3-7 デリカシーのない男たち
「クラール!」
研究室の扉が開く音が聞こえたアスラはすぐに扉に向かった。見学の時に校内で目立ってクラールには申し訳ないことをしてしまったので迎えはロイに頼んだのだが、本当なら自分が迎えに行きたかった。
「アスラさん、こんにちは」
目が合うとすぐに挨拶をしてくれる。ニコッと笑うクラールを見るとホッとした。
あの見学の日から顔を合わせていなかったので少し心配していたのだ。アカデミーの制服に身を包んだ彼女はスカートの裾を引っ張って少し恥ずかしそうに顔を赤らめている。
(そういえば帝国の服はスカートの丈が短いと気にしていたんだったな……)
短いといっても膝は隠れているのだが、シュロン国の女性の服は足首まで隠れていることがほとんどなので気になるらしい。騎士団の施設にいた頃はビビが厳選した中でなるべく丈の長いの物を着ていたようだが、制服は統一されているのでそうはいかないのだ。
「制服似合っているな」
「えっ、あ、ありがとうございます」
正直に褒めてみたらクラールは一瞬驚いてすぐに俯いてしまった。見られることに照れているのかまたスカートの裾を気にしている。だが、その仕草に少し違和感があった。スカートを気にする手が少し震えているように見えたのだ。
「どうかしたか?」
「いえ……なんでもないです」
そう言うとクラールはパッと手を後ろに隠し、何やら目が泳いでいる。
(……ん?)
なんだか様子がおかしい。
「……あー、クラールはまずここに座ってください」
「はい」
声をかけたロイの方に歩き出したクラールはなんとなく歩きにくそうだ。そう思った時、アスラはクラールの腕を掴んでいた。気づいたら体が勝手に動いていたのだ。
「っ……!」
力を入れたつもりはない。ただ腕を掴んだだけだった。それなのにクラールは痛そうに顔を歪ませている。よく見ると手首が少し赤くなっている。
「怪我をしたのか?」
「ちょっと転んでしまって、でも大したことないですよ」
そう答えたクラールはアスラが掴んでいない手でまたスカートを気にしている。ようやくクラールの行動の合点がいった。
アスラは掴んでいた腕を離しクラールの体に手を伸ばすとそのまま抱き上げた。
「あっ、ちょっ……まっ……」
クラールは突然抱えられて驚いて言葉が出ていないようだ。慌てて身を捩って暴れているクラールをロイが指した椅子に下ろし、靴を脱がせて足首を曲げたり伸ばしたりしてみる。
「痛むか?」
聞きながら動かすと小さく呻いているので捻挫をしているのだろう。クラールが気にしていたスカートの裾を少し持ち上げてみると、血は出ていないが膝が赤くなって擦れている。かなり盛大に転んだようだ。
「膝もぶつけたのか?」
そう尋ねるが耳まで真っ赤になった顔を手で覆って声を失っている。なるほど、余程痛いようだ。
先ほどと同じように膝の曲げ伸ばしを確認しようと、脚に手を添えるとクラールがヒィッと息を呑むのがわかった。
「悪い。痛かったか?」
「ちがっ……あの、いえ、もうなんともないですから……」
「なんともないって……相当盛大に転んだんじゃないか?ここも赤く腫れているし、歩くのも痛いだろう?」
膝を動かして確認するとやはり痛そうだった。どんな転び方をしたらこんなにもあちこちぶつけるのかと不思議に思う。アスラが回復魔法を促すとロイはわかってますよーといつもの調子で近づいてきた。
「それより殿下、こんなところで女性のスカートを捲るのはよろしくないですよ。そういうのは寝所でお願いしますよ」
「ロイさんっ!?」
やれやれとため息を吐いているロイは呆れたように言っているが、その内容にクラールは声を上げた。
「ただ膝の怪我を確認しているだけだろ」
「それでも誰かに見られたらいらぬ誤解を生みますよ」
「誰もいないだろ?」
「私はいますが?それに、普段からそういうことをしていると咄嗟の時に外でもやりますよ」
