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73.王都の人々


 ライナー様が村から帰って来たらしい。

 昨日街の入り口で見かけたと先輩が教えてくれた。ことあるごとにルーナたちが話すので、ライナー様が私に良くしてくれているのは修道院中に知られている。

 さっきも会いに来てくれるといいね。なんて生暖かく笑いかけられてしまった。別にそこまでしなくていいのに。


 確かにライナー様は良くしてくれているけど、毎回会う約束をしているわけじゃない。ライナー様が善意で顔を見せに来てくれているだけ。

 まぁ、会えるなら会いたいわよ? 村の皆ことも聞きたいし。


 修道院の表を掃き掃除しながらため息が漏れた。

 掃いても掃いても落ち葉は無くならない。ホウキで修道院の前を攫いながら、ぼんやりと行き来する人々を眺めれば村の皆よりもせかせか動いている皆につられてちょっと目が回りそう。

 時折礼拝に来た人たちに挨拶をして、案内したり見送ったりする。村にいた時とやっていることは殆ど変わらないのに、目まぐるしいのはやっぱり人が多いから?


 そんな私とは裏腹に、外に付いて来るだけ付いてきて昼寝を始めた犬よ。お昼寝するなら部屋で待っていればいいのに。お外好きみたいだから一応声をかけたのに、結局伏せて寝てるんだから。外、というより歩くのが好きなのかな? ますます犬みたい。

 不意に傍で伏せていた犬が体を起こして、どこかを見つめている。何? なにかあった? つられて視線の先を振り返ると最近よく会うお兄さんがいて。


「お掃除お疲れ様」


 マレーさんだ。聞く限り最近になってよく修道院に顔を出してくれるようになったらしい。ルーナたちは私がいるからだと面白おかしく言っているけど、多分皆が思うような理由じゃないとおもうよ。単に私の状況を知って気にかけてくれているだけだと思うし。

 因みにマレーさんは私との間に体を挟み込ませた犬の姿は見えていない。

 あの、ねぇ。行儀よくお座りするのはいいよ? でも私の足の上にお尻乗せて座るのやめてよ。動けないじゃん。


「珍しいね、いつもは裏で洗濯してるのに」

「それを言ったらマレーさんだって。いつもは裏から来るじゃいですか」

「今日は休みだからね」


 いつも配達で修道院まで来てるんだし、お休みの時くらいゆっくりすればいいのに。

 村と違って色々娯楽もある。本屋さんもあるし、甘味屋さんだって。まぁ、男の人は余り甘いもの食べないかもしれないけど。


「この後予定ある? もしよかったら案内したいところがあるんだ」

「この後、ですか?」


 特に、予定はない。

 ただライナー様が来るかもと思って表の掃除をしているだけ。約束なんてしていないし、今日来る確証もない。


「えーと、ですね」

「もしかして誰かと会う?」

「そういうわけじゃないんですけど」

「そっか。じゃあ今度でいいや。エリセは噂の騎士さんが好きなんだね」


 皆そう言う。というかなんでマレーさんまで知ってるの? もしかしてルーナとケイティが言い触らしてる?

 毎回否定しているし、そのことについては私の中の答えはとっくに出ている。ライナー様に向けて私はそういう感情を向けていない。


「そういうのじゃないよ」

「じゃあまだチャンスはあるんだ」


 チャンスとは。別にマレーさん自身もそういう言うのじゃないくせに。どうしてこう軟派なことをいうのかな。まぁ、そのおかげであんまり気を使わなくて済んでいるんだけど。

 もしかしてこれもマレーさんなりの気遣い? ちょっと遠回りし過ぎでは?

 マレーさんが、私をじっと見つめた後肩を落とした。


「振られちゃったし、意中の人が来たみたいだし。仕方ないから退散するよ」


 振られるって何よ。人の肩を軽くたたいて笑うマレーさんと入れ違いにライナー様の姿が見えた。来てくれたんだ。

 すれ違う時小さく会釈してライナー様の隣を通り過ぎていくマレーさんを見送る。ちょっと、悪いことしたかな。でも、お互いにそういうつもりもないのに二人でお出かけするのってなんだか変じゃない?


