拉致の明かない
西暦1724年
「絶対に許せない…」
15歳の少女が城下に野菜を売りに来ていたところ
突然頭からズタ袋をかぶされ大の男3人に攫われる
少女の視野はズタ袋ごしに薄っすらどこにいるか分かる程度
そのまま城内に運ばれ、ある小部屋に運び込まれ
間もなく目隠しとなるズタ袋は外された
わずか3畳程の用途の分からない小部屋
そして少女は罪人に用いるような木枠で両足を拘束され、腕は後手で結ばれる
その手を縛っている縄は1m程先で壁にきつく結わえてあり
少女の行動可能な半径そのものとなっていた
その小部屋は物凄く異臭がする
窓が無くろうそく2本だけ灯る薄暗いこの部屋の隅には
用便のための深い穴が空いている
当初はこの穴から臭うのだろうかと考えたが
酸の臭いが強く、どうも厠の臭いではない気がした
過去に幾度も嗅いだことがある死臭
最近この部屋で人が亡くなっているのだろう
その夜
身分が高いと思われる女が家臣達を10人程引き連れて少女の前にやってくる
大名行列の際に神輿のようなものに担がれ
その女が偉い位置にいる姿を道の端でちらりと見かけたことがある
まだ20台後半に見えるその女はおそらくこの城の城主
こちらをねめつけてくるが声は発する事は無い
そしてその女は少女の行動半径内にちりとりを差し出してくる
そのちりとりには何か青黒いかりんとうのようなものが乗っている
そしてその女は終ぞ何の声を掛けるでもなく踵を返し部屋を出ていった
覚えのない罪で処刑されるものかと思っていたが何も無く
声すらかけられなかった
ちりとりの上のそれは食事かと思い顔を寄せてみると切断された指であった
ヒィッ!!!
顔を背けたものの青黒い指が脳裏にこびりつく
視界にその指を入れないようにしたものの
夜は長く何度何度も思い出してしまう
ずっとこの部屋を格子ごしに監視してくる獄卒らしき初老の男がいるが
こちらからいくら話しかけても…、、質問しても返事がない…
口が利けないのか、返事をしないよう命じられているのか…
翌朝、その獄卒によって置いてあった指はちりとりごと回収された
2日目の夜にも城主の女がやってくる
新たな別の青黒い切断された指をちりとりの上に置きこちらに差し出してくる
そしてまた何も言わず去っていった
獄卒の初老の男は格子の外でその一部始終を監視している
少女は意味が分からずちんぷんかんぷんであった
誘拐直後はかどわかされるのかと思ったがそのような事は無く
城主の女も獄卒も声すら発しない
少女の預かり知らぬ掟や縛りが裏にあるのだろうが見当もつかない
城主という立場であれば城内で子百姓の娘が亡くなろうがどうとでもできるだろう
すでにここで同じ目に遭って亡くなっている人物もいるとの当たりもついていた
すでに飲まず食わずで3日目の夜
また城主の女が兵を引き連れて切断された指を持ってやってきた
そこでふと気付くことがあった
女の左手の小指、薬指、中指が無い
出血などはしていないが初対面の時から無かった訳では無かった…と思う
ということはこの差し出されている指は城主の女の…
意識が朦朧としてきたものの…
ようやく意味は分からないが意図は掴めてきた
少女がこの城主の女の指を食って生き延びるかどうかを試しているのではないか?
………
意図的に拘束されている状況で生き長らえる事にどのような意味があるのか
また少女の住む周辺の村では飢饉になっても人は絶対に食ってはならぬという掟もある
城主はその掟を破るかどうかを確かめたいのだろうか?
ただし指を食って生き延びる選択をした時点で
何かしらの条件が達成され解放される可能性がある
城主の女が指を落としてまで何か実験をしているのだとすれば
戯れではなく本気なのだろう
現状を変える一歩としてまずは食べる…振りから始めてみる
3日目の深夜
少女は城主の女が残したちりとりの上の中指に顔を近づける
すると獄卒の初老の男は
反応こそは抑えていたが目の色が明らかに変わった
食べたら報告しろと言われているのか…?
この女まさか指なんか食べるつもりなのかと驚いているのか…?
