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79.それでも日々は続いていく


 どういうわけか、私は今ルーナたちとシャルロッテさんに囲まれている。

 え、本当になんで?


「今日は誰のお手紙?」

「ラブレターって素敵よね」


 にこにこと、それでいてきゃあきゃあと。

 どうやらピーター宛に書いた手紙を持っているのを見られたらしい。いえ確かに男の人に向けて書いた手紙ではあるけれど皆が思うような内容ではないわよ?

 というかいつのに仲良くなったの? もしかして私が知らないだけで恋バナって女の子の必須科目なの? 私習ってないんだけど。


 すっかり意気投合して私の手紙の相手を夢想する四人に断りを入れてそっと修道院を抜け出す。今日はアスターおじ様たちが来てくれて、二人にこの手紙を村までお願いしなきゃだし。

 修道院を出て広場の方まで小走りで進む。犬も私につられて尻尾が上がっていて、やっぱりこの子、歩くの好きなんだなぁ。


「キリル」

「ん、久しぶり。アスターさん後から合流するって」

「そうなんだ。あ、村に手紙頼んでもいいかな」


 広場の片隅でキリルと合流して、いつもの様に村の皆の様子を聞く。

 二人は行商として王都と村を往復していて、村の皆がどうしているかもよく聞かせてくれる。手紙は……後でいいか。


「キリルはどう? お仕事楽しい?」

「まぁそれなりに楽しいよ。商会の皆も優しいし」


 商売については私はよくわかんないから何とも言えないけど楽しいならいいや。

 アスターおじ様は孤児だった。おじ様が子供の頃は孤児院もいっぱいで路地裏で集まって暮らしていた。

 その当時の仲間を食べさせるために悪いこともしていたんだけど、勇者ギルバートと出会い、彼の旅に付いて行き、そこで学び、ついには商人になった。そして今は当時の仲間を雇い、孤児や行き場のない人を見つけては働き口を紹介しているという。


 自分を変えてくれたのはギルバートとソフィリアだったと、以前アスターおじ様は言っていた。アスターおじ様は二人に感謝しているし、商会の人たちも皆アスターおじ様に感謝している。とてもいい関係で成り立っているんだと思う。

 その二人はアスターおじ様を置いていって、それでも日々は続いている。


「ずっと、聖女ソフィリアのことがよくわからなかった」


 ぽつりと、キリルが溢した。正直いつかこういう話題が出ると思っていた。ずっとお婆ちゃんに思うところがあったみたいだし、ちょっと遅いくらい。

 本当はお婆ちゃんが生きている内にちゃんと話が出来て和解するのが一番良かった。でも、そうはならなかった。


「母さんを僕から解放してくれたのは感謝している。それはそれとして、最後に話す機会が欲しかったけど」


 キリルのその願いが叶ったのは村を出て行く直前だった。話は出来なかったけど会えた。大切にされていたと実感出来た。と、付け足してキリルは笑う。

 それから少し気まずそうな顔で私を見た。


「エリセは知らないだろうけどさ。エリセとライナーさんには変なのがまとわりついてる」


 変なのとは。

 曰く、黒い靄の様なもの。嫌な感じの何か。


「ずっと憑いてるのに、なんで聖女ソフィリアは払ってあげないんだろうって思ってた」


 だから、お婆ちゃんを信じていいのかわからなかった、と。

 悪い人ではない、とは思う。自分をあの教会に住まわせてくれて、生活の面倒も見てくれていた。でも力があるのに何もしない人だとも思っていたらしい。

 お婆ちゃんは悪い人ではないよ。誰にも、何にも話せないことがあっただけで。その結果、誤解を招いちゃったかもしれない。


「こんなの言われても困るだろうけど、その靄みたいなのって今も憑いてるんだ」


 そう言われて自分の体を見下ろしてもなんともない。

 ずっと憑いていたのなら犬ではなさそうだし。そう考えてふと、お婆ちゃんの日記を思い出す。


「それ、多分精霊様の加護だと思う」

「はぁ?」

「いや、なんか。お婆ちゃんの日記にそういうのが書かれてたから」


 ライナー様も、多分そうだ。最初に精霊様が現れた時ってライナー様以外に見える人がいなかったし、その時にそういうやり取りをしていても不思議じゃない。

 でもそっか、そういう理由でお婆ちゃんのこを疑ってたのか。精霊様の加護はお婆ちゃんが頼んで付けて貰ったものらしいし、キリルが嫌な感じがしてもお婆ちゃんはどうにもしないよね。


