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帝国のイーテ  作者: 平瓜 東
第一章 シュロン国
3/22

1-3

自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。それがアスラの声だと気づいた時ぼんやりと目を開ける。

どのくらい気を失っていたのかわからないが体中が痛いくてうまく力が入らない上、先ほど投げ飛ばされた男に髪を掴まれている。クラールは何が起こったのか必死で頭を巡らせ考えていた。先ほどの地面の揺らぎは土魔法によるものだ。おそらく今クラールの髪を掴んでいるこの男の魔法だろう。あまりの痛みに顔を歪めて痛む箇所を確認する。


(肋が折れてなければいいけど……)


周りを確認してみると走り出して距離を取ったと思っていたが、土魔法で地面ごと引き寄せられたせいで荷車の近くに戻されていた。


「……っ!アスラさん!!」


視界にとらえたアスラは体格の良い大男に胸ぐらを掴まれているところだった。周りには武装した男たちが半数以上地面に倒れている。きっとアスラに斬られたのだろう。

胸ぐらを掴まれているアスラは怪我をして出血しているのが見える。


「動くなよ。お前が反撃すればあの女はすぐに殺す。そろそろ鳥の声を聴いた他の仲間も到着するだろう」


大男のその言葉に反応した仲間の男がクラールの髪を掴む手に力が込めた。髪はかなり痛いそれ以上に少し動くと打ちつけた背中が痛い。

あの色鮮やかな鳥が仲間に位置を知らせる鳥だとはクラールは知らなかったが、きっとアスラは知っていたのだろう。すぐに剣を抜いて反応していた理由がわかった。

アスラは酷い怪我をしているが意識はあるので、大人しく胸ぐらを掴まれているのはクラールが捕まっているからのようだ。


「お前にまた会えて嬉しいよ。俺の毒を受けてまさか生きているとは思ってなかったなあ」


(あの人が……森でアスラさんを襲った人なんだわ……)


アスラの体を蝕んでいた毒はクラールの魔法で取り出しているが、もしあのままなら確実に死んでいただろう。そもそも毒魔法は人に使うものではないのだ。畑の周りに微弱な毒を撒いて虫除けや獣避けにしたり、上手く調節すれば狩猟に使ったりできると聞くが、闇属性である毒魔法はかなり危険で使いこなすのにも訓練が必要になる。


「余計なことさえしなけりゃよかったのになぁ。お前のせいで攫った女たちが逃げちまったんだよ」

「…………シュロン国の女をどこに売るつもりだった?」

「リースさ。一部の好事家に高値で売れる。それをお前が馬車の扉を開けたせいで女たちが逃げちまったんだよ!!」


大男は怒りを露わにしてアスラを殴っている。話によるとアスラが倒れていたあの日、この人攫いたちは女を攫って馬車で移動中にあの森の入り口近くで休憩していた。森に向かっていたアスラは偶然その人攫いたちを目にし、見張りを倒し馬車の扉を開け女たちを解放した。しかし逃げている途中で他の者たちが異変に気づき、追いかけようとしたところをアスラによって阻まれたのだ。そしてその後の戦闘中に、大男の毒によりあの森で倒れたということのようだ。

アスラが森で見つからないため、先ほどの鮮やかな鳥で居場所を探して追いかけてきたという。


(なるほどね……なんで他国から来たアスラさんがあんな怪我をしていたのか謎だったけど、そういうことだったんだわ……。それであの大男はアスラさんをまた殺そうとしているってことね)


あの日のアスラの行動を考えてクラールは納得していた。大男はアスラをまだ殴り続けていて、相当頭に血が登っているようだ。

クラールは少し体を捩ってみて体はかなり痛いが、全く動けないというわけではなさそうだと確認する。


(きっとこのままではアスラさんも私も殺される。私は運が良ければ命はあるけど確実に売られるわね……)


クラールはぎゅっと拳を握って自分の置かれた状況を冷静に考える。なんとかして逃げたいが、この場を振り切って逃げ出したとしてもまた同じことの繰り返しだ。次こそ確実に命はないだろう。自分にできることもやるべきこともたった一つしか思い浮かばなかった。


「お前にはここでもう一度俺の毒を味わわせて殺してやる。あの時はじわじわ殺してやろうと思ったが、今回はもっと強い毒で一瞬であの世行きにしてやるよ」



大男がアスラの胸ぐらを掴む手に力を込めているのがわかった。本気で殺すつもりなのだろう。

クラールは自分のバッグの中に手を入れて短剣を握りしめ、勢いよく取り出すと掴まれた自分の髪を切った。不意をつかれてよろけた男の肩に短剣を突き刺し走り出す。一直線にアスラと大男の元へ向かっていくが、身体中が痛くて上手く走れない。


(ああ……やっぱり折れてるかも)


クラールが走り出したことにアスラは気付いたようですごく驚いた顔をしているのが目に入る。きっとアスラはクラールの命のために殺される覚悟をしていたのだろう。こうなることを予測して逃がそうとしてくれたのだと思った。