反応からしてどちらとも取れるので判断がつかない
そこで口に運ぶ…振りをして、咽た…振りもした
…しかし獄卒の初老の男はその様子を見てはいたものの
特に動く様子はなく、どこかに報告に行く様子はない
やはり関係が無かったのだろうか…
4日目の夜も同様
城主の女がやってきてちりとりの上に指を置き差し出してくる
もう私は体を起こす体力も気力も無かった
体の内外の全てがカラカラで喉が張り付き声も出せない
城主の女は何故か私の様子を見てとても寂しそうに一瞥し
踵を返し去っていった
朦朧とする意識の中で少女は考えた
その表情の意味を
やはり娯楽や遊びでこのような事をしているのならば
あのような物悲しい表情にはなるまい
何か狙いがあるが達成されないことに悲観しているよう見えた
その城主の女の目的を知らぬまま死ぬことが心残りとなった
目の前の切断された指は色こそ青黒く気色悪いが
新鮮なものであるらしく嫌悪感はもう感じなくなっていた
少女は思い切ってその指に顔を近づけ口に入れる
口に入れた指に付着していた血液は僅かなはずであったが
その僅かの血液は口内を、喉を、食道を、胃を、そして
全身を一気に潤し、全ての渇きが収まる
指に歯を入れるとこの世のものとは思えない旨味を凝縮した
あらゆる栄養の塊ともいえるものであると感じた
飢えていた体の全身が喜びで震えあがる
獄卒の初老の男はその様子を見て顔をくしゃくしゃにして涙を流していた
間もなくバタバタと大勢の足音が聞こえ
城主の女が家臣達を引き連れて走ってこちらに向かってくる
「このまま罪人として殺されてしまうのかな…」
少女にとって不都合な悪い展開が脳裏に浮かぶが…
「ありがとう!ありがとう!本当にありがとう!」
城主の女が牢に入るや否や少女をきつく抱きしめて言う
家臣が少女の足枷と手を結わえてある縄を解く
そして城主の女は4本欠けた指のまま私の顔を両手で包み
涙をぽろぽろと流しながら事情を話してくれた
城主の女の産まれはおおよそ570年程前である西暦1150年頃
荘園の貴族の娘として生まれたが
女だてらに武芸で身を立てるべく
近所の男たちを従えて喧嘩や義賊のような危ない遊びばかりしていた
…しかし成人を迎える頃にはやはり筋力で劣る彼女は男達に組み伏せられ
苦渋を飲まされる事が増えた
そんな折、24歳の時に
60歳程の老婆に誘拐され監禁される
つまり今、少女がされている状況と同じ目に遭った
ただ城主の女は初日の夜
1本目に出された小指を早々に食べたのだと言う
そして不老不死という特異体質を獲得したのだそうだ
それはどのような怪我を負ったり病気に罹ろうが
1週間程で徐々に健康体に戻る
少女は城主の女の左手の指が4本失われていることを尋ねると、城主の女が言う
「あぁ。この左手の指?痛覚も不快な一切の感覚も無いから大丈夫よ。私の指の心配をしてくれたのね?優しい子。」
その城主の女はそれを最大限に活用する人生を送る
不老不死と無痛による過度な鍛錬
強靭な精神性により武芸で女ながらに活躍し名を上げる
源平の合戦
元寇
南北朝の騒乱
応仁の乱
戦国時代
関ヶ原の戦い
大阪の陣
目ぼしい争いには全てに自ら参戦し武功を上げ
時には【巴御前】、時には【立花誾千代】と呼ばれる
少女にはその時点では学が無く争いの名前や
有名だと思われる名を何一つ聞いた事が無かったが
江戸の現在にも渡って城主として地位が確立するほどの戦功を上げている事実があった
「でもね。まぁ結局私は戦馬鹿なのよ。徳川が天下をとってから100余年。太平の世に私の居場所は無いの。
…それにこれまで一緒に戦に出て死んでいった気の良い膨大な戦友達の記憶が完全に失われる前に私もあの世に行きたいの。だから、私を食べて、、、救って頂戴。」
少女は城主の女を食べる
腕、脚、下腹部、胴体、、、
その小さな少女の体のどこに納まっているのか分からないが止まることなく口へ運ぶ
その様子を城内にいた家臣達は泣きながら見つめている
残すは城主の女の頭部
微笑みを湛えながら城主の女が言う
「本当にありがとう。あなたが私の全てを引き継ぐときにその理由が分かるわ。あなたはこの城の城主としての地位や、家臣達をあなたの思うままにして構わないのだけれど…。
…あまり手荒な事をしてあげないでね?私の大切な人達だから。」
家臣達がそれを聞き、嗚咽を漏らしながらそこかしこで
「姫…。うっ」「ひめぇぇ…」
の声が聞こえる
随分と領内で、城内では慕われていたのだろう
そして少女は城主の女の頭部にかぶりつき
ものの数分でたいらげた
「…………、、なるほどね。」
少女は不老不死としての役割を知った
2024年
あれから300年経った現在
少女はいまだ15歳であった
高層マンションの一室でSNSで知り合った
同年代の16歳の女の子を現在監禁している
この300年間に色々な事があった
少女には武の心得があった訳ではないが
強い知的好奇心があった
鎖国をしている江戸という国に飽き
城を飛び出して泳いで(流され)大陸に渡る
世界各地で彼氏を作りその国の言語や文化、歴史を教えてもらう
時には子を授かったこともあったのだが
そこに定住はせずに旦那と子供を捨てて
他の国に行き
また別の彼氏を作り言語や文化、歴史を学ぶ
……を繰り返していた
決して望んでの事では無い
15歳の体からの成長はあるはずも無かったので
怪しまれる前に姿を消すしか無かったのだ
欧州ドイツでのドラキュラの話を聞いた際には
少女の現状に似ていてこれかと思ったが
ギリシャ神話におけるアダムとイブがそれにあたると確信した
少女はイブ
起源はアダムのあばら骨から生まれたのだ
人の種を繋ぐための不死の存在
いわば保険であった
そこから少女はアダムの居所に興味を持ち
引き続き世界中を廻る
オセアニアの未開の原住民族
人食い部族と噂の半裸の100人程の集まり
彼らは子供には非常に寛容であり
少女に対しては家族のように扱ってくれた
彼らの言語はクリック音と顔の動きと表情を交ぜた
とても特殊な言語であり
少女は3年かけてようやく日常会話レベルを習得するに至った
そこまで情熱をかけた理由は
そこがアダムの終の地であったからだ
同様に不老不死のアダムであったが
1400年程前にアダムはその民族に捕らえられ
地中奥深くに埋められ
現代に渡るまで出て来られないよう監視されていた
私は日本に帰った
そして数十年
私は見た目の若さと
世界中の言語と歴史と文化と秘密という知識を駆使して
スポンサーを幅広くつけ何不自由ない生活を送っている
私の生きる根源とも言える知的好奇心は
インターネットの台頭により
満たされるとともに失われていった
「私を食べてくれて本当にありがとう」
私は感謝を告げて永い人生を引き継いだ




