第九十一話 流動
中央の石柱に刻み込まれた文字を凝視する。
魔法を記述するための文字体系に似ているが――――どのような魔法なのか解析できない。それはまるで――――異星の生物に語りかけているような、そんな不気味な印象を覚えるものだった。
「古代魔法なのか……?」
「…………ねぇ、ユキヤ」
「……どうした?」
「王の間って……あんなに遠くまであったかな……」
……そうだ。
王座の後ろは壁になっているはずだから――――ここから壁が見えなければおかしい。
しかし闇は尚も続いている。俺たちをその深みへと誘おうとしているかのように。
確認のために杖の先から極小の氷を飛ばすが、壁面に当たったという手応えはない。
「空間が歪曲している……。どれだけ高位の魔術だったらこんなことが……」
得体が知れない。どれだけ注意深く見ても技術力の底が知れない。
……引き返すべきか?
しかし――――次回ここに足を踏み入れる時までこの空間が残っている保証はない。祭壇も、時間経過で消滅してしまうかもしれない。
今この瞬間は――――この世界で起こっている奇怪な事象を調査するための絶好の機会だ。今を逃せば、きっと後悔することになる。
進むしかない。
どこから攻撃が飛んできてもレティシアを守れるように、全方位に警戒の糸を張り巡らせる。研ぎ澄まされた冷たい意識を、根を張るように広げていく。
「……ぁ」
ソレに気づいたのはただの幸運でしかなかった。
意識の末端に刃物を当てられているかのような感覚に気づいた瞬間――――怖気を伴う違和感が走った。
普段なら見過ごしてしまうほどの些細な刺激。しかし一度気づいた今、ソレから目を逸らすことなど考えられない。
「レティ、シア……今すぐ、距離を取ってくれ……」
交戦になったとしたら――――彼女を庇いながら立ち回るのは不可能だ。意識の全て、力の全てを標的に注ぎ続けなければ死ぬ。
ひたりひたりと、液体が滴るような音が空間に響き渡る。気持ち悪い。どうして音だけでこれほどの嫌悪感を覚えるのだろう。
闇を掴むように右手を突き出す。清冽な流れを脳裏に描く。濃霧を晴らすような澄んだ流れを、手元に集中させるようなイメージを構築する。
「借りるぞ――――メギア」
メギアが授けてくれた、宝石のような輝きを持つ剣を顕現させる。
その刀身が、俺を見つめるように光った。
闇の中から姿を見せたのは、流動体の異形だった。
全身の各部から泡が噴出し、そのたびに気味の悪い音が立つ。地面に這いつくばるように薄く変形したかと思えば、人間を模すような体型に変わる。
異形は俺のことを観察するように眺めている。
…………俺から動くしかない。
奴が行動を起こす前に――――一撃で決める。
世界の動きが鈍化していく。闇のただ中を泳ぐ時の流れが見える。
奴の動きを子細に観察し、斬撃が最も体内に浸透する瞬間を見極める。
意識が一つ深い領域に沈み込む。
床を砕くように踏み込んで跳躍する。




