第七十二話 ~剛拳視点~
灼けつくような魔王討伐の旅の記憶が脳裏を駆けていく。
賢者、聖女、炎神――――神話の中で語られる英雄と同じ称号を有する三人との旅は、俺の人生の中で褪せない輝きを有している。
何十年生きたとしても、俺の人生の中で燦然と輝くのはきっとあの日々であるはずだ。
ベッドの上で瞑目すると、自然とそんな感慨が溢れてくる。
……柄にもなくノスタルジックな気分になってるな。
彼らとの再会を祈りつつ、拡散していく意識を手放した。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
翌朝。
また店の手伝いでもするかと階下へ降り、宿を出ようとしたときだった。
宿の主人の前に柄の悪い男が立ち、何やら喚いているのが見える。
「――――もう金は払っただろうが!」
「いえ、宿泊費は一週間分しか頂いておりません……」
「嘘をつくな! 俺は確かに払ったぞ……!」
……揉め事か?
階段を下り終え、主人と男との対峙を心配そうに見つめているマリーに話しかける。
「何かあったのか?」
「ゼクルさん……あの方が一ヶ月分の宿泊費を既に納めたって言ってるんだけど、帳簿には確かに一週間分しかもらっていないと書いてあって……」
「その帳簿は確かなのか?」
「うん……代金をもらう時は私とお父さんでダブルチェックするから、間違いはないはず」
「なるほどな……」
男も何か勘違いしているのだろう。
……いや、騙そうとしているだけかもしれないが。
「お得意様だから、こっちも強く出るわけにはいかなくて……」
「そういう事情か……なるほどな」
少女の顔に不安が影を落とす。
…………行くか。
驚愕の表情を浮かべるマリーを置いて、俺は男の隣に立った。
「なあ、何か勘違いしてるんじゃないか? 一回冷静になろうぜ」
「……誰だお前? 俺に指図しようとしてるのか?」
男が近づいて凄んでくる。
体格には恵まれているようだが、動きが洗練されていない。なまじ与えられた物が大きかっただけに、それに満足して鍛錬を怠ったのだろう。
才能に殺された人間……いや、殺されかけた人間か。
「ゼクルさん……大丈夫です。私だけで対応できますので……」
主人が俺を心配したのか、そんなことを言った。
……アイツらが俺を心配する事なんて一年に一度あるかないかくらいだったから、なんか新鮮だな。
「俺がこの宿を支えてるんだぞ……俺の意向次第で、このぼろ宿なんてどうにでもな――――」
言葉が終わる前に、俺は男の肩に軽く触れた。
蝶が花にとまるように軽快に。優雅に。