「出直した方が良かったか?」

「多分、大丈夫だと思います」


 ライナー様の方へ向き直るために無理矢理足を動かすと、仕方ないとばかりに犬が移動する。何なのよ。


「おかえりなさい」

「ただいま」


 ライナー様は今も月一で村へ行っている。精霊様のこととか、瘴気についてとか、後片付けがあるようだ。

 気にしなくてもいいのに、わざわざ帰って来たら村の様子を伝えるために修道院まで会いに来てくれて。ありがたいなぁ。


 あれから精霊様は現れていないそうだ。

 元々聖女であるお婆ちゃんに精霊様の動向を教えて貰うために貰に来ていた。それが叶わなくなったので、ライナー様が村に行くのも後数回になるそうだ。まぁ、行き帰り大変だもんね。

 村の皆は、精霊様とお婆ちゃんもいなくなった後も何とかやっているらしい。アスターおじ様とキリルも度々村に足を運んでいるようだし、皆何とかなっているならよかった。


「ロバートさんたちも心配していたよ」

「私ってそんなに頼りないですかね」


 皆の方が大変だろうに。私なんて、周りの人に環境を整えて貰えてのうのうと暮らしている。皆優しいし、助けてくれる。だから大した苦労もしていない。まぁ、ちょっと思い悩んだりもするけど、本当にそれだけ。

 肩をすくめて笑えば、ライナー様も困ったように笑い、その流れで犬の方にも視線をやった。


「あいつも相変わらずみたいだな」

「そのことなんですけど」


 犬と言われて今一番最初に出で来るのはあの人のこと。ライナー様以外の犬が見える、アーサーさんだ。

 思い返してもよくわからない人だったなぁ。実家に同じ種類の犬が居るらしくて、犬自身も懐いてた。

 犬の大抵の行動はそういう品種だと思えで押し通そうとするくらいにはなんか適当。後、自分はふらふらしている人だと言っていた。

 アーサーさんについて話せば話すほどライナー様の表情が険しくなっていく。


「一先ず俺から言えるのは、不審者に話しかけられても返事をしないこと」


 いや、だって犬耳付けた女よりはまだ人間味のある姿だったし。

 暫く王都にいると言っていたし、可能ならもうちょっと犬について聞こうと思っていたんだけど、そんなにダメ?


「頼むから知らない人について行ったりしてくれるなよ?」


 そんなにかぁ。

 まぁ確かに身綺麗な人ではなかったし、よくわかんない人だった。でも悪い人には見えなかったんだよなぁ。それに修道院に来てからはずっと修道服を着ているしお金持ちに見間違えられるわけもない。

 悪い人が近寄ってくるような要素もないはず。


「まぁ、もしまたその人とあったらすぐに知らせるんだぞ」


 犬について何かわかるかと思ったのにな。いや、アーサーさんが真面目に答えてくれるかは不明だけど。

 それでも、犬が懐いていたし……。そもそもこの犬が安全なのかといわれると怪しいのでそこを根拠にするのが良くないのか? ちょっと色々不安になって来た。


「その不審者については騎士団の方にも共有して巡回するようにするから、何かあったら頼りなさい」

「はぁい」

「伸ばさない」


 面倒見のいいお兄さんだなぁ。シャルロッテさんとも同じようなやり取りをしてるのかも。

 それはそうとちょっと言動の端々がちょっと子ども扱いされている気がする。私一応修道女なのに……。気にかけてくれるのは嬉しいんだけど、もうすぐ十五になるし、一応もうすぐ大人の仲間入りするんだからちょっと恥ずかしい。

 本の少しの不満を訴えるために逸らした視線の先では、昼寝を再開するために体を伏せた犬が大きく欠伸をしていた。


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