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帝国のイーテ  作者: 平瓜 東
第一章 シュロン国
2/21

1-2

三日後、ポーションを卸しにクラールとアスラはオーリ街に向かっていた。

アスラは家で休ませたかったのが本音なのだがついて行くと言って聞かなかった。体調を心配していたのだが、昨日も今日もクラールが朝起きるとすでに外で剣を振っていた。傷は塞がっているとはいえ数日前まで死にかけていた人なのに想像以上の回復力でピンピンしている。

それでも全回復したわけではないのか、アスラは剣を振って時々首を傾げていた。


今はポーションを積んだ荷車を軽々と引いているので心配する必要はなさそうだ。普段はクラールが息を切らしながら引いている荷車だが、今日はアスラがリハビリだと言って家からずっと引いている。

こんなことならお裾分けする野菜も持ってくればよかった。


「オーリ街で何か買いたい物はありますか?」

「俺は特にないがクラールは何か買うのか?」

「食材は買いたいですね」


街に行くのはポーションを卸すのが目的だが、食材も買って帰る予定だ。

アスラが目を覚ましてから食事が2人分必要なので食材の減りがはやかった。ケレス村で買える物は少ないので、街に出る時にある程度食材買い込んでおく必要がある。


「そういえば、アスラさんはいつまでうちにいますか?」


アスラが何日いるかで食材を買う量も変わるだろう。

人に料理を作るのは久しぶりで、昨晩のご飯なんかは思わず作りすぎてしまったぐらいだ。


「明日には発つ。いつまでも迷惑はかけられないからな」

「迷惑なんてそんなこと……色々手伝ってもらってますし」


目が覚めてからのアスラは家のことをとても手伝ってくれていた。怪我人なので大人しくしててもらおうとしても言うことを聞かず、畑の世話や薪割り、柵の修繕など積極的に手伝っていた。


「クラールのお陰で随分回復したからな。それに人を探しているんだ」


人を探すために森に入ったと言っていた。その前に襲われてしまったようだが。明日にはいなくなると思うと、クラールは少し寂しく思った。


「誰を探しているんですか?」

「俺たちに呪いをかけたやつだ」


アスラは呪いのせいで魔法が使えなくなっていると言っていた。呪いの魔法をかけた人物を見つけ出して呪いを解かせようとしているのだ。


「俺たちということはアスラさん以外にも呪いをかけられた人が?」

「ああ、俺の仲間も呪われて魔法が使えない」


呪いは闇魔法の一種でとても厄介な物なので、切り傷のようにポーションで治癒できない。

呪いを解くとなれば呪いをかけた本人の意思で解除するか、かけられた呪いよりももっと強い魔力を持つ者であれば解除できると聞く。珍しい魔力であるため、そもそも呪いを持つ者を見つけること自体難しいだろう。

この数日間、クラールは自分の魔法についてアスラに明かすか迷っていた。話すことでケレス村の人たちのようにクラールに対して恐怖を感じてしまうかもしれないと思うと話せないでいた。


「クラール?大丈夫か?」

「……大丈夫です。それよりもアスラさん荷車引いてるのに速いですね」


普段はオーリ街までは荷車を引いて1時間半ほどかかるのだが、アスラの歩く速さはクラールが歩いてついていくだけでも息が上がるほど速い。

このままいけばおそらく普段の半分の時間で着くだろう。


「そうか?」


アスラは余裕そうな顔をしているが、息が上がっているクラールを見て荷車を止める。

荷車の荷物を少し寄せて隙間を作ったかと思うとクラールに近づき手を伸ばす。


「え、わっ、なにしてーー」


アスラはクラールを軽々と持ち上げ荷車に座らせた。

想定外の行動にあたふたしてしまう。


「そんなに速く歩いていると思わなかった。クラールはそこに座っていればいい」

「私が荷車に乗ったら重いですよ」

「軽すぎるくらいだ」


荒い呼吸をしながら歩いていたクラールを気にかけてくれたのだろう。正直歩いてついていくには速すぎて小走りになっていたのでありがたく荷車の端で揺られることにした。

クラールの魔法のことは明日アスラが発つ前にでも話してみようと思った。


(直前に話せば、アスラさんが不快に思っても大丈夫よね……)





