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第九十九話 獣人

 彼の手のひらの中で沈むように眠る鍵。


 見る者を吸い込んでしまうような、艶のある光沢が目を引く。

 家自体が消失してしまった訳なので、結果的に家中の鍵穴を探すような真似はしなくても良くなったわけだけれど……。


 当然のことながら、鍵をどこで用いればいいのかの手がかりがなくなってしまった。


 そもそもこれは、実体のある秘された何かを探り出すためのアイテムなのだろうか? 先刻のように、いつかの光景を呼び起こすための触媒である可能性も……。


「……とりあえずこの鍵は俺が持っておくよ」

 彼は一度目を伏せて、鍵をコートのポケットに優しく忍ばせた。


「……というかなんで家がなくなってるんだ?」

「役目を終えたから……って感じもするけど」


 鍵のもとへと導かれたように感じるからだろうか。あの家は”鍵の存在する場所”以上の意味を持たないのではないかと思われる。


「家全体に魔法的な細工を仕込んであったのかなぁ……」

 そう呟きつつ、彼はその先の集落に目を向けた。


「ま、今は現在地を掴むのが先決かな。あっち、行ってみよう」

「うん」


 静寂を抱き締める木々の間を通り抜けると、集落に入るための関所が見えた。衛兵が門の両側に立ち、通行者の身分を確認している。


「……レティシア。一つ質問がある」

「なぁに?」


「俺たちは正式な方法で関所を通ることができるのか? 少なくとも俺は身分を証明できる物を一切持ってないんだけど……」

「……遠方に転移するなんて思わなかったから、私も何も準備できてないね……」


 二人して顔を見合わせる。彼と出逢って本当にごく短い時間しか経っていないけれど、何も言わずとも彼が言いたいことは分かった。


「「詰んでる……」」


 身分証明が必要な場所には立ち入れないとか、かなり人生ハードモード。策を練り直すにも、情報が少なすぎてどうしようもないなぁ……。


「――――何かお困りですか?」


 私たちに向けて差し出された言葉は、一目で上質な素材で作られていると分かる豪奢な馬車の中から放たれた。


 人相を隠すヴェールの向こう側で、端正な双眸が私たちを見つめている。


「あーいや……関所を通ろうとしていたんですけど、身分を証明できる物が何もないことに気づきまして」

 ユキヤが簡単にそうまとめると、馬車の上の少女は楚々とした仕草で口元に手を当てた。


「それは大変。どうぞ、馬車の中に乗ってください」

「……え? いや、それはまずいんじゃ……」


「大丈夫ですよ。それに――――」


 少女はこちらに向けて手を差し伸べ、美しい笑みを形作る。


「――――イリエスの王女様を放置することの方が大変ですから」


 ……私のことを知ってるの?

 一般の人に顔を見せることは殆どなかったし、私の容貌を知っている人はそれほど多くないはずだけど……。


「お久しぶりです、レティシア様」


 久しぶり……?


「ヴェルマージ王国第三王女――――マリア=ヴァルファリアと申します」


 ヴェールを持ち上げた彼女の頭部には、手招くように揺れる猫耳が覗いていた。

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