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84.似て非なるもの


 あの日、俺はたった一人の男によって全てを奪われた。

 その男は鬼神の様な強さで村の人間を全て切り伏せて行った。

 男も、女も、子供も関係なく。誰も彼もを殺して回った。


 その日は祭りの日だった。

 村のあちこちに火を焚き、角ばった飾りで村中に装飾し、村に伝わる神様を祀る。年に一度の細やかな祭りの日。

 大人も子供も夜更かしをして、眠っている犬の神様に起きてもらえるように朝までご飯を食べたりお酒を飲んだり、踊ったり歌ったりして過ごす。いつも怖い顔をしていたおじさんもこの日は赤い顔でにこにこお酒を飲んでいて、いつもは質素なワンピースを着ているお姉さんもお化粧をしたりおしゃれをしていた。

 毎年、その日が楽しみだった遅くまで友達と遊んでいても怒られないし、美味しいご飯も食べられる。そんな何でもない特別な日だった。


 時々村の爺ちゃんに捕まって神様がどんなにすごい人なのか、とか。世界中の色んなところにある犬の神様を信仰している村の人たちとも協力して神様を信仰していかないといけない、とか。どこかの村で約束の子が生まれた、とか。

 そんな有難いお話を聞かされたりもしたけど、神様に感謝していると言えば爺ちゃんはにこにこしながら炭酸水を飲ませてくれた。

 実際この日ばかりは夜更かししても怒られないし、普段は飲めない炭酸水が飲めるのも神様のおかげなんだし感謝はしていた。


 何にも変わらない、祭りの日だと思っていた。

 それが、何もかも壊れた。


 飾られていた火が倒れ、村のあちこちを焼いていく。

 男が、剣を振り、パン屋のおばさんを殺した。炎が揺れる。何もかもが赤い。

 さっきまで一緒に遊んでいた友だちが、気分よくお酒を飲んでいたおじさんたちが、お祭りに合わせて綺麗におしゃれをしていたお姉さんが。赤くなって倒れている。


 血の匂いなんて知りたくなかった。

 炎と煙が、村を包んでいく。


 俺が殺されなかったのは本当にたまたまだった。

 何の理由だったかはもう覚えていない。ただ、たまたま何かをしに家の中に戻っていて、外で騒ぐ声に怖くなって隠れていただけ。そうして隠れている間に皆、皆死んでいた。

 こっそり覗いた窓の外は何もかもが赤くて。炎の色なのか、血の色なのかもわからない赤の中に、鬼神の様な幽鬼の様な男が佇んでいる。


 あの男が全てを奪った。

 そう思うと胸の中で何かが熱くなった。


 息を殺して家の外に出る。音も経てずにそっと、男に近付いた。右手にはいつの間にか包丁が握っていた。この男が、俺の大切な人たちを殺した。だから刺した。

 後ろから近付いて、背中を刺した。振るえる手で、何度も、何度も。家族を、村の皆を殺した男を殺そうと。

 何回目かの時に振り払われて、しりもちをついた。右手には赤くなった包丁が握られている。


 男が振り返った。その時の男の表情を今も覚えている。

 俺から何もかも奪ったくせに。誰よりも悲しそうな顔をしていた。

 なんだよ、なんなんだよ! お前が殺したんだろ! お前が村をこんな風にしたんだろ!? 何でそんな顔してるんだよ。泣きたいのは俺の方だよ。


 男の手から剣が落ちた。ガチャンと鈍い音が炎の弾ける音に交じって響く。もう、誰の声も聞こえない村の中に。

 自分の息遣いが嫌に耳に付いた。剣を落とした男の手がゆっくりと俺の方へ伸びる。


 ただ、怖かった。苦しかった。悲しかった。

 伸ばされた腕を振り払って走り出す。村を焼き尽くす炎が追ってきそうで怖かった。あの手と炎に捕まれば、皆と同じように俺も赤くなっていたのだと思うと、体の芯が冷えた。

 いつの間にか持っていたはずの包丁は無くなっている。にも拘わらず、男の背中を刺した時のあのぶつぶつと肉の繊維が抵抗する感覚がいつまで経っても消えない。


