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90.同じようで違う二人


「強引に迫るのもどうかと思うけど、泣き落としってってのはちょっと違うんじゃねぇの?」


 裏門からこちらを見ながらアーサーさんが言った。

 その表情はいつものへらりとした笑顔でも、家のことで頭を抱えて唸っている時の気まずい顔でもなくて。怒ったような、呆れたようなムスリとした表情をしている。


「アーサーさん!」

「ん、エリセはそのままな。下手なことしたら次は噛まれるぞ」


 噛まれるって、犬にだよね。相変わらず犬は私とマレーさんの間に体を挟み込んでは唸り声をあげている。いつもならアーサーさんの姿を見かけた瞬間、擦り寄りに行くのに。

 マレーさんは一緒に来て欲しいと言った。どこに、というのは言われていないけど、きっとそこは約束の場所だ。

 魔王の復活を望んでいた村の生まれで、親も兄弟も。村の仲間たちも勇者ギルバートに殺された。私の両親と同じ末路。私と同じような境遇の人が。魔王の復活を望んでいる。


「あんたには関係ないだろ」

「いやいや。知り合いの女の子が変な絡まれ方してたら気になるでしょ」


 心配されてると、受け取っていいんだろうか。多分アーサーさんがここにいるのはたまたまだろうけど。

 アーサーさんの言葉に頭を振るって、マレーさんが私を向きなおる。その顔は酷く切羽詰まっていて、そんなにも、この人にとって魔王を復活させることは重要なのかと思わされてしまう。


「っ、頼むよエリセ。このままじゃ殺された皆が報われない。アイツに奪われた物を取り返したいんだよ」


 村の皆を殺された。大切な物を奪われた。これは復讐だとマレーさんは言った。

 もし私が知る通りなら、魔王を復活させたがっていた村を滅ぼして回っていたのは勇者ギルバートで。その勇者ギルバートはもうとっくに死んでいて。それでも復讐をするというのなら、相手はきっと彼が救った世界に対してで。

 魔王は、私の体を使って復活するらしい。魔王ミゼーア。猟犬の王と呼ばれ、ヴァイオレットが死んだ理由。多分、今もマレーさんに向かって唸り声をあげている犬の大元の存在。


「年端もいかねぇガキを巻き込むなよ」

「これは誉れだ。神様の一部になれるんだから」


 同じような境遇なのに、なんでこんなにも違うんだろう。

 本当に、それはマレーさんが持つ何もかもをかけてまで叶えたい願いなんだろうか。もしそうなら、私は。


「エリセは魔王にはなれないよ」


 アーサーさんがはっきりとした口調で言い切った。


「俺もそうだが、まずそいつがさせない」


 指差された犬が得意げに鼻を鳴らす。

 渦中の人間のはずなのにさっきからずっと置いてけぼりにされている。いや、ここで急に話を振られてもどう答えたらいいのかわからないんだけど。


「そいつも、そいつの前の飼い主も。エリセにそんなことをさせないために、そいつをよこしたんだから」


 どんどん知らない話が出てくる。

 アーサーさんは何を知っている? なんで私が魔王になるかもしれないって知っている? それに犬の前の飼い主って。


「キスリングの名にかけて。俺にもあの人が守った世界を守る義務がある」


 告げられた名前を私は知っている。詳しいわけではない。でもそれは、ヴァイオレットと、同じ名前だった。

 ヴァイオレットもキスリングで、アーサーさんもキスリング? じゃあ、アーサーさんが言っていた家を飛び出したお爺さんの姉って、もしかして。

 お婆ちゃんの日記ではヴァイオレットは貴族の家を飛び出して旅に同行したらしい。アーサーさんはその人が家を飛して見た景色を知りたくて家を出た。


 アーサーさんはどこで犬について詳しくなった? 実家に同じ種類がいると言っていた。でも、魔王とか、犬の元の飼い主とかは知らないはずで。

 旅をして、上手く呑み込めないことも知ったと言っていた。アーサーさんはヴァイオレットが魔王にならないために自殺したのだとを無理矢理納得して、今ここにいる。

 多分、この人もヴァイオレットに会ったことがある?


