第九十六話 狐火
家の目の前まで到達すると、その先に集落があるのが見えた。
集落から少し離れた位置に居を構えているのは何か理由があるのだろうか……。
「とりあえず突撃してみるか」
「嫌な予感云々の話は大丈夫?」
「まぁ……なんとかなるだろきっと」
楽天的なのか悲観的なのか全然分からないなぁ……。
そんなことを思っていると、彼は家の扉をコンコンとノックし始めた。
「すみませ~ん。旅の者なんですけど、お時間ありますか~?」
語気を和らげようとしているのか、語尾が間延びしているのが……こう……うん。
家の内側からは何の反応も返ってこない。
「すみませーん」
ユキヤは先ほどよりも少し声を張って訊ねたが、やはり音沙汰はなかった。
「……留守なのかな」
「集落の方に行ってみる?」
「そうした方が良さそ――――」
彼が扉に背を向けた瞬間だった。
ぎぎぎ、と音を立てて玄関の扉が開いた。私たちを導くように――――というのは都合のよい解釈だろうか。
「これ……入れってことか?」
「……罠かもよ」
「七割くらい罠の匂いがする」
彼は扉の先を眺め、薄闇が内部を覆っているのを見て一度深呼吸をした。
「……レティシア。君だけここで待っているって選択肢、ある?」
「あるわけないでしょう。ユキヤが危なっかしくて一人になんてできない」
「さいですか……」
苦笑しつつ私の顔をまっすぐに見て、彼は続けた。
「王城の時と同じだ。リスクはあるけど、次に来たときには手がかりがなくなっているかもしれない。観測しないうちにこんなことを言うのは愚かだろうけど――――そこで起こる事象は人生を変えるほどのものかもしれない」
語りかける優しい声音が、彼の思いの丈を如実に表していた。
「俺はもう、間違いたくない。手遅れになんてさせない。だからリスクを取る。……できれば、君に危険が及ばないようにしたいんだけど……」
「何を言ったってついていくからね」
「……だよな。よし。一緒に行こうか」
扉を抜け、中の闇へと一歩を踏み出す。
狐火のように妖しく揺れる照明が不気味だった。
「邪悪な魔力は感じないな……」
王城で見た異形みたいに気配を隠すのが上手いだけかもしれないけど、と彼は呟いた。
「でも人が住んでるとは思えないよ?」
「それはそう……」
壁面には随所にひび割れが見受けられ、蔦が伸びている箇所もある。およそ生身の人間が暮らしている場所には見えない。
尚も歩き続けていると、廊下の先に何かが落ちていることに気づく。
ユキヤがそれを注意深く持ち上げ、手のひらの上にのせる。
水晶のような輝きを秘めたそれは――――鍵だった。