 後のことはよく覚えていない。

 走って、走って、気が付いたら教会に拾われていた。酷いやけどを負っていたらしい。炎の中を走った気がする。体のそこら中に包帯を巻かれて、ベッドに寝かされていた。


 王都のはずれで倒れていた僕を誰かが拾い怪我の手当てをして、教会に届けた。誰に拾われたのかは知らない。聞く気にもなれなかった。

 何で皆は殺されないといけなかったのか。何で俺だけ生き残ってしまったのか。ただ、平和に暮らしているだけだったのに。

 どうして。


 王都から少し離れた村が全焼したと聞いたのは俺が教会に来て暫く経った頃だった。

 それを聞いて、皆俺の身元に合点が行ったらしい。教会に来る前のことを何も聞かれなくなった。


 村は全焼した。皆死んだ。父さんも、母さんも、友だちも、近所のおじさんたちも皆。

 ただ、苦しかった。なんでこんなことになったのかわからなかった。男をただ恨んだ。


 その村を襲った男が、勇者ギルバートだと知ったのはさらに一か月後で。

 勇者の知り合いに遺書の様な物が届き、それで勇者が死んだと発覚したそうだ。

 国を挙げて行われた告別式には大きな肖像画を掲げられていた。その額縁の中の男こそがあの日村の皆を殺した男だった。あの時死んだのか、その後もどこかで生き延びていたのかはわからない。でも、あの男は死んだ。俺が殺した。何度も刺した。死んでしまえと願って、殺すつもりで包丁を突き刺した。


 苦しかった。虚しかった。俺にはもう何も残っていなかった。

 それでも、俺教会で生かされた。


 拾われた教会でなんとなく暮らし、色んなことを教えて貰った。

 勇者や、その仲間。教会では俺の村が信仰していた犬の神様は信仰していないこと。勇者たちが倒したという魔王と、村で信仰していた神様の名前が同じこと。

 そしてようやく気が付いた。本当は、俺たちの方が異端だったのと。


 あの村は、俺の育った村は魔王を信仰していたらしい。魔王の復活を望んでいた。

 でも、ただ信仰していただけだ。悪いことは何もしていない。魔王の復活に必要な約束の子だってどこか別の場所の魔王を信仰している村で生まれたって話だったはずだ。なのにどうして村の皆が死ななければいけなかったのか。

 どうして、村の皆を殺した勇者ギルバートは讃えられて、皆は殺されなければいけなかったのか。


 頭がどうにかなってしまいそうだった。信じていたものが何もかも崩れた。そんな息苦しい世界で生きないといけないのかと思うと何もかもが嫌になった。

 それから何年も経ったある日。


「あ。マレー、いいところに」

「この子エリセって言うの。仲良くしてあげて」


 ルーナたちが一人の女の子の背中を押してその子が一歩前に出る。

 幼さの残る少しおどおどした少女だった。


「初めまして、マレーさん」


 すぐにわかった。一目で自分と同じ存在だと。どういう理由なのかは自分でもわからない。直感とでも言えばいいのか、それとも運命なのかもしれない。

 この子はきっと約束の子だ。


 神様はずっと俺を見てくれていたんだ。

 チャンスだと思った。父さんと母さんが叶えられなかった願いが、やっと実を結ぶ。あの時逃げるしか出来なかった俺にも、やっと皆のために何かが出来るんだ。

 この子と一緒に約束の地に行けばミゼーア様は目を覚まされる。魔王が復活したその時こそ、俺の勇者ギルバートへの復讐は完結する。


 聞けば、エリセは勇者ギルバートの仲間だった聖女に育てられたという。

 可哀そうに。何も教えられてこなかったんだろう。俺たちが本当に信仰すべき神様も。勇者ギルバートがどんなことをして来たのかも。


 でも大丈夫。

 きっとミゼーア様が俺たちのことを救ってくださる。だから、一緒に。


「初めまして俺はマレー。よろしくね」


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