一歩踏み出すたびに身体中に響く痛みが尋常じゃなかった。それでも走った。足がもつれても、体勢が崩れても、クラールは走っていた。そしてアスラに向かって手を伸ばす。


「アスラさん!!!手を!!!」


アスラの手まであとほんの数歩のところでまたぐにゃりと地面が波打ってクラールは転ぶ。先ほどの土魔法を使われたのだ。

あの男には咄嗟に短剣を突き刺したが肩ではなく心臓であれば良かったと後悔する。でもあれが精一杯だったのだ。


「クラール!」


アスラの声が耳に響く。運が良かったのは転んだ勢いでそのまま前に出れてたことだ。転んだ先にアスラの足があったので、その足に向かって思いっきり手を伸ばす。

心の中で許してほしいと願う。この魔法を使うことを。



「私が……アスラさんの呪いを奪います……!」



アスラの足を掴んだクラールの手の中に黒い光が集まっていく。光が集まるのは一瞬なのにその一瞬がとても長く感じる。

きっとアスラも大男も周囲にいる誰も、何が起こっているのかわからないはずだ。光が手のひらに集まると歪な形の石となる。

アスラの足から手を離しその歪な形の石を掴んでそのまま意識を失った。







アスラは生まれた時からずっと風を感じていた。

それが呪いによって封じられて突然何も感じなくなったあの日からは、匂いのしないただただ重い空気が付き纏っていた。体に泥のようにべっとりと張り付いた空気が、風が、魔力を封じられたその現実を突きつけてくるようで苦痛だった。

それが突然クラールに足を掴まれた時、自分の周りにある空気が懐かしい匂いに変わるのを確かに感じたのだ。ずっと焦がれていたあの自由の匂いをすぅっと吸い込むと、体が羽が生えたように軽くなった気がする。


「……突風(ウインドブラスト)


言葉を口にするとアスラの周りの風が勢いをつけて舞い、胸ぐらを掴んでいたはずの男と周りにいた他の男たちが吹き飛んでいた。封じられていた魔力が戻る感覚がして、まさかと思って口にしたのだが本当に魔法が使えていた。


「クラール!大丈夫か!?」


アスラは足元で倒れているクラールを抱き起こして息をしていることを確認する。

おそらく骨が折れているのに無理をして動いたのだ。気を失うのも仕方ない。早く手当をしなくてはいけないと思った時、吹き飛んだ大男が立ち上がっていた。


「……テメェは絶対殺す!!!!毒矢(ポイズンアロー)


大男の周りからアスラに向かって魔法攻撃の毒矢が飛んでくる。

他の連中は大人しく気絶していると言うのにしぶとい男だと舌打ちをして剣を握る。

この剣は本来魔力を与えて使うもので、魔力を与えなければただの剣以上に重く扱いづらい物だ。

あまりの重さに森に置いていこうかと思ったとクラールが冗談めかして話していたのを思い出す。アスラでも魔力を与えていなければ重くて仕方ないのだからクラールがそう思うのは当然だった。

それでも呪いで魔力を封じられてからも、長年愛用していたこの剣以外を使う気にはなれずずっと使っていた。お陰で毎日剣を持つだけで筋トレをしているようなものだった。

魔力が戻ったことを確信し、剣に魔力を込めるとまるで扇のように軽くなり自然と口角が上がった。


風裂(ウインドティア)


アスラが剣を振り翳すと風が鋭い刃となり放たれた毒矢は次々と折れて地面に落ちる。

大男が次の一手を繰り出そうと手を前に翳したとき、風の刃はその身を切り裂く。

まだ明るい空に大男の絶叫が響いた。






大男が絶命してすぐ仲間の連中で意識があった者は戦意喪失し逃げ出していた。追いかけてトドメを刺すか迷ったが、クラールの手当てを優先する。

アスラは自分のポケットからポーションの小瓶を取り出す。昨日、クラールがポーションを作成中に多くできた分をアスラに渡してくれたのだ。

痛みが出た時や、また怪我をすることがあれば使えばいいと。クラールのポーションは通常のものより回復力が高いと感じていた。実際アスラはこのポーションのおかげで死にかけていたところを救われている。


「クラール」


名前を呼ぶと小さく反応があった。

アスラはクラールの体を抱き起こしポーションを口に流し込む。折れた骨が治っているかはわからないが、見た目にわかる傷は塞がり出血も止まったようだ。

顔色が良くなったのを確認したアスラはほっと息を吐いて、クラールの顔にかかった髪を優しく払う。


(せっかく綺麗な髪だったのにな)


家にいた時も畑にいた時も街への道中もずっと長い髪がふわふわと揺れているのが目に入って綺麗だと思っていた。

短剣で切った髪はザンバラになってしまい、ポーションで髪も治ればいいのにと惜しい気持ちになる。

このままここにいても仕方ないので早く村に戻ろうと荷車に寝かせると、風がふわりとクラールの髪を揺らしていた。

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