第三十五話 加護
棺の中には少女が眠っていた。
宝石のような煌めきを持つ金髪に、陶器のような滑らかな肌。閉じられたまぶたを縁取る睫毛は長く、すっと通った鼻梁は涼しげな印象を与える。
「――――ぁ」
無性に手を伸ばしたくなる。
俺は。何か大切なことをずっと忘れているんじゃないか――――。
頭の中のノイズは遠のいていた。
頭蓋を突き刺すような痛みに耐えながら記憶を探る。
――――あ、れ?
この世界に来てから魔王討伐の旅を始める前までの記憶が――――ほんの断片ですら見つからない。
「…………痛っ」
危険信号を灯すように、頭痛が酷くなっていく。
歯を食いしばり、意識を強く保つ。
何かを思い出さなければならないんだ。
それがきっと――――。
”最も醜い罪悪”。
その瞬間だった。
王の遺体から流れ出る光が止まる。
棺の中の少女のまぶたが僅かに動いた。
時が止まったとしか思えないくらい、俺は彼女に見入っていた。
視線が離せない。動かせない。
世界の全ては些事と化した。全ては彼女の背景に過ぎない。
ゆっくりと、花が開くようにまぶたが持ち上がる。
青空を写し取ったような瞳が、俺を捉えた。
「――――ユキヤ、久しぶり」
涼風のような声が、俺の耳朶を打つ。
「君は――――きみ、は」
少女は上半身を起こして、手招きをした。
少女に近づいていく。
「――――やっぱり」
少女の手が俺の後頭部に回る。
「どれだけ離れていても――――私、あなたが大好き」
少女の柔らかな唇が触れる。
頬を涙が伝っていくのが分かった。
そうだ。俺は――――ずっと。
この子の記憶を奪われて――――。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
――――最も醜い罪悪を見よ。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
確かにそうだ。
俺が抱える罪業は――――確かにここにあった。
そう思った時には、俺は真っ白い世界に帰ってきていた。
眼前では銀翼龍が翼を休めていた。
『――罪業は見えたか?』
先刻と同じ台詞だった。
「――ああ、思い出したよ」
『そうか……』
銀翼龍は一度翼をはためかせ、話し始める。
『お前が何を困惑しているのか疑問だったが――――あの世界には幾つかの罪業があるようだったな』
「そうだな……俺の罪と――――ガイシュ様の罪だ」
『理性ある生物にとっての罪とは――――存在を構成する核だ。消せない罪が私たちを形作る』
手の甲を見つめる。
二つの紋章が淡い光を放っている。
『王は自身の娘を女神への生贄に捧げ――――お前はその加護で生き残った』
人生は罪で彩られる。
始まりからずっと。




