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77.美しく咲く花は


 すっかり住み慣れた修道院で、いつもの様に先輩たちの手伝いをしながらご寄進の整理をする。

 お預かりしたご寄進を綺麗に並べ、以前の物を下げて。村にいたころには頻繁にはなかったこの作業も日常になって来た。

 この細々した作業も、胸の内のもやもやも、神様は見てくれているのかしら。見ているだけで、手を差し伸べてはくれないのだろうけど。そんなことを考えているからお救いにならないのだとか、そういうのはわかっててやってるから別にいいの。


 ぶちぶちと脳内で色々吐き出しながらご寄進を整理しつつ、時折礼拝に来られた人の案内をする。

 神様に対して、思うところはある。祈るだけで救われるのなら、誰よりも世界のために祈っていたはずの人たちが一番に救われるべきだ。


 誰よりも世界のために祈りを捧げた人。お婆ちゃんは……、世界よりもただ一人を望んでしまった。

 だから、ああなった。なんて、思いたくはない。村に閉じ籠って、最後の最後まで自分の気持ちを吐き出す場所すら与えられなかった人生は、果たして救いがあったとは言えるのだろうか。

 たった一人を愛することすら許されず、心を殺しながら大切な人が残した仇のような存在を育てる日々は、お婆ちゃんにとってどんな心地だったんだろうか。


 勇者ギルバートは。あの人は私を拾い上げお婆ちゃんに預けてくれた恩人だ。そして、顔も知らない両親を殺した人。

 お婆ちゃんの一番の人にずっと、ずっとなんとも言えない嫉妬の様な物があった。けどお婆ちゃんの日記を読んで、さらにどうとらえたらいいかわからない人になった。

 多分、私の両親は世間から見たら悪い人だったんだと思う。魔王が復活したら魔物が溢れ出して怪我をしたりする人が増えるのに。

 なのに村ぐるみで魔王の復活を望んでいて、それを勇者ギルバートに阻止されて、そのまま死んじゃって。


 残された私を、二人はどういう気持ちで拾って育てたんだろう。アスターおじ様は、このことを知ってたんだろうか?

 大人は皆隠しごとが多い。こういう時、人は何もかも投げ出したくなるのかな。


 マレーさんに言われたことを思い出す。縛られているようだと言われた。自分なら連れ出せるとも。

 何だろう、優しい言葉のはずなのに、素直に嬉しいと思えなかった。気にかけてくれたのは有り難いと思ってる。

 本屋のお爺さんと同じように逃げてもいいと言ってくれたのに、あの時の様に心が楽にはならなかった。マルチダが言っていたように、マレーさんの様子がおかしかったのもあるのかもしれない。でも、それでも。


「すみません」


 いけないいけない。

 すっかり考え込んでた。


「はい。どうされましたか?」

「友人に会いに来たのだけど……久しぶりね、エリセ」

「キカ! 久しぶり!」


 掛けられた声に驚きつつも気を取り直して振り返れば、そこには悪戯っぽく笑ったキカがいて。

 キカが修道院に会いに来てくれた。この間貰った手紙に近いうちに会いに行くと書いてあったけどこんなに早く会えるとは思わなかった。

 正直、村で別れた時はもう二度と会えないと思っていた。それがどういうわけか、王都で叶っている。


「頑張っているのね」

「私なんてまだまだだよ」


 久しぶりに会う人は皆そう言うけど、村の教会にいた時とやっているお勤め自体は変わらない。ただ人が村よりも圧倒的に修道院に来る人が多いので時々ちょっと目を回しているくらいで。

 色んな人に助けられて、何とかなっている。まぁ、悩みが無いわけでもないけど。


「聞いてもいい?」

「なあに?」


 にこにこと、キカが笑っている。

 私にとってキカは考えを改めるきっかけをくれた人だ。自分で決めてもいいと言ってくれた。何を信じて、どうするか。

 何を幸せとするかも。


「ある人にね、縛られているように見えるって言われたの」


 自分ではそんな風に思っていなかったんだけど、マレーさんにはそう見えるらしい。自由になるのが幸せだと言った人には、私が不幸に見えるらしい。

 王都に来たかった。それが叶った。お婆ちゃんと家族になりたかった。それは出来なかった。他にも、あの日記の内容。自分が魔王の復活するための器だなんて言われてもどう反応していいかわからないとか。そういうことを加味すると確かに不幸な境遇といえるのかもしれない。