「なんで言わなかったの」

「私もつい最近知ったんだってば」

「ふーん。他に何か隠してない?」


 呆れたような視線を向けられて、思わず逃げる様に視線を逸らす。逸らした先には、絹がいる。あの犬についても、言ってないんだよなぁ。

 キリルには見えていない。し、見た目が一般向きではない犬を人に紹介するのはちょっと勇気がいる。


「ええと、ヴァイオレットのことは、聞いてるんだよね?」


 村で起きたことをキリルは全部伝え聞いている、はず。

 お婆ちゃんが瘴気を生み出していたのも、瘴気から生まれた魔物も、そしてその魔物が村に入り込まないようにヴァイオレットが秘密裏に処理していたことも。

 頷いたキリルを見届けて、ゆっくりと言葉を選ぶ。どんな姿をしてるかは、言わない方向で。人を選ぶ見た目をしてるし。


「そのヴァイオレットが連れていた犬が、今私のところにいる」

「なんでもっと早く言わないの!」


 結果、怒鳴られた。


「ヴァイオレットの犬ってあれでしょ? 黒くて目のない口が耳まで裂けてるやつ!」


 キリルの顔が引き攣ってる。

 というか犬の見た目知ってたんだ。ならそうだよね、そういう表情になるよね。行動はまんま犬だけど、間違ってもあの犬に可愛いなんて感想出ないよね。

 最近あの犬を可愛いと言う人に会ったし、私自身あれを見ても犬だなとしか思わなくなっているからキリルの反応にちょっと安心した。


「その話ライナーさんにはしてるの?」

「ライナー様は知ってるよ。でも悪いことしてるわけじゃないから、アレックス元帥には報告してないかな」


 アーサーさん曰く飼い主には悪さしないみたいだし、今のところ出ている被害も私のベッドを返してくれないだけだし。

 今だって私の隣で大人しく伏せて寝ている。見た目に反して行動が犬過ぎて本当に悪さする存在なのか疑ってるくらいだ。


「よくないよ、そういうの。悪気がなくても酷いこと出来る奴もいるんだよ」

「そうは言っても、相手は犬だし」

「人じゃないなら余計に注意して! 爪とが牙とかあるんでしょ!」


 はい。怒られた。

 まぁ、うん。同じ様な状況で、ぎりぎりまでヴァイオレットについて皆に話さなかった前例が私にはあるので素直に頷いておく。

 いやだって、ヴァイオレットは本当に悪いことする奴じゃなかったし。あいつの連れてた犬なら、悪いことにはならないんじゃないかなって。はい。ごめんなさい。反省してます。


「あの村でずっと暮らすのならそういうの考えなくてもよかったのかもしれないけどさ、今はそうじゃないんだから。もっとしっかりして」


 ぐうの音も出ない。ちゃんと、アレックス元帥にも話した方がいいのかなぁ。でも何にもしてない犬のことで気を揉ませるのも悪いし。

 それにしてもキリルはいつの間にかしっかりしたなぁ。男の子は三日会わないと別人って言うらしいけど本当だったんだ。


「おう、何話してたんだ?」

「アスターさんからもエリセにもっと危機感持てって言って」

「うん? エリセは箱入りだからなぁ」


 お説教中に合流したアスターおじ様はそう言って私の頭をガシガシと撫でて。

 え、箱入りって、もしかして私世間知らずだと思われてる? 自分では結構しっかり者だと思ってたのに。

 抗議の意味を含めてアスターおじ様を見上げれば苦笑いされた。解せぬ。


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