材のワンピースに着られてる感が半端ない。

この帝国のワンピースが庶民的だと言うなら、クラールが元々着ていた服などボロと変わらないのではないか。悪い意味で目立ちすぎる。


「すみません、色々と我儘を言ってしまって……」

「大丈夫ですよ。久しぶりに戻ってこられた殿下からのご要望に私も張り切ってしまいました」


ビビはアスラの専属侍女なので、無理を言ってここに服を運ばせたのだろうかと心配になるが本人はとても嬉しそうな顔をしている。

クラールは出された紅茶を飲んでいたがワンピースを汚したら大変なことになるのではと思うと一滴もこぼせないので慎重に口をつけている。

飲んだことのない味だったが帝国の茶葉だと言うので良い物なんだろう。自宅でアスラに出していた茶は本当に粗茶だったことだろうと申し訳なくなる。

帝国の王子様からすれば茶も食事も粗末な物だったはずだがアスラは文句一つ言わずに過ごしていた。


「アスラさんはいつから帝国を空けていたんですか?」

「三ヶ月程前からでしょうか……普段から様々な国を見て回っていらっしゃるのです」


王子が自国を三ヶ月も空ければ周囲の人間は心配することだろう。アスラが戻ったことを本当に喜んでいるようだ。リース国で仕事をしていたとは聞いたが、具体的に何をしていたのかクラールは知らない。

もしかしたら危険なこともあるのかもしれない。実際アスラはシュロン国で死にかけていた。


「殿下はここ数年ずっとお忙しくされていました。魔力を封じられてからは特に……何かに取り憑かれたようにお仕事をされていたのです。魔力を使えない代わりにできることを全部やろうとされていたのでしょうね」


アスラは報告に行く前にビビにこの部屋に行くように指示を出したらしい。その時に魔力が戻ったことを聞いたという。

ロイが話していた窓を割った鳥の話は王宮内で出回っているらしく、もしかしたらアスラの魔力が戻ったのではないかと噂されたがビビは半信半疑だったらしい。


「殿下からはその恩人がここにいらっしゃると伺いました。クラール様。殿下をお救いくださりありがとうございました」

「いえ、私こそアスラさ……殿下にはたくさん助けていただきました」


クラールは自分がアスラにしたこと以上にアスラには助けられた。クラールの手に自分の手を添えてボロボロと涙をこぼす彼女は本当にアスラを心配し、想っていたのだと伝わってきた。




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