第九十七話 湖畔
どこに繋がる鍵なのか、何のために作られたものなのか――――現時点では一切分からない。
しかしその輝きには、物語を隠しているような艶があるように思えた。
秘密を隠し持った少女のような、ミステリアスな魅力を感じる。
「……可能性が一番高いのは、屋敷内のどこかで使えるってパターンだけど……捜索すべき範囲があまりにも広すぎるな」
鍵を摘まんで検分するように眺める彼は、そう独り言ちる。
「しかもこの建物内の鍵じゃない可能性まであるもんね……」
「正直、一部屋一部屋鍵を挿して回るのは避けた、い――――」
彼が言葉を止めたのは、鍵が仄かな光を纏い始めたからだった。
炎を連想させるような、揺らめく光が私たちを照らし出す。
それに呼応して、建物が溶けるように微小の粒へと分解されていく。館全体を包んでいた薄闇は晴れ渡り――――気がつけば眼前に湖が現れていた。
清浄極まる湖畔で、一人の少女と龍が向き合っている。少女は龍に手を伸ばし、その頭部に触れる。龍は目を細めて少女に寄り添う。
神話の一幕のような神秘的な光景だった。二者を照らす柔らかな陽光はどこまでも温かく、優雅に空間を彩っている。
少女の口元が微かに動く。その声を聞き取ることはできない。
龍が頭を持ち上げ、黄金の瞳を少女に向けた。その瞬間、莫大な魔力が周囲に渦巻く。龍の頭上には巨大な魔方陣が現出し、世界を変革せんと動き始める。
歌が聞こえた。今にも壊れそうなほど儚い声が、少女の喉から音楽を紡いでいる。触れてしまえば砕け散り、空に消えゆきそうな歌声だった。
そこには祈りがあった。森を揺らすほどの激しい祈りが込められていた。世界の過ちを突きつけるような鋭さを持ちながらも、どこまでも清廉な願い。
龍は瞑目し、頭上の魔方陣を眺めている。恐らく術式を維持しているのは龍の方だろう。少女はそこに新たな願いを刻み込んでいくだけだ。
魔力の供給を受けた魔方陣が、淡い光を帯びていく。少女の歌が世界に響く度、魔方陣には新たな紋章が浮かび上がる。
騒々しい風も、哮る兵士の声も、生命の輝きを充溢させる二つの魂によってかき消される。少女の歌が結ばれると、魔方陣の輝きが一層激しくなった。天高く迸った魔力が、流れ星のように世界に降り注いでいく。
これはきっと、全ての始まり。
世界の核心に深く根ざした――――魔法の物語のプロローグだ。




