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81.普通の未来


「その話、知ってるんです」


 驚いたように目を丸くしたライナー様になんだか申し訳なくなる。

 ものすごく言葉を選びながら、私に気を使いながら教えてくれのだけど、私はすでに私自身がどういう生まれなのかを知っていて。私が誰に拾われて、どういうところにいたか。私を産んだ人たちが何を考えていたかも、私は知ってしまっている。

 そしてそれを思うところはあれど受け入れかけてすらいる。


 もちろん最初にあの日記を読んだ時には動揺はあった。けど、まぁそんなものかと、思ってしまったわけだ。

 魔王云々の話はヴァイオレットって言う前例を聞いていたし、あの犬耳女が残していった犬の存在もあって、数日経つと今すぐにどうこうなる問題でもないんじゃないかとよくわからない納得の仕方をしてしまった。


「お婆ちゃんの日記に書いてあって。最近、ちょっとずつ読んでいるんです」


 いつの間にか鞄の中に紛れていたあの日記は、犬がこっそり入れたんじゃないかと思っている。犬自身自分の意志でやったのか、ヴァイオレットが指示しておいたのかはわからない。

 本当はあの日記を読まずにいることだって出来た。それでも読み始めたのは私の意志で。それでいて、こっそり仕込んでおけば私が読むだろう仕込んでおいたと誰かがちょっと憎らしい。

 でも、読み始めてしまったのだから。最後まで、誰にも溢せなかったお婆ちゃんの思いを受け止めたいなって思ってる。


「そう、だったか。いや、すまない」

「いえ……。気にかけてくださってありがとうございます」


 ライナー様の気遣いは素直に嬉しい。だってライナー様も、ヴァイオレットからそんな話を聞かされて悩んだはずだ。でもそこでなかったことにするんじゃなくて、ちゃんと話してくれた。

 お前は悪いものなんだって言ってしまった方が楽なのに。普通の子だと。何も変わらないと言ってくれた。


 お婆ちゃんの日記に書いてあったことと、ライナー様の話に相違はない。ヴァイオレットに聞いたライナー様の主観も入っているだろうからちょっと印象が違うところもあるけど。

 ……あの人も守ってくれていたんだなぁ。

 精霊様は魔物を産む存在だった。何も知らなかったとは言え、精霊様の住む森にいつも一人で踏み入って、やれ気分転換だと言って気ままにふらついて。でもヴァイオレットは私を村へ追い返さずに好きにさせてくれた。

 多分私の知らないところで色々とやっていたんだと思う。でもその様子をおくびも出さなかった。見せないようにしてくれていた。


 きっと、それはお婆ちゃんも同じ。

 お婆ちゃんは勇者ギルバートが好きだったけど、別に私をどうこうしたいほど憎んでいたわけじゃない。と、思いたい。少なくとも、日記に書き綴っていた様な気持ちを私に微塵も見せずに、あの時まで私を育ててくれていたのだから。


 幸せになれと、私にそう願った人がいるとヴァイオレットは言っていた。多分、勇者ギルバートだ。優しい勇者様は、何も知らない赤子を拾ってお婆ちゃんに預けた。

 何も知らないままでいられるように、都合の悪い事実は全部隠してしまって、自分すらもいなくなってしまった。

 お婆ちゃんとヴァイオレットさえ秘密にしていれば、私は何も知らないままだった。少なくとも、私はお婆ちゃんの日記を読むまで自分がどんな存在かなんて知らなかったのだから。


 私をお婆ちゃんに預けてくれたのには感謝している。

 それはそれとして、お婆ちゃんが勇者ギルバートのことばっかり考えてたのにはちょっと嫉妬心があるけど。

 勇者ギルバートは私の恩人で、そして私の両親を殺しただろう人でもあるのだ。


 魔王を望んだ人々がいたのにも驚きだけど、両親がそうだったことにも衝撃を受けた。

 ずっと、私をお婆ちゃんに預けたのはのっぴきならない事情があったんだろうと思っていた。顔も覚えていないけど生きてさえ入れば、どこかですれ違うくらいはするかもしれないと思っていた。

