第八十九話 相応
王の間へと移動する途上、レティシアは俺の隣を優雅に歩きつつ質問を投げかけてくる。
「ユキヤさんが元居た世界とこの世界で、顕著な違いはありますか?」
「……まず、俺のことは呼び捨てにしてくれていいぞ。あと敬語も要らない」
俺がそう言うと、レティシアは若干の躊躇を見せる。
……確かに、俺は記憶の残滓の働きで旧知の仲のように話せているけど、彼女からしたら距離感が近すぎるかも知れないな。
ちょっと反省。
「いやすまん。ちょっと距離感を測り損ねた。慣れるまではもちろん敬語で話してくれていい」
「………………いえ」
そっと呟かれたはずのその言葉は、予想以上に強く心に響いた。
「私たちは家族になるんですから、壁なんか作っちゃいけませんよね……。よ、よし」
勇気を振り絞るように、手を軽く握り締めるのが見えた。
「ゆ、ユキヤ…………あなたの世界とここ、違いはあった……?」
はにかみながら呼び捨てで呼ばれると少し――――いやかなりグッとくるな。ちょっとばかし鼓動が早まった気がする。
「……まあ、一番大きい差は魔法の有無だな。俺が住んでいた世界には魔法なんてなかった」
「……魔法がなかった? じゃあ、どうやって生活していたんで……していたの?」
「自然界の諸現象をマクロ、ミクロ両面から子細に観察する”科学”って学問があったんだ。研究の当初の目的は知る由もないけど、その研究で得られた知見を活用して機械を動かしたりしていた」
根本を辿れば、古代ギリシャで起こった万物の根源を探る思索に行き着くのかも知れないけど、科学の始まりを精確に語ることはできないから……まあ、こんな説明でお茶を濁すしかない訳だ。
「こっちの世界にも機械はあるだろ? まだ動力の多くは魔法的な物質で占められているだろうけど」
「機械は……ある。お隣のミスケル皇国で研究が進んでいるって話を聞いたわ」
「ん。ミスケルとは仲良くしておいた方が良いぞ。一年半もしない内に大国の仲間入りをするから」
「……え? さっきから未来予知的な発言が多すぎない……?」
「賢者パワー」
「それで誤魔化せると思わないでっ」
滑らかできめ細かな頬を膨らませるレティシアの姿は――――どこから見ても年相応の少女だった。
国を守る運命なんか背負わなくて良い――――そう言い出したくなってしまうほどに。
でも。
彼女はどこまでもこの国のことを案じている。
『民が幸せになればいいなって思うの。魂の底から聞こえるの。その願いが』
彼女が昔語ったように――――魂からして彼女は高潔な王族なのだ。
民を救うためなら自らの命を犠牲にすることだって厭わないくらいの。
俺はそれが良いことだとは思えなかった。
自分を大切にしてほしいとずっと思っていた。
王族は民を守る機械なんかじゃない。一人の人間として生きるべきなんだ。
その言葉を口にするだけの力を、俺は持っていなかったから――――彼女を守ることができなかった。
もう間違えることはできない。




