2-10 第一騎士団の魔法訓練
第五騎士団の治療を終えたクラールは第一騎士団の訓練室にいた。昨日アスラが第一騎士団の魔法訓練に参加すると言っていたアレである。
アスラもヴェルメも呪いで魔力を封じられていたのでリハビリのような物だろうかと思っていたのだが、第一騎士団の訓練室の中には先程からアスラの風魔法と、ヴェルメの火魔法で熱風が吹き荒れていた。
(全然リハビリなんかじゃない……)
離れたところで見学しているクラールでも熱い強風を感じるので近くにいる騎士たちは灼熱の暴風に耐えているのだろう。騎士たちの髪や服が風に煽られて、息をするのも大変そうだ。
過酷な環境での戦闘を想定した訓練だというが、灼熱の暴風の中で今も剣を交えているのはアスラとヴェルメを除けば3組ほどしかいない。その他の周囲にいる者は立っていられずしゃがんで耐えている者か耐えきれずに吹き飛ばされている者がほとんどだ。
アスラとヴェルメの剣の実力は互角らしい。
「すごい……」
二人の剣がぶつかり合うと大きな金属音が訓練室に響く。あの勢いで斬り付けられれば、間違いなく怪我をする。繰り出される斬撃には迷いがない。クラールは見ているだけでハラハラした。
「あの二人は化け物だからな」
そう言いながらこちらに歩いて来たのは昨日麻痺と眠りの治療をした重症患者の一人のカリスである。
暴風の中離脱することなく対戦していた数少ない騎士だが、勝敗がついたため抜け出したようだ。
ほとんどが勝敗がつく前に吹き飛ばされているか、二人ともしゃがんでいて勝負にすらなっていないのでカリスはかなり実力のある優秀な騎士であることがわかる。
「昨日はありがとうな」
「いえ、無事に退院されたようで良かったです」
治療した第一騎士団の患者達は元気すぎて皆追い出されるように退院になったとヴェルメが話していたのを思い出す。あの暴風の中で耐えて対戦にも勝ったのだからカリスの体の具合は良いのだろう。
「飛ばされてしまった方々は大丈夫でしょうか?」
「吹き飛ばされるぐらいよくあるからな。皆受け身とってるよ」
魔獣が放つ暴風だったり、魔法同士のぶつかり合いで吹き飛ばされることもあるので受け身を取るのが体に染み付いているという。今も暴風によって飛ばされている騎士達はあちこちで倒れているが立ち上がるのも早いので怪我はしていないようだ。
クラールはアスラが飛ばされて怪我しないのかとハラハラしているとカリスが「それより」と口にした。
カリスは剣を交えているアスラとヴェルメの方を見て、もう暴風の中に騎士が残っていないことを確かめた。
「そろそろヴェルメ団長が脳筋技を使う頃だからここを離れよう」
「のうきんわざってーーーっっ!!?」
カリスの言葉が何かわからず繰り返した途端、突然手を引かれて驚く暇もないまま引き摺られるように走らされる。
その直後、渦巻く熱風の中から「業火」というヴェルメの声と共に大きな炎が上がっていた。
間一髪で訓練室から飛び出したクラールは突然の全力疾走に息切れしていた。
カリスに手を引かれていて自分の限界以上の速さで走らされていたので、足はほぼ浮いていたような気がする。訓練室の外には同じように飛び出した騎士たちが数名いて、部屋から出る時に彼らが先に扉を開けてくれていたので転がり出るように脱出することができたのだった。
「今のは死人が出るのでは!?」
「あー大丈夫大丈夫。団長、絶対やるって思ったから」
カリスがいなかったらクラールは確実に逃げ遅れていただろう。ヴェルメの行動を予測していたのでクラールを連れて走る余裕があったのだと言うがあまりにも心臓に悪い。
床にへたり込んでいると「立てるか?」と手を貸してくれたので、お礼を言ってその手をとった。他の騎士は扉の外から中の様子を確かめようと耳をそば立てているようだ。
アスラやヴェルメ、ここにいない騎士達があの魔法に巻き込まれていないかをクラールは心配していたが、ヴェルメの魔法に対して相性が悪く防御できない者や出口に近かった者たちはこうして脱出し、中に残った騎士達は魔法で防御をしているのだという。
一瞬の間によく周りを観察し、正確な判断をするのも騎士としては必要不可欠なことなのだとカリスが教えてくれた。
