第一話 英雄追放
「――金輪際、王国への立ち入りを禁ずる。今まで、ご苦労だった」
「……は?」
魔王を討伐し、イリエス王国に帰ってきた日の夜。
俺は王国追放を言い渡された。
「待ってくださいガイシュ様。冗談はよしてください……」
「冗談などではない。これは王命だ。直ちにこの国から立ち去れ」
「どうしてですか! 俺はあなたの言いつけ通り魔王を倒した! 世界を救ったんだ! なのに……なんで追放なんか……」
「一切の質問を受け付けない。荷物をまとめて今日中に出て行くがいい」
「な……ガイシュ様――」
「出て行けと言っているんだッ!」
賢王と称され、どれだけ戦況が不利になったとしても気を立てることのない――あの王が。
これほどの怒気を込めて叫んでいる。
どうして?
俺は魔王を倒した――賢者なのに。
「失礼……します……ッ」
困惑。悲嘆。何より――怒り。
言い尽くせない感情の波を全て押さえ込んで、俺は王の間を後にした。
この国に転移して、魔王討伐という宿願に向けて努力を続けた三年間。
遂に目標を達成し、敬愛する王に報告を行ったこの日。
俺は故郷を追放された。
魔王討伐の旅を共にした仲間に挨拶することも禁じられ、最小限の荷物を持って独り、王城を出た。
俺はこれからどうやって暮らしていけばいい?
魔王を討伐すれば、全てが丸く収まるのだと思っていた。
けれど――現実は全く様相を異にしていた。
敬愛する王から追放を言い渡され――故郷を失った。
一体、どうすれば――。
「――居たぞ! 賢者だ!」
背後から兵士の声が聞こえた。
振り向くと、王城から五十を超える数の兵士が槍を手に走ってきていた。
「なっ――」
杖を振れば、一瞬にして全ての兵を殲滅することができる。
そんなことも出来ない人間が魔王を討伐することなど不可能だ。
けれど――この兵士は何の罪も犯していない。殺される理由などなにひとつ持っていないのだ。
腕は動かなかった。
杖をしまい、王城に背を向けて走り始める。
どうして。どうしてどうしてどうして。
何が悪かったのですか――。
歩き慣れた街を全速力で駆けていく。
兵士が至る所に構えており、息をつく暇は全くなかった。
王国の出入りを管理する門を飛び越え、尚も走り続ける。
故郷への想いを断ち切るように。
あの人への恩を拭い去るように。
走る。走る。走る。
逃げ続けろ。
現実から。
○
森を越え、丘を登って膝に手をつく。ここまで来れば大丈夫だろう。
賢者のステータスがあるとは言え――四時間も走り続けると流石に息が切れる。
「なんでだよ……ッ。なんでだよッ! くそッ!」
膝を殴りつける。
どうして追放されなければならなかった?
褒美がもらえるかもしれないと期待していた数時間前の自分が酷く憎い。
馬鹿を言え。そいつは恩を仇で返すような奴だ。そんなことしてもらえる訳がない。
「馬鹿らしい……」
呟いて、木の幹を背にして腰を下ろした。
ふと――もう二度と見ることの叶わないはずの故郷を見てみたくなった。
顔を上げる。
「……は?」
王国が燃えていた。
天を焼くような業火が王国を包んでいた。
「は? なんで……?」
炎はなおも勢いを増しているように見えた。
何もかもを消し去ろうとしているかのように。
「ガイシュ、様は……? 皆は……?」
力の入らない脚を無理やり奮い立たせ、立ち上がる。この状態じゃ兵士も俺を追うどころじゃないはずだ。
見に行かないと……。
そう思った瞬間、崖の真下から炎球が飛んでくる。
同時に、左後方から槍を持ったナニカが突撃してくるのが見えた。
「【砕け散れ】」
攻撃を前方に移動しつつ回避して、杖を大きく振る。炎球を飛ばした術者、そして槍を持った者を同時に消し去る。
こいつらは王国の兵士じゃない。
どころか人間でもない。
魔王を討伐したことによって永久に消滅したはずの――魔物。
なおも攻撃は続く。
氷柱が飛ぶ。雷撃が飛ぶ。影を固めた砲撃が飛ぶ。
「邪魔だ――お前らッ!」
どれだけ魔法を発動して殲滅しようとしても、次から次へと魔物が湧き出てくる。
きりがない。
「進むしかないのか……?」
王国を見捨てて。
森の奥へと走って行くしかないのか?
醜悪な魔物の声が聞こえる。ノイズが思考に入り込み、正常な判断を失わせていく。
駄目だ。これ以上ここに居たら正気を失ってしまう。
俺が向かうべきはどこだ?
どこに行けば――事態を改善させられる?
「リーシャ……アイツがいれば……」
旅の途中に立ち寄ったエルフの里の王族。
パーティーの仲間の行方が分からない中で、魔物に対抗しうる戦力と言えば彼女をおいて他に考えられない。
魔術に長けたエルフ一族の中でも最高の知性と戦力を持つ彼女なら、この状況を打開する鍵となってくれるはずだ。
エルフの里までは全力で走っても三時間はかかる。
この丘に来るまでも四時間走った。もう全身が疲労に塗れて動くのもままならない。
けれど――走らなければ。
そうしなければ――何も得られぬまま死んでしまう。
王国でなにが起きているのか。
どうして魔王を倒したことで消滅したはずの魔物が蘇っているのか。
それを知らないことには死ねない。
どうしても。
「【砕け散れ】」
幾度となく放った破壊魔法。魔物の攻撃は全て弾け飛んで消える。
森の奥へ向けて走り始める。恐らく――次に足を止めれば二度と走り始められない。
地面を蹴って奥へ奥へと進んでいく。
あるのかもわからない真実を求めて。
○
その日。
世界中の報道機関が二つのニュースを取り上げた。
一つは、イリエス王国が派遣したパーティーによって魔王が討伐されたこと。
もう一つは――イリエス王国が炎に包まれて崩壊し、王族・勇者一行共に安否が不明であることだった。




