第七十七話 無事
「落ち着いてて、良い雰囲気の宿だな」
ゼクルが宿泊していると教えられた宿”ステリア”は、豪奢や奢侈といった形容の真反対と言えるほど簡素な見た目をしている。
館内に入ると、陽光に包まれた森のような温かい木の香りが鼻腔をくすぐった。建物はどこも綺麗に保たれていて、真心のこもった経営が行われていることが見て取れた。
「うん。里に居る時みたいにリラックスできるわ。木々の温もりを感じるからかしら」
「良いセンスしてるね、ゼクル」
受付に向かって歩いて行くと、宿の主人とおぼしき男性が丁寧にお辞儀をした。
「ようこそステリア、へ…………」
お辞儀から姿勢を直した主人は俺たちの顔を見て一瞬硬直する。
「あっ、ゼクル様の……」
主人の言葉にうなずきを返し、リーシャが継ぐ。
「はい。ゼクルを捜しにやってきたんです。彼、今宿に居ますか?」
「今は外出されているかと――――」
主人がそこまで言ったとき、入り口の向こうから足音が聞こえてきた。
一歩一歩固く踏みしめるような、重厚な足音が。
「――――いやぁ、久しぶり」
「ゼクル……!」
よっ、と軽く言いながらこちらに向かって歩いてくる。
「だいぶ時間かかったじゃねぇか。勘が鈍ってんのかい?」
「お前がこんな遠くまで来るからだろうが……。エルフの里に逃げてれば火災の翌朝には合流できたっての」
「急すぎて頭が回らなかったんだよ……ってかお前今、翌朝にはって言った? あの距離を夜の間に移動するなんて無茶言うなよ」
「俺に出来たんだから”剛拳”のお前に出来ないわけがない」
「走破したのかよお前……いかれてるなやっぱ……」
苦笑を浮かべながら、ゼクルは手の甲を目の位置に掲げた。
……これも久しぶりだな。
俺も拳を掲げて、ゼクルの右手と合わせた。
「――――無事で良かった」
ゼクルが俺とリーシャ、シルヴィアの顔を見渡して言う。
彼の顔に浮かぶ笑みがあまりにも懐かしくて、俺も知らず頬が緩んでしまう。
「……ま、ゼクルのことは心配してなかったけどな」
「俺だってお前のことは心配してねぇよ、人外賢者」
「一人でエレンドまで逃避行できるなんて、さすがは”脳筋”のゼクル」
「そんな不名誉な称号を受け取った覚えはねぇぞ七五三野郎」
「禁忌に触れやがったなお前ぇ……」
ゼクルとのくだらない掛け合いを聞いて、リーシャとシルヴィアが笑みを漏らす。
あの日の光景はすぐそこにある。
……ここにルージュさえ居てくれれば。
皆で笑い合うためなら、俺はなんだってする。
――――取り戻す。命を賭してでも。




