2-9 重症患者の治療
話し合いが終了しヴァイセンは陛下への報告があるらしく早々に去ってしまった。
クラールは、アスラとロイと第五騎士団の重症者の確認に行くことになった。診療所への移動中、中庭で訓練をしている騎士達の近くを通った。
それぞれの騎士団には与えられた訓練室があるらしいが、外での訓練をしたい場合は団長が使用の申請を出して中庭を使うという。
「今は第五騎士団の訓練中だな」
よく見たら団長のノヴァがいる。二人の騎士が魔力を込めた剣で模擬戦をしているのを見ているようだ。
まだ怪我人が出ないと良いが、騎士達からすれば多少の怪我ぐらい日常茶飯事らしい。
「そこまで!」
途中までは接戦だったが、一方の騎士がかなり押し始めて一気に決着が着きノヴァの静止する声が中庭に響いた。
「ノヴァ団長は良く見てますね」
「そうだな」
「どういうことですか?」
クラールには、負けた騎士が剣を避けようとして転倒し決着がついたようにしか見えなかった。
「今のはノヴァが最後の攻撃から騎士を守ったんだ」
「守った……?」
「ノヴァは光属性の防御魔法が使える。今の試合、魔力を込めた最後の一太刀に、負けた騎士は反応できていなかった。それをノヴァが防御魔法で剣と騎士の間に障壁を作って攻撃を防いでいた。それがなければ騎士は負けどころか死んでいただろう」
負けた騎士は剣を避けたわけではなく、剣が振り下ろされて本来なら斬られていたところを障壁に守られて尻餅を付いたようだ。本人には薄いガラス一枚越しに刃先を寸止めされたように見えているはずだという。
クラールには障壁は全く見えないほど薄い魔力の壁だが、その防御力は帝国一だという。
「訓練でも危険なんですね……」
「まああれは、第五騎士団の訓練の強みだな。ノヴァの防御魔法で死は防がれるから、相手を殺すつもりで本気の攻撃を出せる。でもあいつは怪我ぐらいなら止めないから油断していると大怪我をする」
一歩間違えばトラウマになりそうな訓練だ。それでも戦場に出れば敵を殺す為に剣を振るのだ。躊躇しない為には必要なのかもしれない。
「どうせなら怪我も全部防いで欲しいですけどねぇ」
「……そんなことしたら訓練に甘えが出るだろ。ちゃんと痛い思いしとかないと戦場で使い物にならない」
近づいてきたノヴァがロイに反論している。騎士達は休憩時間らしい。
「ノヴァ団長は厳しいですねぇ……」
確かに厳しいがノヴァの言葉は間違っていないだろうし、回復魔法士としてのロイの意見も理解できるので難しいところだと思う。
そんなことを考えているとロイから顔を背けたノヴァと目が合った。
「先ほどは重症者の治療に関して、ご進言ありがとうございました」
しばらく見つめられた後、突然頭を下げられたので何事かと少し驚いた。応接室での他の団長達への態度からは想像できないほどとても丁寧な態度でお礼を言われて困惑する。
「あ、頭を上げてください。私は頭を下げていただくような立場ではありません……」
クラールは庶民だ。騎士団長どころか騎士に頭を下げられる立場ではないし、敬語を使われるのも気まずいことこの上ない。この光景を見ている他の騎士達も不思議に思うだろう。クラールがそんなことを言いながらおろおろとしているとノヴァは頭を上げて口元を緩めた。
「そうか、ありがとう」
ノヴァはクラールの意図を汲んでくれたようだった。
二人のやり取りをしばらく黙って見ていたアスラが口を開く。
「今からクラールを連れて、第五騎士団の重症者の治療に行く。訓練が終わったら彼らの病室に顔を出してやれ」
「ありがとうございます」
アスラの言葉にノヴァは深く頭を下げて訓練を再開するべく戻って行ったのでクラールたちも病室に向かうためにその場を離れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
診療所の病室の一つに第五騎士団の重症者が五名入院していた。
彼らが受けている状態異常は石化だとここに来るまでにロイから説明された。意識はあるが、石化した体の一部から徐々にその面積が増えてしまうという恐ろしい症状だ。
五名の患者はそれぞれ部分的に石化していて、一番重症の者は肩から首にかけて石化しているのでこのまま放置すれば顔や頭まで進行してしまうだろう。
クラールは石化を初めて見たが、これは麻痺のように回復魔法で体力を満タンにしていても全く改善されるものではないらしく進行を遅らせるのが限界らしい。回復魔法士たちは順番に魔法をかけ続けるしかできないのでお手上げだったという。
「もう三ヶ月ほどになります」
患者の一人が治療に来たクラールにそう言った。不便な体で三ヶ月過ごす間に、初めは肩に数センチほどだった石化が肩全体や首に広がり恐怖と絶望感でいっぱいだったという。
「昨夜ここにコール団長が来て、クラール様の話を聞きました。そして俺たちに『すぐに治療に来てもらえるようにする』と言ってくださったのです」
ノヴァは石化で絶望していた彼らにクラールを連れてくると約束したらしい。嘆願書を最初に陛下に提出したのはノヴァだったという。
それを知った他の騎士たちが、仲間の騎士も診てもらいたいと各団長に話したようだ。より早く治療を受けられるようにそれぞれが部下を思って嘆願書の提出をした為に主張がぶつかってしまった。直談判しに来たあの時のノヴァはとても歯がゆい思いをしていたのだろう。
「本当にこんなに早く来ていただけるなんて……」
患者はノヴァの言葉を信じて待っていたのだ。クラールは、患者の方に触れて魔力を手の平に込める。触れた手から遠い石化した部分の進行が巻き戻しされているように徐々に元の肌に戻っていく。少しずつクラールの手の中に魔力石が出来上がった。クラールからするといつもより時間がかかったような感覚だったが実際は一瞬であった。
「肩に違和感はありませんか?」
「こんな一瞬で……?」
驚いた顔の患者が自分の肩に触れてゆっくり起き上がった。首まで石化してから自分では起き上がれなかったという。肩を回して動くことを確認すると周りの患者たちから大きな歓声が上がった。
「本当に治ってる……!」
治療が済んだ患者は石化が解けた肩を抑えて何度も触って確かめて涙を流している。
クラールは初めて見る石化の魔力石をロイに渡す。アスラは廊下で待機なので今日はロイが籠持ちである。
その後順番に治療をして回り、最後の一人の時はすでに治療の終わった患者全員にじっくり見守られる中で石化を解いた。
患者たちは抱き合ったり肩を組んだりそれぞれの石化していた箇所を叩き合い、全員治ったことを実感しているようで三ヶ月ぶりに自由に動けることを喜んでいた。
「ありがとうございます……っ」
「お役に立てて良かったです」
涙を流してお礼を言う患者たちにクラールは微笑んだ。騎士たちはいつか全身が石化してしまう死の恐怖からようやく解放され笑顔を取り戻した。