「こんにちは。ご注文いただいたポーションを持ってきました」


クラール達はオーリ街についてすぐポーションを卸す店に入った。


「やぁ、クラール!待っていたよ!」


店から顔を出したのは顔馴染みの店主である。

老齢の女性だが明るく仕事熱心で店が繁盛しているのもわかる。しかし今日は店内に誰もいなかった。


「お客さんがいないなんて珍しいですね」

「肝心のポーションの在庫がないからね。クラールが今日届けてくれて良かったよ」

「五百本も注文されるなんて、余らないか心配していましたけど……」

「きっと一週間も持たないよ。足りないくらいさ。売り切れているのに朝から何度もお客が来ていたよ」


店主がやれやれと首を振っている。せっかくの客を在庫不足で逃してしまったのは店にとっては勿体無い。

それでも朝から何度も同じ対応をするのは疲れるのだろう。



「ーークラール、ポーションはどこに置いたらいい?」


アスラが荷車からポーションを降ろしている間に店主に挨拶を済ますつもりだったが想像よりも早かったようだ。

一箱にポーションが五十本入っているのだが、それを十箱持ち上げているアスラが入り口に立っていた。


「アスラさん!私も手伝うから少しずつでいいって言ったのに!」


とんでもない馬鹿力である。体を見れば鍛えているのはわかるが十箱持ち上げるのはいくらなんでも腰に悪そうだ。心配するクラールをよそに、アスラは平然とポーションを運び込んだ。片手でも問題ない余裕さである。



「おや、クラールが男と来るなんてねえ。ついに良い相手ができたのかい?」

「違いますよ!何言ってるんですか!アスラさん、ポーションはこっちに置いてください」


店主はクラールが店に来る度に「結婚はしないのか」「恋人はいないのか」と聞いていたので、ついに相手を見つけて連れてきたのだと思ったらしく違うと否定されてガックリと肩を落としている。

クラールは赤面して慌てていたがアスラはポーションの箱で顔が隠れていたのでどんな反応をしていたのか見えない。

台の上にポーションの箱を並べているアスラを店主は品定めするように見ている。


「こりゃあ随分綺麗な男を捕まえたねえ」

「森でうっかり捕まってしまいました」

「ちょっ……え、アスラさん!?」


かなり語弊があるが、森で倒れてたのを連れて帰ったのは事実である。

どう説明しようかとどんどん顔を真っ赤にしているクラールを二人は面白そうに見ている。


「今まで浮いた話一つもなかったのにねえ」

「だからそういうのじゃないですって!」

「ああ、忘れる前に渡しておかないと。ほれ、ポーション代だよ。ちゃんと隠して持って帰りなよ。最近この街にもガラの悪いのが入ってきているからね」


必死で否定しているのに店主は話題を変えてきた。この老齢の女店主に掌で転がされているようで悔しい。

しかしこの街に入った時にいつもと空気が違うと感じたのは気になっていた。

隣国の難民がこの国に流れてきているとついこの前聞いたところなのに、街にも入ってきているということは難民の数はかなり増えているということだ。

隣国に近い端の村や街ほど難民は多いだろうが、人数が増えれば中心の街や他の村にも移動して行くことになる。


「ムロア国の状況はかなり悪いのでしょうか?」


ポーションの箱を並べ終わったアスラは真剣な顔をしている。


「そう聞いているよ。難民以外もいるらしいがね。この前から盗賊が出る話は聞いていたが、最近では荷物だけでなく女を奪っているみたいだよ。難民の女を連れ去っているのかと思っていたけど、どうもシュロン国の女の方が高値で取引されているみたいでね……」



元々この街は交易が盛んで人の出入りが激しいので、ムロア国に限らず近隣国の人間をよく見かける。

国によって見た目は多少違うのだが、全ての人間をどの国かすぐに見分けるのは難しい。その中でもシュロン国の人間は髪色でわかりやすいと言われる。その髪色が他国からしたら珍しい為、人身売買で高値がつくのだろう。



