3-3 誰?何?兄?
翌朝登校したクラールは教室の扉の前にいた人物に目を疑った。
(ノヴァさん?なんでここに……)
第五騎士団団長のノヴァ・コールだった。
クラールは挨拶をしようとして足を止めた。
(私がノヴァさんに挨拶するのって変に思われるのかな?たぶん、騎士団の施設にいたことはここに人たちには知られてないし……)
また昨日のアスラとの噂のように変に思われるだろうか思うと挨拶するべきなのか、知らないふりをするべきかどう振る舞うのが正解なのかわからない。
周囲の生徒達は彼らを近寄りがたそうに見ているが、一部の女子生徒は黄色い声をあげていた。
「コール様がどうしてここに?」
「普段こちらにはいらっしゃらないのに……」
「珍しいわよね」
遠巻きに見ている生徒がそう話しているのを聞いたクラールは、自分がこれから行うべき行動とそれによる周囲の反応を何種類かを思い浮かべて会釈だけして通り過ぎようと決め歩き出した。
しかし、クラールが会釈をするより前にノヴァの隣にいたもう一人の男がクラールに気づき、あっと声を上げた。
「クラール様!」
「ひゃぃっ」
突然知らない男に呼び止められて戸惑ったクラールの返事は間抜けなものだった。名前を呼ばれたのでもしかしてこの人も騎士団の人だろうかと思ったがその顔には心当たりがない。じっとクラールを見つめたその男は突然片膝をついた。
「……先日は兄をお救いくださりありがとうございました」
男はそう言いながらクラールの手を取り自分の額に当てた。自分の目の前で起こったその状況にクラールは驚きのあまり声が出なかった。
(……いやいやいや何!?誰!?兄!?)
驚きすぎて声にならず、ただただ頭の中で疑問だけが浮かび続けている。
クラールが救ったということは騎士の誰かだろう。帝国に来てクラールは騎士団の治療しか行っていないのでおそらくその中の誰かの弟なのだろうが、それよりこんな目立つところで突然跪かないで欲しい。
目の前で跪いて頭を下げている男が誰かよりも、とにかくこのままここで目立つのは避けたい。
「どうしてモイセス様がっ!?」
「お二人はあの編入生と知り合いなの?」
「彼女アスラ殿下の推薦で編入したっていう?」
すでに周囲にいた生徒がざわつき始め女子生徒は悲鳴ような声をあげているので手遅れのような気もするが、いつまでもここにいたらどんどん生徒が登校してくるので大勢に見られることになるだろう。
固まっていたクラールはハッとしてまずは頭を上げてもらおうと口を開いた。
「あのーー」
「クラール?」
ライリーの声が聞こえた。ビクッと体を震わせたクラールはライリーの方を振り返る。ライリーと一緒に登校したが教室に行く前にお手洗いに寄りたいと言ったのでクラールだけ先に教室に向かったのだ。
女子生徒の黄色い声や周囲の生徒のざわつきに他の教室から顔を覗かせる者もいる。ライリーとノヴァと跪いている男の誰を見たら良いのかわからない。ドキドキと早鐘を打つ心臓の音がまるで耳元で鳴っているようだ。
(どうしよう……)
ビビに帝国の常識をいくつか教えてもらったが、これについては教えられていない。
膝をついている人が相手の手を額に当てるこの行為が何かわからないので、クラールにはどう振る舞うべきなのか全く見当もつかない。
とにかく謝ってこの場から走って立ち去るべきかと思った時、空いている方の手を突然ノヴァに掴まれた。
「来い」
「えっ……あ、ちょ」
「モイセスお前もだ」
少年のような見た目をしているノヴァの掴む力は意外と強い。まるでクラールが逃走しないようにしているかのようだ。
ノヴァは跪いていたモイセスにも短く声をかけ、クラールの手を掴んだまま足早にその場から離れた。
教室の前ではざわついた生徒達と、トイレから戻って来たばかりで状況が全く理解できていないライリーが残された。
周囲を見渡したライリーは、クラールが連れて行かれた方を呆然と見つめてポツリと呟いた。
「どうして……」
小さな呟きはすぐに周りの喧騒にかき消されていた。