 でも、それでもさぁ。


「今の私は不幸に見える?」


 こうして話を聞いてくれたり心配してくれる人がいるのは、不幸じゃないって思いたい。

 幸せだと胸を張って言えるわけじゃないけど、不幸じゃないって、目の前の素敵な人に否定してほしい。キカはいつの間にか俯いてしまっている私の頬を優しく撫でて、満面の笑みを浮かべてくれた。


「悩んでいるようには見えるわ。でも決して不幸とは言い切れない」


 欲しがったのは私なのに言わせた感じがしてちょっと申し訳なくなる。


「他に何か言われた?」


 他に。他、真剣な目で私に手を差し出したマレーさんについては、ちょっと言えない気がする。

 キカにはアレックス元帥が後見人だと話してある。アスターおじ様ともやり取りがあるはずだし、きっと本当の事情とかも知ろうと思えば知れる人だ。

 だから、マレーさんがどこかへ行こうって言ってくれたとは話せない。と、思う。話したら、きっと善意で言ってくれたマレーさんに迷惑がかかる。


「えっと、他の人には逃げてもいいよって。時間が解決してくれることもあるからって」

「確かに、それも一つの方法ね」


 本屋のお爺さんに言われた内容は殆ど変わらないのに、どうしてマレーさんとは違う印象があったんだろう。

 日記の内容を知る前と後だからなのかもしれないけど、素直に受け取れなかった理由は本当にそれだけなのかな。


「でも、あなたはそういうの苦手でしょう?」


 きっぱりと言い切ったキカに思わず顔を上げると彼女は困ったように笑っている。

 苦手、なのかな。考えたことなかったけど、そう言われるとそうなのかも。逃げたくないとか、そんなに強い意志があるわけではない。ただ逃げ出した先で、居心地が悪くなるのが嫌なだけ。それが、苦手って言うのかな?


「投げ出したり、見ないふりをしていても、ずっと引き摺って考えてしまう」

「……そうかも」

「だったらもう、飛び込んでいくしかないわね」


 村に来た時とは違うふわふわしたワンピースはフリルがいっぱいで可愛い。

 ただあの時と違うのはキカの薬指に見慣れない指輪がされていること。


「飛び込むの?」

「そうよ。とことん、納得するまで考えて、そうして答えを見付けるしかないわ」


 そう言うとキカは私の手を取る。

 キカは村で話した時よりももっと自信にあふれているように見えた。


「そのための手伝いならいくらでもしてあげる。聞きにくいことがあるのなら一緒に聞きに行ってあげる」

「キカ……」

「どう? こういう言葉の方が、エリセには嬉しいんじゃないかしら」


 この人は自分で選んで飛び込んでいった。

 生まれ育った家を守るために、あいさつ程度の人と結婚して、自分で守りたいものを掴み取ろうとした人だ。

 この力強い言葉の方が、私にも出来ると。大丈夫だと背中を押してもらえているようで、少し嬉しい。


「ずるい」


 ずるいずるいずるい。だって、私だってそんな風になりたい。

 私だってもっと出来るって、大丈夫って言えるようになりたい。


「なんでそんなに簡単に言えちゃうの」

「うふふ。私は私が言って欲しかった言葉を言っただけよ」


 少し頬を膨らませて見せれば、キカは悪戯が成功した子供の様に笑う。

 言って欲しかったってことは、きっとキカも悩んだんだ。たくさん悩んで、たくさん考えて、その上で自分の守りたい物のためによく知らない人との結婚も呑み込んで。前よりももっと自信に満ちた顔で笑ってる。

 かっこいいなぁ。私も、キカみたいになれたら。


「もうちょっと、どうしたらいいか考えてみる」

「うん。私はいつでも、あなたが選ぶ未来が幸せであることを願っているわ」



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