3-8 ポーション作り
しばらく固まっていたクラールはロイに手紙を見せられて正気を取り戻した。手紙の主はクラールがポーションを卸していた店の店主である。辛辣なダメ出しの手紙に目を通すと頭の中で彼女の声が蘇るようで思わず苦笑してしまう。
『帝国の一級ポーションが聞いて呆れる。クラールの作るポーションの足元にも及ばない。』そう書かかれた手紙を読んで、あの老齢の店主らしいと思うが帝国相手にこの手紙を出しているのかと思うと恐ろしい。怖いもの知らずにも程がある。
「帝国の一級ポーションより私のポーションが良いなんてことはないと思いますが……」
何か手違いでも起きたのだろうか。そう思いつつ、手紙を読み終わって顔を上げるとアスラは首を横に振っていた。
「この手紙の前に三級、二級と送って今回が一級だったんだ。三級の時の手紙のダメ出しは今回の三倍はあったぐらいだ」
「えぇっ!?」
驚いていると過去の手紙も渡された。三倍のダメ出しが書かれた手紙というのは大袈裟に言ったわけではないらしく封筒が分厚い。
書かれていた内容は本当にダメ出しばかりで三級とはいえ帝国産のポーションに『粗悪品』と書かれていて、店主の憤りが文字に籠っていた。これは流石に言い過ぎでは……と小さく呟くと、ロイが口を開いた。
「一級でもこのダメ出しということで、我々はクラールが作っていたポーションが特級ポーションではないかと思っています」
「特級……?」
「通常のポーションは三級〜一級までありますが、さらにその上に特級ポーションが存在するんですよ」
初めて聞いたポーションにクラールは「ん?」と小首を傾げた。そもそもクラールは自分のポーションの等級を知らなかった。回復ポーションもいつも作っていた物しか作れないし、あの店で販売されていたクラールの回復ポーションの価格は、帝国の三級ポーションに比べて安価だった。そのため、自分が作ったポーションはおそらく三級だろうと思っていたし、帝国産に比べると三級でも劣るはずだった。
「ポーションの等級ってどうやって決まるんですか?」
「材料ですね」
「材料……?私がポーションに使う為に育てていた薬草はどれも一般的な物ですよ」
「ええ。そうでしたね」
ロイは知っていますよ、と言いたげな顔をしている。材料が一般的な物ならどうしたって三級ポーションにしかならない。それをなぜ特級ポーションだと結論付けたのかクラールにはわからなかった。
「そもそも通常のポーションは材料の薬草を数種類混ぜて水を入れ、魔力を込めながら加熱して作るものです。使う薬草の種類を増やすとポーションの等級は上がります。ちなみに帝国のポーションが他より高価なのは薬草の質が良いからですね」
ロイの説明に理解が追いつかずクラールは一度頭の中で整理して、少し考えた後自分のポーションの作り方と頭の中で照らし合わせて驚愕して声を上げた。
「回復ポーションって魔力石から作るんじゃないんですか!?」
「やはり知らなかったのですね。そもそも魔力石というのはそうそう手に入る物ではありません」
「私はいつでも手に入りますけど……」
「それはあなただけです。本来魔力石というのは薬草内で作られた魔力が何らかの原因で塊となって外部に落ちた物です」
「珍しいことなんですか?」
ロイは大きく頷いている。
クラールは薬草が魔力石を落とすことを知ってはいたが実際には見たことがない。いつでも魔力石を取り出せるので薬草が落とすのを待つ必要はないし、珍しいという感覚もなかった。
人間も薬草も常にその内側に魔力が巡っていてクラールが自身の魔力を与えるとその流れを変えて手の中に魔力石ができている。状態異常の魔力に関しては部分的に停滞していることもあるが、基本的に魔力は全身を巡っているものだ。
(つまり、植物の中で魔力の流れが変わったから塊になって落とすってことよね?)
