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帝国のイーテ  作者: 平瓜 東
第二章 アルトラ帝国
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2-12 魔法対決の優勝賞品

ーー魔法対決当日。


試合会場は闘技場だった。騎士団の施設からからそれほど離れていないがクラールはこの日初めて外に出た。アスラの思いつきで決まったような魔法対決だが、訓練所ではなく闘技場を使うことになったのは久しく開催されなかった魔法対決を陛下が見たいと言ったからだという。

参加できるのは各隊から三名で残りは応援として見学している。もちろん騎士団には仕事もあるのでこの場にいない者は泣く泣く警備など与えられた仕事をしているのだろう。


クラールは騎士達とは離れてロイの隣に座っていた。アスラや第一騎士団がいる席に座るのかと思ったが、クラール自身が第一騎士団を贔屓していると言われかねないらしく怪我人の対応に来ている回復魔法士の席に座らされることになったのだ。

アスラによって帝国に連れて来られたことは周囲に知られているので、すでに第一王子派のように思われているだろうがクラールは今回のこの対決において言わば賞品であるためこの席になったのだった。

今回の試合はトーナメント制である。勝敗を決めるのは単純で、相手の誰か一人に膝をつかせれば試合は終了となる。


現在行われている第一試合は第三騎士団と第五騎士団である。観戦しているクラールの気は重く、大きなため息をついた。


「そんなに心配しなくても大丈夫だと思いますけどねぇ」

「ロイさん……」


ロイはクラールの気が重い理由をわかっているのだろう。

ことの発端は現在試合中の第五騎士団だった。

第五騎士団は先日の重症者の治療をしているのでこの対決に参加する必要はないのだが、もし第五騎士団が優勝した場合の賞品として「次の遠征へのクラールの同行」を希望し参加を申し出た。

戦闘向きではないクラールを連れて行ったところで足手纏いは確実なので、なんの冗談かと思っていたらそれを陛下が承諾したというので驚きである。

もちろんクラールは何かを言える立場ではない。

さらに想定外だったのは、それがたった数日でどう伝わってしまったのか、『クラールが優勝した騎士団の専属回復魔法士になるのでは?』という噂が出てしまったことだ。

本来の試合の趣旨である治療の順番決めはどうなるのかという問題があるので専属になることはないのだが、既にどこの騎士団がクラールを専属として手に入れるのかでかなり盛り上がっているという。

この魔法対決を陛下も観戦すると言い始めたことにより、臣下たちや他貴族も観戦に来ていてどこが勝つかの賭けも行われているらしい。

治療の順番を決めるための魔法対決のはずがとんでもない方向に話が飛躍してしまっているのだった。


「……私本当に遠征に同行するのでしょうか?」


隣にいるロイにそう溢すと、どうですかねぇと顎に手を当てた。ロイも遠征や戦闘について行くことはあるというが、回復魔法士は後方支援なので危険は少ないらしい。


「たとえ同行することになっても第五騎士団ならノヴァ団長の防御魔法がありますし一番安全かもしれませんけどねぇ」

「防御魔法って万能なんですか?」

「……弱点はありますよ」


ロイは試合中のノヴァが第三騎士団相手に鉄壁の防御をしているのを指差している。

防御魔法といっても全てを防げるわけではなく視覚で捉えられる物理攻撃にはかなり強いが、視覚として捉えられない攻撃には弱いのだという。

中級以上の魔獣はとても狡猾なので最初に相手に状態異常を起こさせ弱ったところを狙う。状態異常を起こす魔力は不意打ちで放たれるので気づいた時には倒れてしまっていることが多い。

第五騎士団は前回の討伐の最中に、魔獣が魔力をとても小さな光の粒にして飛ばしたらしくノヴァの視界に入らず反応が遅れてしまった。結果騎士達が石化を受けてしまい陣形が崩れ、多くの怪我人を出す事態になったという。討伐に同行した回復魔法士では手に負えず怪我人を優先しその場は撤退したのだが、近くまた同じ場所へ討伐に赴く必要があるのだとロイに説明された。


