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帝国のイーテ  作者: 平瓜 東
第一章 シュロン国
1/23

1-1

クラールは母の言葉を思い出していた。


「あなたの力は必ず誰かの為になるはずだから誰かを助けるために使ってほしいの。それがいつかあなた自身の為にもなるから」


母がそう繰り返し言っていたからクラールはその言葉を信じていたし、いつか誰かの救いになるように自分の力を使いたいと思っていた。





「あの……大丈夫ですか?」


街に出かけていたクラールは帰るついでに薬草を取っていこうと森に入ったところ、倒れている男を見つけて声をかけた。

返事がないので、もしかしたら死んでいるのかと思ったが息はしているようだった。

うつ伏せで倒れ込んでいた男を仰向けにすると、小さくうめき声を上げたので服の胸元を緩めてやる。

男の服は泥や血で汚れているが国の騎士のような身なりをしている。

胸元を開けると、首から肩にかけての皮膚がどす黒くなっていることに気づいた。


「毒を受けたのね……」


肩の傷は大きくはなかったが、毒を受けていれば小さな傷でも重症になることもある。

クラールは周りを見渡して誰もいないことを確認し、男のどす黒くなった肩に手を当てそっと目を瞑る。

男の肩から黒い光が煙のように出てくるとクラールの掌に集まり始め、次第に歪な形の石となって落ちた。

その歪な形の石は禍々しい色をしていたので躊躇いがちに拾ってスカートのポケットに入れる。そしてバッグから回復ポーションを取り出して、男の口に流し込むとなんとか飲み込んだのでほっと胸を撫で下ろした。




男が倒れていたのはクラールの家からそう遠くない森で、仕方なく家まで運ぶことにしたのだが男の体はクラールよりも身長はかなり高く、がっしりとしていたので引き摺って運ぶことはできなかった。

街へ届けるポーションを載せるために家から持ってきていた荷車に押したり引っ張ったりしながら無理矢理男を乗せる。

地面に落ちている男の持ち物であろう剣も持ちあげようとしたのだが、見た目よりも何倍も重かった。

これだけで本当に死にそうなぐらい疲れたのだが、男を乗せた重たい荷車を引いて行くのは気が重くなる。

クラールは大きく息を吐いて気合いを入れた。





家に着く頃にはクラールは息切れ寸前で汗だくになっていた。

ポーションを飲ませて少し落ち着いたようだが重症だったので深く眠っているようだ。男の服を脱がせ血や汗を拭いて手当てをしベッドに寝かせる。

毒は取り出しているしポーションも飲ませているのであとは体力が回復すれば目覚めるだろう。


(服は血まみれだしとりあえず洗ってもいいかな……)


勝手に洗ってしまうのもどうだろうかと一瞬考えたが、どうせ脱がしてしまったし血がついていたので洗濯することにした。








男を家に連れ帰ってから三日が経った。男の治療のほとんどは初日に終わっていたが、出血が酷かったせいか毒を受けた影響なのかまだ眠っていた。クラールにできることはもうないのでただただ様子を見ることしかできないでいた。

三日の間に男の服は洗濯が終わり、切れた部分を縫い合わせている。

かなり上等な素材の服で国の騎士だと思ったがこの国の紋章ではない。他国の紋章だろうか。


(どこの国の人だろう)


この国の顔立ちではないように見える。森で倒れていた時は顔も血と土で汚れていてそれどころではなかったが、家に運んでから拭ってやると整った顔をしていることに気付いた。