「全くうちの団長は本当にやべーな!」
「いやー久々に見たよな!団長の業火」
「仕方ねえよ五年ぶりだろ?」
「それにしても気合い入れすぎだって」
そう口々に話す騎士たちは呆れつつも並外れた魔法の炎に怯える様子もなく、むしろ楽しそうに笑っている。
「一瞬死ぬかと思ったけど、団長の魔力戻って良かったよな!」
「やっぱりすげぇわ」
「魔力封じられてても強かったけど、魔力が戻った団長は無敵だな」
「次の討伐も心強いよな!」
(そっか……ヴェルメさんの魔力が戻ったことが嬉しいんだ)
騎士たちは呪いで魔力を封じられていたヴェルメを心から心配し気遣っていたのだろう。五年ぶりのヴェルメの魔法は彼らがこんなに笑顔になる程待ち侘びていた物だったのだ。
クラールはやはりヴェルメは部下達にとても慕われている団長なのだと思い、騎士たちの言葉に笑顔をこぼした。
少しして、中に残っていた騎士が「もういいぞ」と開けるように指示している。先ほどから中の様子を確認するのに耳をそば立てていた騎士はこの合図を待っていたようである。あまりに慣れた様子にこういうこともよくあるのだろうと察した。
「中のやつらは大丈夫か?」
「大丈夫だったけど流石に業火はやり過ぎだよな。殿下が直前で風向き変えてなかったらよくて丸焦げ、最悪消し炭だったよ」
「殿下に命救われたな」
「団長は殿下に怒られたか?」
「さっきぶっ飛ばされてたよ」
一応中にいた者の心配をしていたらしいが物騒な言葉を交わしながら皆ゾロゾロと訓練室に入って行った。本当にカリスが来てくれなかったら死んで何も残らなかったのかもしれないと思うと鳥肌が立った。
訓練だと言っていたが魔力を使った戦闘は命がけだ。
クラールの魔法は戦闘向きではないし、村にいた時も戦闘に使えるほどの大きな魔力を持っている者は周囲にはいなかった。大半の人間が持つ魔力は日常生活を少し便利にする程度なのだが、ここにいる騎士たちにとってはこれが日常的で当たり前の魔力らしい。
改めてすごい場所にいることを実感していると、扉からアスラが出て来た。
「クラール怪我はないか?」
「はい、カリスさんのおかげで無事でした」
「そうか、悪いな。攻撃の軌道は変えたんだが、熱かっただろう?」
「いえ……大丈夫ですよ。アスラさんこそ怪我はしていませんか?」
アスラの方があの大きな炎のかなり近くに立っていたはずだが、大きな怪我をしている様子はなさそうだ。
「ああ、俺は大丈夫だ。体の周りにずっと風が吹いているから火の影響はほとんどない」
魔力を使って風を体に纏い、熱を寄せ付けないようにしていたらしい。そう言ってひらひらと振っている手は赤みを帯びて少し爛れているように見える。
「これは……?」
「ああ、これは業火の軌道を変えた時に剣で払ったんだが、その時に手の周りの風が乱れて火傷したんだな」
「怪我してるじゃないですか!手貸してください!」
これぐらい数日で治ると言っているがアスラの手にクラールは自分の手を重ねる。火傷に直接触れると痛いだろうと思いその部分を避けた一番近い皮膚に触れて魔力を込めた。
これが切り傷ならどうすることもできなかったが、魔力による火傷なら熱を取り出せる。アスラの手に感じていた火の魔力が徐々になくなっていき、クラールの手の中に魔力石ができたので問題なく取り出せたようだった。
「痛みますか?」
「いや、大丈夫だ。クラールは火傷も治せるのか?」
「私にできるのは魔力を奪うことだけです。手に残っていた火の魔力による熱を取り出すことはできますが、爛れた皮膚はどうすることもできません……後でロイさんのところに行きましょう」
アスラの手から赤みは消えたが皮膚は爛れている。これは回復魔法で治してもらうしかない。またロイの仕事を増やしてしまうので皮肉を言われてしまうかもしれないが仕方ない。
「……やっぱりクラールの魔法はすごいな」
自分の手を見ているアスラの呟きは小さく、訓練室の中の様子を伺っていたクラールには聞こえなかった。
「なんですか?」
「いや、ありがとう」
「……次は、あまり無茶をしたらダメですよ」
そう忠告するとアスラはいい加減な返事をしたので、全然響いていないようだと頬を膨らませた。




