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75.誰かのためだけの歌


 日記を捲る。

 最近広げる本といえば聖書かこの日記か、他は本屋のお爺さんに貰った詩集ぐらい。

 詩集を開くと寄って来て横から本の中を覗いて来る犬も今はベッドを占領してぐっすりだ。他の本は興味がないみたいだし、何なら詩集を貰った時から気になっていたみたいだし犬にも一目惚れみたいなものってあるのかもしれない。


 書き殴った様な文字を追っていつの間にか鞄の中に入っていたお婆ちゃんの日記を読み進める。

 丁度このページに書かれているのは丁度私がお婆ちゃんに預けられた時のこと。


 もう何年も会っていなかった勇者ギルバートが突然村にやって来た。

 人目を避ける様にぼろ布を身にまとったその人は酷く窶れていたらしい。年を取って、随分と見た目は変わって。それだけではない何かも経験しているようだった。

 そんなかつての想い人が突然自分の前に現れて同じようなぼろ布に包まれた赤子を差し出した。きっと他のページとは違い荒い筆跡はお婆ちゃんの動揺の表れなんだろう。


 日記の中の勇者ギルバートが言うには、私はとある村の生き残りだそうだ。そしてその村は、魔王の復活を望んでいる人たちの村だった。

 ……は? え、まってどういうこと? 魔王って、あの魔王だよね? 勇者ギルバートやお婆ちゃんたちが倒したって言うあの?

 その、人たちの生き残り? 私が? まっさかぁ。いやいや、だって、え? 本当に? 確かに赤ん坊の頃に村の教会に預けられたって聞いてる。

 顔も覚えていない両親に生きていればどこかで会えるんじゃないかって思いつつも、生きていない可能性もあるって覚悟してた。それが、とっくに死んでいるどころか魔王の復活を望んでいた?


 読み書き出来る言語が並んでいるはずなのに、理解出来ない言葉が書かれている。

 魔王を復活させるために動いている人たちの話を聞き、勇者ギルバートが単身で乗り込んだって何? そこにいたのは魔王を復活させるための器の赤子って。じゃあ私って。


 日記の中のお婆ちゃんは勇者ギルバートを優しい人だという。人を愛し、信じていた彼が、魔王の復活を望む人間をどうしたのか。何を感じたのか。震えるような、感情に任せて走らせたような文字が記している。

 私と、ヴァイオレットは同じ様なものらしい。

 アスターおじ様は魔王の呪いで死んだと言っていたけど、お婆ちゃんの日記には、死んだ魔王がヴァイオレットに乗り移る呪いをかけられていたと書かれている。


 勇者ギルバートはヴァイオレットが好きだった。だから、同じような状況だった私を助けた? お婆ちゃんは勇者ギルバートが好きだった。だから、そんな状況でも私を引き取って育てた?

 え、えぇ? なんだか突拍子もない話が多すぎて本当か嘘かもわからなくなってきた。

 揶揄おうとしてる? ってくらい知らないことがいっぱい書かれてる。でもお婆ちゃんは人を揶揄って遊ぶような人じゃないし。その上ページの最後には精霊様に加護を貰ったとも書かれている。


 自分は聖女なんかじゃない。本当に幸せになってほしかった人を、救えなかった。彼の幸せを願えなかった。

 でも勇者ギルバートに嫌われたくない。だから精霊様にこの赤子を差し出す。私ではなく自分のために。自分がこの赤子を害さないように、と。


 なんか、うん。はい。衝撃、という言葉じゃ足りない感じ。そっか。うん、そうかぁ。

 好き、だったんだなぁ。勇者ギルバートが。魔王の復活とか、精霊様がいい人じゃないって言うのもどうでもいいくらいに。

 嫌われたくなかった。失望されたくなかったんだなって言うのが伝わって来た。だから、色んな気持ちを押し殺して私を育てた。誰にも何も溢せず。最後は精霊様に唆されて、瘴気生み出した。


 漠然と、瘴気は魔物を生み出す悪いものってくらいしか知らなかったけど、瘴気が生まれるのにも理由があるのかもしれない。

 自分の気持ちと、求められる姿の齟齬とか。誰かを強く愛する気持ちと失望されたくない、嫌われたくないって言う恐怖心とか。そういうものがだんだん蓄積されて、瘴気が生まれるんじゃないかと思ったり。

 思うだけでそれがどう、というわけじゃないけど。


 私は、お婆ちゃんが好きだった。大切だった。でもこの日記を読んで、知らない一面を知って。今まで通り好きだと言えるのかと言われたらちょっとわからない。

 好き、だったのになぁ。


 好きって、愛ってなんなんだろう。この間ケイティと話した時のことをなんとなく思い出す。

 恋愛って素敵なことだ。それは本当にそう思ってるただ、私の知る人たちは、恋愛で苦しい思いをしていた人ばかりなんじゃないかと思った。


 教会が伝えている勇者ギルバートは困っている人を見過ごせず、人々の為に剣を振るった心優しい青年だった。多くの人の憧れで、お婆ちゃんの告別式同様、彼の告別式でも多くの人が王都の教会に集まり祈りを捧げた。

