92.約束
止まない雨はない、とか。明けない夜はない、とか。そういう小説の一説を読んだことがある。暗い気持ちもいつかは晴れるって意味なんだろうけど、本当に何があっても朝は来ちゃうんだよなぁって言うのが最近の感想だ。
雨は気持ちが暗くなっている時に限って降るものではないし、どんなにもやもやした気持ちで苦しくなってたって悲しいほどの洗濯日和だったりもする。そう、本日も快晴なり。
まぁ、ライナー様に会いに行くし晴れている方が都合はいいんだけどね。
いつものように合流して近況を話す。
ライナー様は明後日からまた村に向かって出発するそうだ。結局あれ以来、精霊様は姿を見せないし、村も落ち着きを取り戻してはいるので今回の任務で村に行くのは最後らしい。行ったり来たりで相変わらず大変そうだ。
思えば、ライナー様と出会って半年ほどになるのか。……この半年でなにもかも変わったなぁ。
そういえば大丈夫だったのか、なんて言って心配される関係が少しだけ嬉しい。
マレーさんのこともなんとなく耳にしているらしい。それもそうか。騎士団の方にも捜索をお願いしていたようだし、知っていてもおかしくない。
「マレーさん、そのいなくなった人なんですが。どうやら、魔王を復活させたかったみたいなんです」
「それは……」
「はい。諦めてはくれなかったけど、でも、魔王は復活しないので大丈夫です」
私の様子を見て難しい顔をしたライナー様に言葉を続ける。
アレックス元帥にも話すべきなんだろうが、一先ずライナー様にも事情を話しておく。そういう村の生まれで、魔王の復活も家族が望んでいたからと。マレーさんが勇者ギルバートへの復讐のために、魔王を復活させたかったというのは話さなかった。知っても嫌な気分になるだけだしね。
この辺りの話は来週辺りにアレックス元帥とも話をする予定。お忙しいのに時間を取ってくれているのは有り難い。代理の方を経てないのは間に人を入れる方がややこしくなるからなのかも。
とは言っても、渦中の人間の半数がもうどこかに行ってしまっている。
マレーさんはあの日から、アーサーさんは私と話した後すぐに王都を出た。アーサーさんが出発した後、犬がちょっとだけ寂しそうで。今までそんなことしなかったけど、なんとなく私にすり寄る回数が増えたし、私も犬を撫でる様になった。
皆マレーさんに何があったのかと心配していて、マルチダなんかは様子がおかしいのに気が付いていたのにと後悔しているようだった。
何があったのかは、私とアーサーさんしか知らない。でもマレーさんも、アーサーさんもすでに王都を出た後だ。
「アレックス元帥には?」
「自分で伝えます。来週会えるので」
何か、出来ることはあったのか。どうにかならなかったのか。なんとなくすっきりとはしない。
とはいえ私の胸中なんて、世界は気にせずに進んでいってしまう。マレーさんはもういないけど、毎日は続いていく。何か、何かと探しながら生きていくしかないんだ。
ライナー様は何か言いたそうにして、でも口を閉ざしたまま。きっとライナー様は私の身を案じてくれていたんだろうと思う。でも、私は大丈夫。
私には、お婆ちゃんがいた。迷いや戸惑いはあるけれど、今も大切な人。
そう言う人が、マレーさんにはいなかったんだろうか。私にとってのライナー様たちの様に優しくしてくれた人は。そういう優しさや温かいものに気付けなかったんだろうか。
きっと……上手く受け取れなかったんだと思う。そうじゃなきゃ、魔王のことがあったとは言え、優しさを知らなければ、誰かに優しさを向けるなんて出来ないもの。
同じ様で、何かが違う。
同じような村に生まれたのに、同じように教会で育てられたのに。全く別の選択をした。両親を殺した勇者ギルバートを私は憎めなかった。でもマレーさんはそうじゃなかった。彼が残した全てに、苦しんでしまった。
その痛みを、私は受け止めきれなかった。
「アーサーさん、前に言ってた犬が見える人なんですけど、ヴァイオレットに会ってたみたいです」
「あの人絡みの人間だったのか」
「えーと、ヴァイオレットの弟さんの孫なんですって」
犬周りは結局ヴァイオレットに帰結するんだよなぁ。もう少しアーサーさんには犬についてもヴァイオレットのことも聞いておけばよかった。
とはいっても、きっとアーサーさんも詳しくは知らないのかもしれない。あの人もヴァイオレットの見てきたものを知りたくて旅に出たのだから。
世間に広がっている事情と、私たちだけが知る事実は案外違うものが多い。
私が知らないだけでそういうのって結構あるのかもしれない。そういう相違にマレーさんは苦しんで、アーサーさんは本当のことを知ろうとして、そして私は……。もう少し、時間が欲しい。
受け入れて、呑み込んで、許していくには、こう、気合というかなんというか。色々と必要なんだ。
「世界って案外狭いんですね」
「俺ももう少し広いと思ってたよ」
ライナー様と並んで同じ様に空を見上げる。空は青々として時折建物に削られながらも続いている。最近こうして空を見上げる時間も少なくなってきた。
ライナー様が村への向かう任務が終われば、こうしてお話しする機会もへっていくのかな。好意で村の皆の様子を聞かせてくれていただけなだし、そうなる可能性の方が高いよなぁ。
変わっていくことが悪いとは思わない。変わることが寂しいとも思うようになった。村の皆が新しいことを嫌っていたのってこういう面もあったのかな、なんて今更ながらに思う。
あの頃からなりたいものも望んでいるものも変わった。他所から見たら全然かもしれないけれど、少なくとも私の中身は変わったように思う。
見上げる空の形が変わった様に、ライナー様との関係も変わってしまうんだろうか。それはちょっと、寂しいなぁ。
「ねぇライナー様」
別にライナー様の特別になりたいわけじゃない。
確かに誰かの特別になれたら素敵だし、前はそういうのになりたいと思っていたけど。でも私はこの人がそういう目で私を見ていないのは知ってるし、大人として、人として大切にしてくれているのも知っている。
「村へ行く任務が終わってからも、時々でいいんで話し相手になってくれませんか?」
「構わないよ」
言葉にしてからちょっと子供っぽい願い過ぎたかなと後悔する。それでもライナー様は私の我儘に笑って答えてくれたのだから、もう少しだけ優しさの中で微睡ませてほしい。いつか必ず返すから。
何が出来るかわからない。何なら出来ないことの方が多い。でもいつか、いつかはと思いながら毎日を生きてる。
そのいつかは明日なのか明後日なのか、それとも何年先なのかもわからない。まぁそれまで利子を付けて数えておくので気長に待っていてほしい。
「約束ですからね」
へらりと笑いかければライナー様の腕が伸びて来て、まるで機嫌のいい子供を褒めるみたいに頭を撫でられた。
私はいつも誰かの優しさに生かされている。