「あーもういいから早く治療しろ」
ロイは本当に小煩い男だ。自分も大概のくせいつも何かにつけてガミガミと言うのだ。幼馴染だが、まるで教育係のようだと今まで何度思ったことか。
「全く殿下は困ったお人ですよねぇ。彼女失神寸前ですよ」
「そんなに痛かったのか?」
「デリカシーのない誰かさんのせいですよ」
デリカシーがないのはお前も同じようなものだろうと、睨むとなんのことだかとはぐらかしている。
クラールは「あああ………」と呻いているのか、嘆いているのか何やらずっと俯いて顔を手で覆っているので全く視線が合わない。
ロイが回復魔法をかけ終わるまでクラールはずっとそんな様子だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ロイは内心呆れ返っていた。
もちろんこの帝国の第一王子であり、幼馴染のアスラに対してである。
ロイが迎えに行った時、クラールは校舎の入口で手首を押さえていた。
移動中も時々足が痛そうにしていたので、怪我をしたのだと気づき尋ねると彼女は転んだのだと言う。
その場で治療することもできたがクラールが大丈夫だと言うので、研究室に行ってから怪我の箇所を確認して回復魔法をかけようと思っていたのだ。
(それなのにこの脳筋馬鹿殿下ときたら……)
年頃のレディのスカートを捲り上げて素足に触れるなどというトンデモ行動を起こしていた。
もし貴族令嬢相手にそんなことをしよう物なら、今すぐ責任を取れと詰め寄られるかもしれない。まあその場合王族相手に娘を嫁にしろと言えるのだから、親は内心ウキウキで良くやってくれたと思うかもしれないが。
しかし、実際相手は他国出身の村娘である。本来なら同じ空間にいることすらない二人だから貴族と同じように考えても無駄だろう。
クラールはアスラの行動に対して赤くなったり青くなったり忙しく顔色を変え、最終的に声を失って口をパクパクさせていた。人間羞恥の限界を越えるとこうなるのかと思いつつ、アスラに促されて回復魔法をかけた。
今日はポーションの件で呼んだのに、アスラの所為でクラールはしばらく固まっていた。
(やっぱりここに来る前にさっさと治療するべきでしたかねぇ……)
今日はポーションを色々試したかったが、なかなか進みそうにない。
アスラはいい年して結婚どころか婚約者も決めず、仕事と呪いの研究ばかりしていたデリカシーの無い男なので仕方ないのかもしれない。ロイも同じようなものだが、アスラ程ではないと思いたい。
シュロン国では足首を出すのは破廉恥とされているらしく、制服のスカート丈ですら違和感があるのだから怪我の確認とはいえまじまじと足を見られるのはクラールにとって抵抗があるのだろう。こればかりは文化の違いなので仕方ないが、アスラの行いがクラールにとってどれだけ無粋だったのかを今更理解したらしく膝をついて謝罪をしている。
(呪いはなくなったんですから、そろそろ婚約者ぐらい決めてくださいよ……殿下)
彼女をここに呼ぶことにしてから、アスラがソワソワして過ごしていたことを思い出す。
ほんの少し前に出会ったばかりのこの片田舎の村娘はこの帝国の第一王子の想いに気づいているのだろうか。ロイが知る限りアスラが女性にこんな風に接しているのは見たことがなかった。
誰に対しても同じようにある程度距離をとって接していた彼が、こんな風に一人の女性に構い、アカデミーに推薦してまで編入させたのだから特別な相手だと言っているようなものだ。
しかし、怪我一つでこんな様子ではいつまで経っても何も進まないかもしれない。まだまだ先は長そうだ。
第一章 1-4 で
クラールの治療をしたロイは「服を捲ってご自身で見るなり触るなりして確かめればよろしいかと」とアスラに言って鉄拳を喰らってます。アスラは行動、ロイは言葉においてデリカシーのなさは同等です。