男の黒髪が瞼にかかっているのが気になって触れようとした時、突然手首を掴まれる。


「っ!!」


寝ていると思っていた男が突然動いたことに驚き咄嗟に手を振り解こうとしたが、逆に男の手はクラールを引き寄せる。

バランスを崩したクラールが男を押し倒すように覆い被さったので息が掛かるほど近くに男の顔があった。


「……びっくりした……あの、手を」

「誰だ?」


離してくれと続けようとしたのに、男の低い声にかき消されてしまう。鋭く睨みつけられて、クラールは小さく震える。


「クラール……です」


誰と聞かれたので思わず名乗ってみたが、名乗ったところでお互い知らないのだから意味はない。男は混乱しているのだろう。


「ここは?」

「ケレス村です。あなたが近くの森で倒れていて……手当てをするのにここに連れてきました」


説明をしようと冷静になるほど男が醸し出す緊迫した空気に息が詰まりそうになる。


「私は手当てをしただけです。それだけ力を込められるなら腕の具合は良くなっていますか?」


男は自分の腕を見つめて数秒沈黙した後、掴んでいた手を離したのでクラールはベッドから離れる。

男は体を起こそうとしてうまくいかなかったのかフラフラとベッドに倒れ、困惑したように家の中を見渡した。


「急に起き上がろうとするからですよ。毒と出血で体力を消耗していたのでしょう。三日間眠っていたんですよ」

「三日……」


説明を理解しているのかいないのか、男はまだぼんやりとしている。知らない場所で目を覚まして3日間も眠っていだと言われれば誰だって困惑するだろう。


「あなたの名前は?」


答えないだろうと思いながらも尋ねてみたが、数秒黙った後意外にも男は「アスラ」と呟いた。


「アスラさんね。とりあえず食事をしませんか?」


ようやく目が覚めたのだから食事をとって体力を回復してもらおう。近くに置いていた髪紐で長い髪を纏めたクラールは台所へ向かった。




クラールが食事の準備をしている間、アスラは一言も話さなかった。ベッドから見える窓の外をぼんやりと眺めているのかと思えば、腕を動かしてみたり、台所で動き回っているクラールを見て自分の置かれた状況を考えているようである。


食事ができる頃には体を起こしてベッドに座っていた。サイドテーブルに食事を置くが、なかなか手をつけなかったのでクラールはどうしたものかと考える。


「毒は入れてないですよ」


クラールがスープを一口掬って飲んでみせると、男は慎重にスープに口を付けた。

眠っていた三日間食事をとっていなかったので消化に良いスープをメインに用意したが、相当空腹だったのかアスラはパンにも手をつけた。具合はかなり良くなっているようだ。


「食べられるぐらい元気でよかったです」


この三日間看病をしていたが時々苦しそうに呻き声をあげるだけだったアスラが食事をできるまで回復していることにホッとして笑みが溢れる。

食事をとって少し落ち着いたのか、アスラが口を開いた。


「1人でここに住んでいるのか?」

「ええ。元々は両親と3人で暮らしていた家ですけど今は私しかいません」

「……そうか」

「はい。気を使わずにゆっくり休んでください」


元々3人で住んでいた家なので部屋も空いているし、アスラが元気になるまでいてもらえれば良いと思っていた。


「眠っている間に汗をかいたでしょう?食事が終わったら服も着替えた方がいいですね」


アスラが着ていた服は先程縫い終わったばかりで、代わりに父の服を着せていた。

せっかくの男前も父の服を着せてはかっこよさも半減してしまうだろうなと思ったが美形は服ぐらいではどうにもならないのだと感心した。


「私はこのあと畑の世話にいきますが、食事が終わったらゆっくり寝ててくださいね」

「そこの畑か?」

アスラはさっき見ていた窓の外にある畑を指さして聞いたのでクラールは頷いて準備をした。





クラールの家の外には小さな畑があり、野菜や薬草を育てている。

アスラの看病をしていたので、今日はまだ畑の世話ができていなかった。クラールが薬草に手を触れていくと次々に魔力石が落ちていく。

それを拾って籠に入れていると、家の窓が開いてアスラが声をかけてくる。


「薬草も育てているのか?」

「ええ、アスラさんの治療にはこの畑と森の薬草から取れた魔力石を使いましたよ」

「そうか。治療をしてくれたんだったな、ありがとう」


起きた時は警戒していて険しい顔をしていたが、だいぶ顔色も良くなり表情も柔らかくなった気がする。



「傷はともかく毒を受けたのにたった数日で動けるようになるとは思わなかった。良い薬草なんだな」

「……そうですね。でもアスラさんの回復力もかなり高いと思いますよ」


毒の話に一瞬ドキッとしたが、毒を取り出したことには気づいていないようだった。アスラの回復力が高かったのは事実である。

たまたまクラールが通りかかって手当てをしたが、あのままなら出血が多く死んでいてもおかしくなかっただろう。


「アスラさんはどうしてあの森にいたんですか?」

「人を探していた」

「誰かと逸れたのですか?」


森の中はかなり険しい道もある。クラールも決まった道を歩き、決まった場所でしか薬草を採らないぐらいだ。森に不慣れな人間は迷うだろう。そんな森で人と逸れたとなれば探すのは難しい。しかしアスラはいや、と続けた。