ロイの言う何らかの原因というのは、魔力の流れが変わったからだろうとクラールは直感的に理解する。
その流れを変える理由はわからないが、考えられるのは気温や湿度、日当たり植物に影響する何かだろうか。
「非常に貴重な魔力石からポーションを作るなんて殆どの人は経験しませんし、作るどころか魔力石を見ることも少ないでしょう。私が特級ポーションを作れるのは帝国騎士団の中でもとても優秀な回復魔法士だからです」
「普通自分で優秀って言うか?」
アスラは口を挟んだが、実際ロイが優秀なのは認めているようで否定はしていない。
ロイの話を聞く限り、貴重な魔力石から作った特級ポーションを他国の店に卸すのは難しいということだろう。もうあの店主とポーションの取引はできない、そう思うと申し訳なさと寂しさが混同する。
(うちが代々ポーションを卸していたって聞いてたけど、きっともう終わりになっちゃうなぁ)
帝国に来ることになった時点でポーションの取引はできなくなると思っていたが、アスラの口利きにより帝国産のポーションを安くで卸す約束だったのだ。ロイは永住だと言っていたが、実際卒業後に帝国で仕事や住む場所を見つけられなかったらいずれシュロン国に戻ることになるかもしれない。
今は帝国にいてアカデミーの寮を使わせてもらっているので衣食住には困っていないが、自宅に戻った時に取引先がなければ生活は厳しいだろう。クラールがシュロン国に戻ればきっと帝国産のポーションの取引も終わる。その時にまたクラールが作るポーションで取引を再開できれば良いと淡い期待をしていたのだ。
(私が作ってたポーションが普通のポーションならこんなことになってないのに……)
そんなことを思っても仕方ないが、そう思わずにはいられなかった。
まさか自分がずっと作っていた物が特級ポーションだとは思っていなかったし、それ以外の作り方も知らなかった。
(ポーションの作り方はお母さんが教えてくれたんだっけ……)
母はクラールが子供の頃に亡くなっている。記憶の中の母は、畑で育てた薬草からクラールが取り出した魔力石を集めてポーションを作る方法を教えてくれた。
それ以外の作り方は教わっていない。
どうして母は普通のポーションではなく、魔力石で作るポーションの作り方を知っていたのだろうか。元々ポーションをクラールが作る前は、母が作った物を卸していたはずだ。そうなると母が作っていたポーションも特級ポーションだった、ということになるのだろうか。
「……になりました」
「……ぇえ?」
母のことを考えていてロイの話を聞いていなかったのでつい間抜けな返事をしてしまった。
「聞いてなかったんですか?」
「す、すみません」
「帝国産の特級ポーションは緊急用ですから卸すことはできません。しかしそれだと店主が困ってしまうでしょうから、定期的にクラールにここでポーションを作ってもらいそれを届けるのが良いということになりました」
「私が作って良いんですか?」
「ええ。ですが、作る時はこの研究室でお願いします」
まだ取引が続けられると聞いたクラールは顔をパァッ輝かせた。
研究室を使用する時はアスラかロイのどちらかが同席する必要があるという条件付きだが、それでも自分が作ったポーションが卸せるならありがたい。
同席が必要なのはアカデミー内とは言えクラールが高等部の生徒であるため、勝手に研究室に出入りはできないのだろう。
元々クラールが作って卸していたポーションだ。作る場所さえ貸してもらえるならその方が良いだろう。
馴染みの店にまた商品を卸せることは素直に嬉しい。シュロン国にもいずれ戻る機会もあるかもしれないことを考えると、仕事ができるのはありがたかった。
「よし。じゃあ早速、畑に行こう」
「アスラさん!?」
「アカデミー内には研究に使う用の薬草を育てる畑があるんだ」
立ち上がったアスラはクラールの手を掴んだ。そのまま研究室を出て行こうとしたが、ロイが静止をかけた。
「殿下、繋いだまま行くつもりですか?また目立ちますよ」
「あぁ、悪い……」
「いえ……」
パッと手を離したアスラはバツが悪そうにしている。きっと見学の時のことでも思い出して気にしているのだろう。気を遣わせてしまっていることはなんだか申し訳ないが、目立ってまた変な噂でも流れたらアスラの評判にも関わるかもしれない。
クラールは並んで歩くアスラとロイの影に身を潜めてついて行くことにした。




