第五十八話 ある少年の魔法
剣が魔王に届く距離へと到達する――――その直前。
魔王の周囲に濃密な魔呪が生じ始めた。
「――――ちッ」
魔王の胴体を両断するために構えられた剣を、魔呪汚染の霧を晴らすために振り抜く。姿勢を後方へと倒し、魔王と距離を取るように跳躍する。
「私の番だ」
魔王が杖を掲げると、彼の周囲に二十八の魔法が同時に展開された。
女神軍最高の魔術師であるところの賢者が同時に展開できる魔法の数は七。魔王の魔法制御の技術は――――単純に彼の四倍近い練度ということになる。
「【貫け】」
多種多様な性質を持つ魔法の群れが、豊かな色彩の尾を引きながら少年に迫っていく。
少年は剣の柄に手をかける。
世界の動きが鈍化する。
全ての魔法が同時刻に少年へ着弾するように調整されていることが分かる。
剣を振ることができるのは一度だけ。
最適なタイミングを掴まなければ、負ける。
極限の状態にあって、少年の脳は最高の演算能力を発揮していた。
魔法の位置。軌道。性質。規模。何もかもが手に取るように感じられる。
まだだ。引きつけろ。引きつけろ。引きつけろ――――。
――――今。
一閃。
稲妻のような衝撃が広間に響き渡る。断たれた空間が悲鳴を上げるように。
「……驚いた。お前は本当に人間なのか?」
「人間であることをやめたつもりはない」
「ふ、はは。面白い! これほど心が躍るのは久々だ! 愉快だ!」
「勝手にテンション上げんなよ魔王。すぐに終わらせてやるから」
少年は剣を。魔王は杖を。
自身の肉体の一部の如く手に馴染んだそれらを構える。
極彩色の魔方陣の集合に向かって、少年は駆け出す。
彼が目指すのはただ一つ――――勝利。
この戦争の終焉だけ。
魔法。
奇跡を現実に投影する技術をそう呼称するなら、少年の剣技は”魔法”の域に至ったと言えるのではないだろうか。
遠距離の魔法と近距離の剣。
不利は明らかなはずなのに、少年は同等以上に渡り合う。
弾丸のように飛来する魔法を斬り、地面を蹴って走り続ける。
彼らの戦いの余波によって、広間は崩壊を間近にしていた。
そして。
戦いの終焉も近づいている。
「――――ッ」
魔王まで――――あと五メートル。
魔呪の霧を振り払う。
魔王の顔がはっきりと見える。
――――笑っている?
「来い――――剣聖ッ!」
展開された魔方陣は一つ。
しかしその規模は――――。
「……国ごと吹っ飛ばすつもりかよ、お前」
「受け止めて見せよッ」
白色の炎が花のように揺れる。
「【燃え上がれ】――――」
死を運ぶ大輪の花が、少年に肉薄する。
剣の柄を握り直す。
手のひらに力が入る。
やるべきことは一つだけ。
昔からずっと、変わらない。
剣を振った。