「護衛をつけてりゃ大丈夫だろうがね。用心するに越したことはないよ」

「そうですね……今日は早めに帰ります」

「それがいいね。さて私はこの後ポーションを棚に並べる暇もないだろうねえ」

「そんなにポーションの需要が高まっているなんて……」

「さっきから店の外に人が並んでいるからな」

「えっ!!」



アスラが指差した店の入り口を振り返ると、確かに店の外に列ができている。

ポーションを求めているということは皆怪我をしているのだろう。ポーションを乗せた荷車を引いてこの店に向かうのを見て並び始めたようだ。


「それじゃあ私たちはこれで……」

「また次も頼むよ」


店主に挨拶をして店を出た後食材の買い物に向かった。





食材を購入し暗くなる前に街を出た。帰り道もクラールはまた荷車に乗せられている。

しばらく分の食材を買いだめしたので荷物と一緒に揺られていた。


「今日の晩御飯は豪華にしたいんですよ」

「何かあるのか?」

「だってアスラさん明日にはいなくなるんでしょう?栄養つけて旅立ってもらわないと」


晩御飯の献立を口にしているクラールに、アスラは楽しみだと笑う。

目を覚ましてからすぐの時は消化に良い食事を出していたが、今はなんでも食べてくれる。

ずっと自分で作ったものを一人で食べていたクラールには食べてくれる人がいるのはとても嬉しかった。


「アスラさんの故郷はどんな食事をされますか?」

「故郷の食事か……海鮮が多いな」

「お魚ですか?」

「ああ、あとは貝やカニとかもよく食べていたな」


ケレス村は山に囲まれているので、海まではかなり遠く海産物は貴重な品だ。たまにオーリ街で購入するが新鮮な物は極めて少ない。

きっとアスラは海に近いところに住んでいたのだろう。


「海鮮料理羨ましいです」

「俺はクラールの作る食事のほうが好きだけどな。いくらでも食べられる」


体格の良い男性に食事を作ったことなどないので、食事の量がわからず毎回多めに作っていたのだが全て平らげてくれていた。


「ありがとうございます、そう言ってもらえて嬉しいです」


褒めてもらえるのは素直に嬉しい。今夜の晩御飯も張り切って作ろうと心に決めた。

そんな話をしているうちに街道の分岐地点まで来ていた。



「ケレス村はこの道だったな?」

「ええ、いつもならここは人がたくさんいるのに……全然人がいないみたいですけど……」

「盗賊や人攫いが出ているなら仕方ないだろうな。皆、外出を控えているのか」



そこはケレス村へ繋がる道だけでなく、他の村や街に向かう道もあるため普段は人通りの多い道である。

盗賊が出ると聞いて他の道を通っているのかもしれない。ケレス村は小さな村なので向かう道は一つしかないのでここを通る他ない。ここから村まではまだしばらくかかるが、アスラのスピードならそこまで道のりは長く感じないはずだ。



ふと後ろを振り返る。クラールは街を出た時から胸騒ぎがしていた。話をしながらもアスラがずっと周囲を警戒しているからかもしれない。何かが起こる前から気を揉んでいても仕方ないと思った時、ふと頭上で風が吹いた気がした。見上げてみると、鮮やかな色をした鳥が荷車の上を旋回している。


「わぁ……アスラさん見てください。綺麗な鳥ですよ」


アスラにも教えようと頭上を指さした時、鳥はピィィィと高い鳴き声をあげた。初めて聞いたその鳥の鳴き声は見た目の印象よりもかなら高い声で、きっと遠くまで聞こえるだろうと思った。

よく響いた鳴き声に少し驚いたクラールは、荷車が止まったことに気づくのに少し遅れてしまった。


「くそ……」


小さく呟いたアスラの右手は剣を握っている。

クラールはアスラが剣を握った理由がわからず何が起こったのかと見渡すと、武装した男たち十数名に囲まれている。


「……どうして……」

「クラール、なるべく遠くへ逃げろ」

「アスラさんは?」

「俺はここを片付けてから行く」



でも、と続けようとしてアスラの瞳が早く行けと訴えていると感じて口を閉ざした。自分がここにいても足手纏いになることは明白で、アスラの負担が増えるだけだろう。クラールは唇を噛んで、小さく頷き荷車を降りて走り出した。

後ろで剣が交わる音がする。盗賊なのか、人攫いなのかわからないが、あれだけの人数相手ではどう考えてもアスラは不利だろう。きっと無傷では済まない、そう思うと胸がざわついた。振り返って確認しようとした時、ぐにゃりと地面が揺いだ。


「……きゃっ!!」


思わず声をあげてその場に倒れてしまう。地面が波打っていて起き上がることができない。膝をついてなんとか体勢を立て直そうと力を込めた時、武装した男の1人に腕を掴まれ投げ飛ばされた。

体が近くの木に叩きつけられて背中に衝撃が走る。クラールは声も出せずに気を失ってしまった。



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