第四十五話 血の渇き
鹿の腹部の傷は完全に治癒することができた。顔の近くを軽くつつくと、まぶたを微かに揺らして目を覚ます。
困惑した表情をしているように見えたが……のっそりと起き上がり、私をじっと見つめてからこれまたのっそりと歩き出した。
……さっきの狼も、青い光が集まる前に治癒魔法をかけられたら助けられたのかな。
――――何もかもを救おうとするのはやめろ。
――――お前の手は全てを掬い上げられるほど大きくないだろう。
幼少の時に言われた事を思い出す。
私には……全てを救うことはできない。
人の身に余る野望を抱けば、必ず反動を食らう。
もう一度それを肝に銘じて、歩き出す。
今の私が助けられるのは――――パーティーの皆と、リーシャ。それだけだ。
それだけでいい。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
あれから道を進み続け、何頭かの動物に治癒魔法をかけた。
何頭かは既に青い光に呑み込まれていて、救い出すことはできなかった。
それでいい。それでいいんだ。
救えなかった命じゃなくて、救えた命を数える。
力の足りない私には、それしかできないんだから。
「……あれ、は?」
またいつもの行き止まりかと思ったが――――木々の根元に石像がおいてあった。
手を合わせた女性の像。背中には大きな翼が生えていて、頭の上には輪が浮いている。
「天使……? いや……」
女神?
そう思った瞬間だった。
石像の周囲の景色が歪み始める。陽炎のように。
私を惑わせようとしているように。
「――――まず……」
合わせられた手から淡い光が漏れ出す。
その光の色は――――散々見てきた青色。
「【守護せよ】ッ!」
結界を発動すると同時に、青の光が私に向けて放たれる。
「――――ッ」
身体の内部から放たれる魔力を辿って――青の光が私の身体に侵入しようとする。
光は結界に触れても勢いを落とすことなく、私を食い殺さんと迫り続ける。
結界が悲鳴を上げる。
ぎりぎりと軋む音が森にこだまする。
――――駄目だ。
ばらばらに砕かれた結界が、微少の魔力へと転化されて散っていく。
「――――ぁぐッ」
突き刺されるような痛み。
まだだ。
分析しろ。
体内を駆けていこうとする魔力を辿っていく。
向かうのは――――きっと、血液が送り出されていく心臓。
この光は血液を求めている。
血の渇きを癒やそうと――――動物に集っていたように。
――――勝負だ。