「探していた人物があの森にいると聞いてきたんだ」

「あの森に住人はいないと思いますよ?」

「一時的に身を隠しているだけなのかもしれない」

「その人には会えなかったんですか?」

「ああ、森に入ってすぐに襲われた。魔力さえ使えればどうってことない人数だったんだが…」


アスラは自分の手を見つめて悔しそうに呟く。森で倒れていたアスラには、斬りつけられた傷や打撲があったのでかなりの人数とやり合ったのだろうと思っていた。周りには誰もいなかったところを見るとおそらく襲われて森の中を逃げていたが、毒が回り体力が尽きて倒れたところをクラールが見つけたのだろう。


「アスラさんの魔力って……」

「風だ」


この世界の人間は様々な魔力を持って生まれてくる。代表的な魔力である火・水・土・風などは使える者が多いが、力の差がかなりある。例えば火の魔力だと、指先にほんの小さな火を点す程度の魔法から目の前全てを焼き尽くせるほど大きな魔法を使える人間もいる。

魔力の種類は誰も全てを把握していないと言われるほどその実態は明らかになっていない。


(風で人を倒せるほどってことは、アスラさんは相当な力を持った人ってこと?)


アスラの魔力が言葉通りなら強力な風を使えるのかもしれない。大きな力を持つ人間はそんなに多くは存在しない。ケレス村にも風の魔力を持つ者はいるがせいぜい洗濯物を乾かす魔法として使われる程度である。


「今は呪われて使えないがな」

「呪い…」


クラールはアスラの治療をした時に、毒とは別に呪いを受けていることを感じていた。傷の治療をする為にポーションを使ったが、呪いはポーションでは治らない。通常の回復ポーションで物理的な傷は治せても、魔法の効果を消すことはできないからだ。


「そういえば毒はどうやって解毒したんだ?ここの薬草か?」

「あ……それは……」


アスラが受けていた毒は、魔法による毒だった。襲った者の中に毒の魔力を持つ者がいたのだろうが、魔法による毒は解毒専用のポーションがないと難しい。

クラールが毒は取り除いたがこれをどう話したものかと悩んでいると、後ろから子供の声が聞こえてきた。


「うわーー!イーテだ!」

「そいつと一緒にいないほうがいいぞ!」

「魔力奪われちゃうよ!」


クラールが振り向くと、村の子どもたち三人が、畑を囲った柵の向こうで声を上げていた。

【イーテ】とは人間の魔力を奪って殺してしまう空想上の魔獣である。この国の子供たちが悪さをした時などに『そんなことをしてはイーテに食べられてしまうぞ』と親は脅すのだ。


「魔力を奪われる?」


不思議そうに子供の言葉を繰り返すアスラはイーテを知らないのかもしれない。所詮は迷信であるため国によっては違う脅し文句が使われることもあるだろう。


「そいつやばいんだって!」

「早く逃げた方がいい!」

「魔力がなくなっちゃうよ!」


アスラは口々に話す子供たちと黙り込んでいるクラールを交互に見ている。

クラールはぎゅっと拳を握って子供たちに声をかけるか迷った。考えた末に一歩踏み出すと、子供たちは顔を引き攣らせ一目散に逃げ出したのでクラールはほっとした。


(イーテか……)


子供たちの言葉を頭の中で反芻する。イーテと言われたのはこれが初めてではない。村の子供たちがクラールをイーテと呼ぶということは、親が話しているのを聞いているのかもしれない。昔から何度もこういう扱いを受けてきたので慣れているはずのに、久々に言われた言葉に少し落ち込んだことを自覚して自嘲気味に笑う。


「クラール」


肩を叩かれて振り返ると、さっきまで家の中から外を見ていたはずのアスラが後ろに立っていた。


太陽の光がアスラの目にキラキラと入って瞳を見ていると、まるで時が止まったような気分になる。

10秒経ったのか、1分経ったのか、もっと長い時間だったかもしれない。その目に吸い込まれたように見つめていた。


(琥珀みたいな目をしてるのね……)


