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80.愛とか恋とか


 今日はこの後ライナー様と会う。なんでも大事な話があるんだとか。

 シャルロッテさんについてかな。最近顔を見せてくれるようになったし。私としては仲良くしてくれるのなら嬉しい。ただ、ライナー様的にはもうちょっとタイミングを見たかったのかもしれない。

 会ってみるかとは言われていたけど、シャルロッテさんは何度お願いしても連れて来てくれないと言っていたし。


 なんとなく、村にいた時とは違いライナー様も普通の人なんだなぁって思うようになった。

 もちろん今もライナー様に会えるのは嬉しい。でも今はそれが一番ってわけじゃない。憧れている気持ちが無くなったわけではないけど、よくルーナたちが言うような気持ちはないって私の中できちんと整理が付いたんだと思う。


 だってライナー様は最初から優しいお兄さんだった。

 それ以上なんて無い。だから目の前でライナー様が真剣な顔をしていても勘違いなんかしない。今はただ、大事な話というのをしっかり聞かなきゃだ。

 珍しく広場での待ち合わせではなく、大通りをいくつかそれた先の喫茶店の奥で二人向かい合って座る。


「話さないといけないことがあるんだ」


 と言ったライナー様はなんだか難しそうな顔をしていて、場所も相まってそんなに言い難い話なのかと身構えてしまう。

 喫茶店の店内には蓄音機が置いてあってなんというのかよくわからないけどしっとりした曲が流れていた。


「もっと早くに伝えるべきだとは思っていたんだが、落ち着いたらと思っていたら遅くなってしまった」

「え、なんの話ですか?」


 正直真面目な話としかわからない。ライナー様は言いにくそうにしているけど、そんなに言いにくい話ってなんだろう。私に関係のある真面目な話、……犬についてとか? もしかしてアレックス元帥に報告ちゃった?

 あの、ごめんなさい。この間キリルにも怒られたし、近いうちに話そうとは思ってたんです。

 そんなことを考えていた私を他所にライナー様は小さく息を整えた後、私を真っ直ぐ見て口を開いた。


「君の出自について」


 出自って、え? お婆ちゃんの日記に書いてあったアレのこと? 何でライナー様が知ってるの? 

 というか犬じゃない? 今もテーブルの下で人の足の甲を枕に寝ている犬は関係ないのね?


「ヴァイオレットに聞いたんだが、落ち着いて聞いてほしい」


 疑問はすぐに解消されたわけだけど、相変わらずライナー様は迷いながら言葉を選んでいる様子。いや、まぁ、私もあの日記を読んだ時は戸惑ったし、揶揄われているのかと思ったくらいだ。

 それにしてもそっか、ヴァイオレットに。あの犬耳女なら知っててもおかしくはない。

 ヴァイオレットは最後までよくわからない奴だった。私の前にだけ現れるんだと思っていたら、普通にライナー様ともこっそりあっていて。別に何とも思っていないはずなのに、なんかこう、ちょっとだけもやもやする。


「君は、魔王の受け皿になるために作られたんだ」


 なんて答えたら良いのかわからなくて押し黙った私に重苦しい口調で、つい最近日記で読んだことをライナー様が言った。眉間にシワが寄っている。

 魔王を復活させるために産み落とされた存在。そういう思想の人たちが集まって出来た村の生き残り。


「勇者ギルバートが魔王の復活を望む人々から君を保護した」


 それが私。

 全く違う人に同じことを言われるってことは、きっとこれは本当なんだろう。全く実感がないけど、私って結構危ない存在だったのかなぁ。

 ライナー様は私を見て、それから少し視線を落とした後また私の目を真っ直ぐ見た。


「だが、安心してほしい。魔王が封印されている地に近付きさえしなければ君は今まで通り暮らしていける」


 「約束の地には行くな」とヴァイオレットも言っていた。魔王が封印されている土地がその約束の地なんだろうなぁ。

 まぁ、うん。私だって魔王に復活してほしいわけではないし、今まで通り? 暮らしていけるんだったその方がいいに決まってる。

 誰かに悲しい思いや苦しい思いをしてほしい訳じゃない。魔王の復活を望んでいた人たちがいたとしても、それで悲しむ人がいるならその願いは否定されるだろう。そういう人たちとの向き合い方を、私は考えていきたい。


「君を保護した勇者ギルバートはそんなことは望んでいない」


 力強い言葉でライナー様が言った。

 そうだね。魔王が復活したらたくさんの人が苦しむ。勇者ギルバートはきっと望まない。ならどうして、魔王が復活する可能性を残したのか。私を保護したのか。

 お婆ちゃんの日記には書いていなかった。でも、きっと。優しい人だったんだろうなぁ。優しいから、赤ちゃんだった私を悪いことを考えていた両親たちと一緒に出来なかった。


「きっと、聖女ソフィリアも本当はそうだったはず」


 お婆ちゃんだってそう。勇者ギルバートを愛していたのを差し置いても、何も知らない赤ちゃんだからって言うのがあったんだと思う。

 私が知らないだけで、気付いてなかっただけでたくさん守られてきたんだなぁ。


「ヴァイオレットに頼まれたんだ。君を村から連れ出してほしいって」

「あの、」


 キリルは悪い奴がいっぱいいるって言ってたけど、幸いにして私の周りには優しい人に溢れている。だから私自身はそんなに心配はしていなくて、ライナー様にも悪いことにはならないって安心してほしくて。

 声を上げかけたけど、ライナー様があんまりにも真っ直ぐな目でこちらを見るのだからつい口ごもってしまった。


「あいつも君の幸せを望んでいた」

「ライナー様」

「君は普通の子なんだ」


 そう言ったライナー様は少し目を伏せて、苦しそうに小さく息を吐く。この人は私が思っているよりずっとずっと私のことを心配してくれているんだと思う。

 それは愛とか恋とか、そういった不純物が混じったものではなくて。きっと一人の人として、大人として、守るべき対象としての慈しみだ。

 そう言うのがわかってしまったから。その言葉はヴァイオレットの言葉を借りたライナー様の願いの様にも聞こえた。


「突然こんなことを言われても困ると思うんだが、皆が君の安全と幸せを願っているのだけは理解してほしい」

「そうではなくて、」


 幼い憧れの終わりはいつだって呆気ない。まるで夢が覚める時みたいに。

 真剣な表情で表情のライナー様になんとなく気まずくなる。かなり話すのに勇気がいっただろうに、私はもうその話を知っていて。心の準備どころか、すでにまぁそんなものかと受け入れかけてすらいて。

 でも、ライナー様の心遣いが嬉しかったのは確かで。


「ごめんなさい、私」


 なんとなく気まずいままゆっくり息を吸って吐き出す。

 正面には心配そうに私の様子を伺う優しい人。間に挟まったテーブルの下には相変わらず人の足を枕に寝ている正体不明の犬。


「その話、知ってるんです」


 吐き出した言葉に目を丸くするライナー様に、申し訳ない気持ちになった。


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