3-5 ダメ出しの手紙
アカデミーの研究室は卒業生なら誰でも出入りができる。もちろん付属の高等部を卒業しただけでなくこのアカデミーで四年間を過ごした者に限られるが。
研究室の窓際にもたれかかっていたアスラは手紙を読んで苦笑した。手紙の差出人は、シュロン国のオーリ街でクラールがポーションを卸した店の店主である。
「またですか?」
そう声をかけたロイは以前クラールが取り出した魔力石を指先でつついている。ロイは休みのたびに研究室に入り浸りこの魔力石の解析をしていた。
元々ロイは騎士団ではなく研究職志望だったのだが、帝国騎士団から指名されて今の職についた。騎士団の回復魔法士になったロイは騎士団に必要な研究として帝国からたっぷり研究費を出してもらっているので、結果的にはただの研究者になるより良かったと思っているらしい。
「手紙の主曰く『今回もポーションの質が悪い』だそうだ」
「おかしいですねぇ?今回は帝国産の一級ポーションを卸したのでしょう?」
「前回の二級ポーションが酷評だったからな」
アスラは前回と手紙を思い出して苦笑したが、今手元にある手紙もなかなかである。
シュロン国から帝国に行くことになったクラールは街へ卸すポーションのことを心配していた。内乱が起きている隣国から来た難民が馬車を襲ったり盗賊紛いのことをしているので、その対策によりポーションの需要が高まっていた。
クラールが帝国へ行く前に心配を無くしてやりたいと思ったアスラは、帝国のポーションを格安で卸すことを約束したのだ。帝国産の物を取り扱える店は限られているので、そもそも普通の店なら仕入れることすら叶わないがそこはアスラが口利きすることで問題はなかった。
一度店に足を運んだ際に扱われているポーション等の金額を見ていたアスラは帝国産の三級ポーション相当だと思い手配した。しかしその後届いた手紙にはダメ出しがびっしりと書かれていたのだった。
「一級ポーションでもダメということは、クラールが作った物に拘っているのだろうか?」
「どうでしょうねぇ」
アスラから手紙を渡されたロイはダメ出しに目を通して、顎に手を当てて考えを巡らせているようだ。
「以前、殿下はクラールのポーションを飲んだと言っていましたよね。効果はどうだったのです?」
「クラールのポーションはよく効いたと思っていたが、今思えばあの時には既に毒を取り出してもらった後だったからポーションの効果なのか魔法の効果だったのかわからないな」
「そうですか。あの家の畑で作られていた薬草は一般的な物でしたし、もしかしたら特殊な作り方をしていたのかもしれませんね」
「作り方……そういえば、クラールはポーションを作る時に魔力石を使っていたな」
「…………え?」
ダメ出しの多さに読むのを諦めて手紙をひらひらと弄んでいたロイはアスラの言葉に疑問を持つ。今なんと言いました?と。
「クラールはポーションを作る前に畑に行って籠いっぱいに魔力石を集めて使っていた」
「……そういうことですか」
ロイは机の上に手紙を投げ出して、あー…とだらしない声を漏らしている。アスラは理解できず、ロイにどういうことかと尋ねた。
「クラールが作っていたのは特級ポーションだったということですよ」
本来ポーションは採取した薬草を調合し加熱して魔力を加えることで完成する。その調合する薬草の品質によって一〜三級のポーションに分けられるが、さらに上位の物として特級ポーションが存在する。
特級ポーションとはごく稀に薬草自身が落とした魔力石から作るポーションのことだ。魔力石にはその薬草の効果だけがたっぷり詰まっているため特級ポーションの効果は他と比べて絶大である。しかし、薬草自身が魔力石を落とすことは本当に稀なので非常に高価で庶民が口にすることなどないに等しい。
特級ポーションは高位の貴族が飲むような代物だが、王宮では怪我をした時には回復魔法がかけられるのでそれを飲むことはほぼない。飲むのは回復魔法士が近くにいないような非常事態になる。結果、特級ポーションは作成後、非常用に保管されているだけである。
ちなみにアスラは王族だが騎士たちと同じように診療所で治療を受け、等級に関係なく出された物を飲んでいるため特級ポーションを飲んだことはない。
「クラールの魔法は人だけでなく植物にも効果があるのでしょうねぇ」
クラールの魔力を取り出す魔法が植物にも使えるとなると特級ポーションは作り放題だ。当然クラールの作ったポーションは重宝されていただろう。今まで卸した帝国産の通常の等級のポーションなど質が悪くて当然だろう。店主がダメ出しを手紙に綴るのも納得できた。
「クラールのポーションの作り方に疑問をもたなかった殿下は、今まで私が何度もポーションを作るのを見ていなかったのですか?」
「ロイは薬草からも魔力石からもポーションを作っていただろ」
「……そういえばそうですね」
帝国騎士団の回復魔法士であるロイはもちろんポーション作りもする。魔力石が入荷すれば特級ポーションを作ることもあったし薬草からも作る。ほとんどが薬草から作る通常のポーションだが、両方の作り方を見ていたアスラはクラールの作り方を普通のことだと思っていたのだ。
「この人ボンボンだからポーションが薬草から作られる常識を知らないんだ」などとブツブツ独り言を言いながら、ロイは机に転がしていた魔力石を籠に戻している。
(帝国に来る前にこの魔力石からもポーションが作れるとクラールが話していたが、その時に回復ポーションの作り方についても少し話していたっけ……)
アスラは今更それを思い出した。
ロイが魔力石を当然のように扱っていたのでクラールが話したことに違和感を持つことはなかったが、魔力石は普通ならそうそう触ることもないはずだ。
「……これはクラールを呼んで回復ポーション作りを見せてもらうべきだろうな」
「それが早いでしょうねぇ」
ポーション作りのためには魔力石が必要だから、クラールを連れて来る前に薬草畑に行く手配しておかなければならない。
アスラは高等部の校舎が見える窓の外を眺める。今まで何度もこの研究室を訪れていたが、この窓から高等部の校舎が見えることを気にしたことなどなかった。
(クラールは今頃どうしているだろうか……)
クラールを推薦した自分が見学に付き添うのは当然だろうと思ったが、アスラの想像以上にあの日は目立ってしまったことを思い出す。
アカデミーに進学した時も高等部にはそうそう顔を出す機会はなかったし、卒業してから期間も空いていたので高等部での女子生徒の反応など忘れてしまっていた。そもそも周囲の視線などアスラにとっては日常だったし、学生時代は気にも留めていなかった。
しかし周囲の生徒たちの騒めきにクラールは青い顔をして小さな体をより小さくしていた。配慮が足りなかったとその時になって気が付いた。
クラールが編入してから数日が経つ。窓の外に見える校舎を眺め彼女への思いを巡らせた。
アスラが今更思い出している、クラールが回復ポーションの話をしていたのは第一章 1-6です。