アスラがその目にかかった黒髪を鬱陶しそうにかき上げたとき、クラールはふと我に返ってアスラはいつの間に畑まで出ていたのだろうと上から下まで見る。


「アスラさん靴履いてない……」

「あ、いや、すまない。窓から出てしまった」


アスラの履いていた靴は泥だらけだったので洗ってまだ干している。裸足で外に出たのをクラールに指摘されてバツが悪そうに頭を掻く。


クラールは自分よりも大きな男が、靴も履かずに窓を飛び越えて畑に出てきたのがなんだか面白くて思わず吹き出してしまった。


「部屋に入る前に足を洗いましょう。あ、もうついでにお風呂に入ったほうがいいですね」

「なんか子どもみたいな扱いじゃないか?」

「子供でも裸足で窓を飛び越えたりしませんよ」


早くと急かしながら、アスラの背中を押して家の中に入った。





アスラが風呂に入っている間、クラールは台所でさっき畑で取った魔力石(フィン)の仕分けをしていた。

薬草から取れる魔力石は魔力を込めながら鍋で煮ると氷が溶けるように液体となり、それを瓶に詰めた物がポーションとして扱われている。

クラールは薬草から魔力石を取りポーションを作って街の店に卸している。

三日後にこのポーションを街に持っていくことになっているので、今のうちにたくさん作っておかなければならない。


「頼まれてるのは五百本か。今回はすごい量ね」


受注されたポーションの数が書かれた紙を恨めしそうに机に置きため息をついた。

先週卸しに街に行った時に、近くの街道に賊が出て怪我人が多いと店主が話していた。

近隣の国で内乱が絶えず難民が増えているらしい。食料不足の難民たちが徒党を組んで街道を走る荷馬車を襲い食料を奪っていく為、最近では荷馬車に護衛をつけている。

その護衛たちがポーションを欲しがって飛ぶように売れているそうだ。


「この量を作るのはなかなか大変なんだけど……」

「大変なら手伝おうか?」


後ろから声をかけられ振り向くと風呂から上がったアスラが立っていた。

濡れた髪を拭きながら近づいてくる。風呂上がりで上気した肌に雫が落ちている。


「着替えは用意していましたよね!?」

「下は履いているからいいだろ」

「よくありません!」


クラールは上半身裸のアスラを見て顔を赤らめて目を逸らし、台所に置いた魔力石の仕分けを続ける。

上半身ぐらいで……と呆れたように呟き、アスラは机に置いた注文書を見ている。


「回復ポーション五百本……クラールが作るのか?」

「ええ、うちは代々薬草とポーション作りの家系ですから」

「一人で作れる量なのか?」

「作るしかないですね……」


この注文をしてきた店には代々ポーションを卸しているので無理な注文はよくある。それでも五百本も一度に注文を受けたのは初めてだった。

これからポーション作りをすることを考えるとため息が出る。


「オーリ街の店か……。ムロア国の難民が流れているし、街道に出る賊のせいで怪我人が絶えないのだろうな」

「ええ、そうみたいです。アスラさん他国の人なのに詳しいですね」

「この国に入る前にムロア国も通ってきたからな」

「……アスラさんってどこから来たんですか?」


クラールはポーションを作るために薬草から採取した魔力石を次々と鍋に入れている。

鍋を火にかけると少しずつ魔力石が溶け出し鮮やかな赤い液体になっていく。


「俺はリース国から来た」

「リース国……遠いですよね?」

「ああ、ムロア国よりもさらに北に位置するのがリースだな」


クラールは地理に詳しくない。自身が住むこのシュロン国と隣接している国ぐらいしか知らないのでリース国がどのような国か全く知らなかった。


「リース国は寒いですか?」

「寒いな。シュロン国に来た時は暖かくて驚いた」

「雪は降りますか?」

「冬は毎日降る」


シュロン国では雪は降らない為クラールは見たことがなかった。本に書かれていて一度は見てみたいと思っていたのだ。いいなと呟いて、鍋に溶け出した液体を瓶に詰めていく。

アスラが手伝ってくれると言っていたので、冷めたらこの瓶の蓋を閉めてもらおう。


「髪が乾いたらこの瓶の蓋を閉めてもらいたいんですけど……」


振り返ってアスラに手伝いを頼もうと途中まで言ってアスラがまだ服を着ていないことに気づき、クラールは脱衣所に走ってそこに置いたあった服を掴んで勢いよく差し出す。


「早く服を着てください!風邪ひきますよ!」


クラールの行動にアスラは終始笑っていた。






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