 両親に会いたくないわけではなかったし、いつか話をしてみたいとは思っていた。どんな人でも、「何とか生きている」くらいは伝えたいと思っていた。


 なのに実はとっくに死んでいて、世間的には悪い人だったかもしれないとは思ってもみなかったなぁ。

 両親に対しても、勇者ギルバートに対しても、私はこれからどういう感情を向けていけばいいんだろう。


「私、自分について何にもわかってなかったんですね」


 魔王が復活するための器。約束の土地に行けばそのまま、自分の体が魔王を下ろす受け皿になる存在。

 自分がそんなものだなんてなぁ。特別な力が欲しいとか、いつか王子様が迎えに来てくれるはずだと願ってた頃だったとしても、びっくりしちゃうような生まれが隠されていたわけだ。

 そしてそれを、今の今まで優しい大人たちの手によって隠されてきた。


「私、多分お婆ちゃんに褒めて欲しかったんです」


 何も知らないまま幸せになれと、願ってくれた人たちがいた。

 確かに何も知らない方が幸せだったかもしれない。

 それでも知ってしまった。知りたいと願ってしまった。


 間違いだと、私は思わない。思いたくない。

 なにも知らないままでいてほしいと願った人達の思いを無駄にしてしまうかもしれないけど、私を大切にしてくれた人たちがいたのも知ってしまったの。

 そして、そんな人たちについて知りたいと思ってしまった。


「不思議な力を手に入れたり、特別な誰かに見初められたりして、一人前になって」


 家族になりたかった。冗談や軽口を言い合ったり、私が言えずに隠していたことも話したかったし聞かせてほしかった。

 私はあの時精霊様の森に行くまで、本当に何も知らなかった。


「お婆ちゃんに頑張ったね、よかったねって言って欲しかったんです」


 誰かの優しさに守られているとは知らなかった。何もかも呑み込んで見守ってくれている人がいるなんてわからなかった。好きなだけじゃ、どうにもならないことがあるなんて気付かなかった。

 自分じゃどうにも出来ないことを、誰かがそっと支えてくれていた。本当のことを知って苦しく成ったりもしたけど、それ以上に誰かの優しさに気が付けた。

 だから私は、誰かを恨んではいない。


「でも、こういう特別はちょっと考えてなかったなぁ」


 私に何も知らせずにいてくれたのは、私が何も知らないままでいた方が幸せでいられるから。そう思って皆がちょっとずつ心を砕いてくれたから、今の私がある。

 そして目の前のこの人も私に優しくしてくれた人の一人だ。


「さっきも言ったが、君は普通の子だよ。そうであるべきなんだ」

「なれますかねぇ、普通」

「なれるよ、絶対」


 ライナー様が力強く言い切った。その言葉に、ちょっと重たい気持ちが軽くなった気がする。

 なんとなく熱いものが込み上げて来て慌てて俯いた。テーブルの下では相変わらず犬が私の足の甲を枕にして犬が昼寝をしている。規則正しい寝息が変に心地よくて、安心している私自身に呆れてしまった。


 恨んでないんじゃない。恨めないんだ。

 悪いことをしていたかもしれない両親も、多くの人を危険に晒す行動をとったお婆ちゃんも、信用していいのかもわからないこの犬も。私は嫌いになれない。

 他の誰かが許さないのなら、代わりに私が許してあげよう。私は聖女ではないし、聖女にはなれない。でも修道女だ。教えを説き、導く者の端くれだ。


 きっと、ライナー様の言う普通とは違うのかもしれないけど。それが私にとっての普通になればいい。そういう普通があってもいいんじゃないか。

 そう思うことで私自身が救われる気がした。


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