 マレーさんは魔王の復活を望んでいる。犬はずっとマレーさんに対して唸り声をあげている。アーサーさんはヴァイオレットを知っている。

 色々ありすぎてだんだん混乱して来た。一度に全部詰め込もうとしないでほしい。そんなに色々言われても困る。


 確かに私はずっと特別な何かになりたかった。誰かに一目置かれる存在とか、すごいね、頑張ったねって褒めてもらえるような何者かに。でもそれは何かを犠牲にしてまで欲しいものじゃなかった。

 魔王が復活すれば多くの人が傷付くし悲しむ。私は当時を知らないけれど、きっと瘴気の時の様にたくさんの生き物が死に、魔物が今度は世界中に溢れるのだろう。

 ヴァイオレットはそうならないために自分で死ぬことを選んだ。それはきっと間違いではなかったけれど、正解でもなかった。

 ヴァイオレットが死んで勇者ギルバートは酷く悲しんだ。その姿を見てお婆ちゃんはずっと苦しんだ。そう言うの、無い方がいい。


 確かに力が欲しかった、特別な何かになりたかった。

 でも今なりたいのはそんなものじゃない。


「私は魔王になれまい」


 私の言葉にマレーさんが目に見えて落胆した。失望と言っても言いかもしれない。

 マレーさんの望む世界は、私の望むものとは大きく乖離していて。同じ様な生まれなのに、同じ様な境遇なのに。何もかも違う。

 私にとっての抱えていきたいと思った何かは、マレーさんにとっては簡単に切り捨ててしまえる物だったらしい。それが、とても悲しくて。


「復讐のために自分と同じような人を作っていいの?」

「なら君は、俺に奪われたままでいろって言うのか」


 何故わかってくれないのかと、自分には何もない。自分は奪われた側だと。返してほしいと願って何が悪いのだと。悲鳴のような叫びを聞きながらも、マレーさんから目を離せないでいる。

 私やマレーさんの家族が勇者ギルバートの手によって殺されたのは事実。でも、魔王が復活したら、もっと多くの人が傷付き苦しむのも事実なのだ。

 私はそんなの望まない。例え優しくしてくれた人の願いであっても。


「本当に、マレーさんの傍には誰もいなかったの?」

「何で、わかってくれないんだよ」


 酷く傷付いた顔をしたマレーさんが呻いた。


「わかった、俺は一人でもミゼーア様を」


 ふらりとマレーさんが私に背を向けて去っていく。

 止めたかった、止められなかった。きっと私の言葉は届かない。私を見ないあの人に、私の声は。どんなに心を向けても、聞き入れてはもらえないんだって私は知っている。あの時もそうだったから。


 裏門の向こうへ消えた背中に、ずっとぐるぐると唸っていた犬が、やっと静かになる。

 ヴァイオレットは私を魔王にしないためにこの子を預けた、か。今更ながらにマレーさんと話す時はよく間に体を挟み込んできてたなと思い出す。足の上に乗ったりと、あんまりそういう雰囲気ではなかったけど、この子なりに守ってくれていたのかもしれない。

 そしてもしそうなら、マレーさんはずっと魔王の復活のために私に優しくしてくれていたのかな、なんて。……、まぁ。そういうのは慣れてるからもういいや。


「まぁ、なんだ。魔王の復活には決められた受け皿がいる。あいつ一人じゃ、どうにもならないよ」


 難しそうな顔でアーサーさんが言った。

 世間的にはきっとそれでいいんだろう。マレーさんと、ちゃんと話がしたかった私の気持ちが宙ぶらりんになるだけで。

 この短時間に色々あった。色んな知らないことが出てきた。飲み込むのに少しだけ時間が欲しい。時間があれば、きっと飲み込める。そういうものだって知ってしまったから。

 握られたまま忘れ去っていた炭酸水が小瓶の中でぱちりと弾けた。


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