 アスターおじ様は勇者ギルバートはヴァイオレットが好きだったと言った。好きな人に何も話してもらえなかったと悩んでいたと。その姿はまるで普通の人の様に思えた。

 お婆ちゃんにとってのギルバートは自分を連れ出してくれた人。自分に世界を見せてくれた大切な、好きな人。

 私にとっては、私をお婆ちゃんに預けてくれた人で、多分私の幸せを願ってくれたもう一人。


 ……幸せ、かぁ。

 何も知らずに幸せになれと願われていた。じゃあ、知ってしまったら幸せになれない? 確かに知らない方がいいことってあるんだなぁって言うような内容だったけど。

 そんなことを思い耽っていたら不意に部屋の扉を叩く音がした。


「エリセ、いる? ちょっと受け取ってほしいものがあるの」


 ルーナだ。

 一先ず日記を閉じて立ち上がる。今日読んだ内容は上手く呑み込めないけど、一度棚に上げておいた。当分その棚を見上げてどうするべきかと頭をうんうん悩ませるはめになるんだろう。


「今度教会のミサで聖歌隊が歌うんだけど、その時の歌詞を渡しておこうと思って」


 ルーナは幼い頃から聖歌隊に入っている。

 教会で何度か歌っていて、聖歌隊の歌を聞くためにミサに参加する人もいるくらいなんだとか。


「エリセは聖歌隊の歌を聞くのは初めてでしょ?」

「ありがとう、助かるよ」


 渡された紙に視線を落とせば曲目と歌詞が手書きで書かれている。わざわざ作ってくれたのかな。


「何かあった?」

「うん?」

「なんだか表情が暗い気がして」


 あー、うん。そんなに、浮かない顔してたかな?

 確かに棚上げしたばかりの問題のおかげであんまりいい気分ではない。


「ええと、ちょっとね」

「そう。もし、何かあるなら言ってね。きっと力になるわ」


 にっこりと笑うルーナにつられて笑顔を作る。

 優しいんだよなぁ。だからこそお婆ちゃんのことは何にも話せないのが申し訳なくなる。


「ルーナの幸せってどんなもの?」

「私の幸せ?」


 ケイティは自分にとっての王子様の様な人と結婚して家族で小さな家に住むのが理想の幸せだと言った。

 なら私の幸せは。私が望まれた幸せはどんな形をしているんだろう。ルーナにとっての幸せは。


「私歌が好きなの」

「じゃあ、歌っている時が幸せ?」

「ええ」


 いつもの様に柔らかい笑顔でルーナが応える。

 何だろ、幸せのハードルが低いと言うのかな。ケイティよりももっと身近な幸せ。そういうのもあるんだなって思った。


「ああ、でも一つだけいつか叶ったらいいなって思っている夢もあるのよ」

「どんなの?」


 首をかしげる私をじっと見た後ルーナが悪戯っぽく笑う。


「私ね、バーというところで歌ってみたいの」


 バーとは。え、バー? ……って、アレ? お酒が飲めるところ、だよね?

 村にはなかったけど、アスターおじ様がくれた小説に出てきたし知ってる。


「バーではね、綺麗なお姉さんが歌ってるらしいの。私もいつか綺麗なお洋服を着て歌えたらなって」


 それは、普通逆なんじゃないだろうか。

 バーで歌うよりも教会で賛美歌を歌う方が厳格の気がする。なんと答えるか悩んでいる私に気が付いたのかルーナがゆっくりと口を開く。


「讃美歌は神様への愛を歌うものでしょ? 私はそうじゃなくてだれか特定の人。例えば「あなた」という存在にだけに聞かせる愛の歌を歌ってみたいの」


 ルーナは小さい頃から修道院にいるらしい。

 それがいつからかは知らないけど、修道院の生活しか知らないのかもしれない。もしかしたら私が思うのとはちょっと違うものを想像していて、変な憧れ方をしているのかな。

 修道院にいるのなら村のおじ様たちみたいに無茶なお酒の飲み方をして酔っぱらう人なんか見たことないだろうし、酔っぱらいが集まる場所がどんなところか想像できないのかもわかる。


「私は歌が好き。だから、いつか誰かのためだけの歌を歌いたい」


 それが出来たらきっと幸せね。なんて笑うルーナがちょっとだけうらやましい。

 皆自分の憧れと、夢と、幸せについてもわかっていて。私にはわからないことだらけ。

 でも案外皆、どこかへ行って誰かになりたいのかな。そういうのが幸せだって皆思い込んでいるのかもしれない。


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