「次の石化の魔獣討伐に第五騎士団はクラールを連れて行きたいのでしょうね」


回復魔法では傷を治せても状態異常は治すことはできない。もう一度同じ魔獣を相手にするならクラールを連れていけば、石化を受けたとしてもその場で治療ができるというわけだ。


「治療する前に私が死にそうです……」


後方支援といえど、その魔獣がいる場所まではいかなければならないだろう。自分の身も守れる自信がない。もし遠征などに連れて行かれたらその場で即死するに決まっているのでずっと気が重かったわけだ。


「そういえばクラールは自分自身が状態異常を起こした場合はどうするのです?」

「私自身が状態異常を受けることはないと思います。全部を試したわけではないですけど……毒とか麻痺とかは全く効かないですね」

「試した?」

「はい、毒草で試しました。摂取しても特に何も起こらないので効かないのだと思います」

「なるほど……」


クラールがそう言うと、ロイが考え込むようにしていた。何かまずいことを話してしまっただろうかと不安になっていると大きな歓声が響く。

どうやら第三騎士団と第五騎士団の決着が着いたようだ。


「勝ったのは第三騎士団ですね。ほら、心配しなくても大丈夫だったでしょう?」


第三騎士団の団長ロッシュが手を挙げて歓声を浴びている。トーナメントは一発勝負なので、負けたらもう試合はない。クラールが第五騎士団の次の遠征に付き添う必要は無くなったのでほっと胸を撫で下ろした。ロイが大丈夫とクラールに言った理由はまるで試合の結果がわかっていたようだった。


「ロイさんは、どっちが勝つかわかってたのですか?」

「この試合の結果は分かりませんでしたけど、第五騎士団が優勝することはないと思っていましたよ」

「どうしてですか?」


回復魔法士は騎士団全体の治療にあたるので中立の立場で見ているはずだが、まるでロイの中で優勝は決まっているような口ぶりである。クラールの質問にはニィっと口角を上げて笑うだけで理由は教えてくれなかった。

クラールはなぜかわからないまま、ロッシュたち第三騎士団が深く礼をしたのを見つめた。


「ちなみに今ロッシュ団長が頭を下げた先にいるのが陛下ですよ」

「えっ!!!!」


ロイに言われて視線を移すと、闘技場内全体がよく見える席に座っている男性がいた。

遠目にしか見えないが、明らかに身なりの良い服装をしているので陛下と言われて一目でこの人だと確信する。しかしそこに座っているのはイメージしていたアルトラ帝国国王とは少し違った男性だった。


(思ってたよりぽやんとしたおじさんだ……)


「クラール今失礼なことを考えているでしょう?」

「い、いえそんなことは決して……」


クラールはロイに考えを見透かされて視線を泳がせた。周辺諸国を属国として従え、広大な海を管理し、優秀な人材を集め、産業を盛んにし莫大な利益を生み出し続ける帝国の国王だ。きっと冷酷で無慈悲で非情なのだろうと思っていた。

それがまさか、隣に控える側近のヴァイセンに何やら楽しそうに話しかけているあのぽやんとした中年男性がそうだとは思わなかった。


「ではどう思いましたか?」


まさかそのまま口に出すわけにもいかず、クラールはぽやんとした国王に相応しい言葉を探す。

人当たりの良さそうというか、人が良さそうである。


「えっと…………優しそうですね……」

「そうですか」


(なんで聞いたの?)


クラールの回答が面白くなかったのかロイは興味を無くしたようだ。

先ほどの試合で勝った第三騎士団は第四騎士団と対決だが、その前に第一騎士団と第二騎士団の試合が控えている。先ほどの試合では特に大きな怪我人は出なかったようでロイが呼ばれることはなかった。

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