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68.返したいもの


 シャルロッテさん曰く、村に行くようになってからライナー様の雰囲気が変わったらしい。

 それ以前のライナー様を私は知らないので何とも言えないけど、目付きが鋭いというか、思い詰めているというか。そういう雰囲気を漂わせている時が多々あるそうだ。

 私が勝手に精霊様について話すわけにもいかず、誤魔化してしまった。でも原因はきっと村であったことだよね。具体的に言うなら精霊様が本当はあんまりいい人じゃなかったとか、お婆ちゃんが唆されて瘴気を生み出していたとか。


 この数ヶ月で本当に色々なことがあった。

 私は最後まで見えなかったけど、ライナー様は精霊様に出会って、幽霊騒ぎとキリルの一件があって、森によくわからない魔物が出たり。お婆ちゃんが、精霊様に唆されたりして……。


 私は全部知っているわけじゃない。ライナー様だけが知っていることもあると思う。

 何があったのか知りたいとは思う。でもそれを聞くとまた何かなくしてしまうんじゃないかと聞けずにいる。

 本当の所は違うとわかっていてもなんとなく、私が知りたがったからお婆ちゃんもヴァイオレットも、いなくなってしまったんじゃないかなんて考えたりして。


 ライナー様はもっと大人に頼れって言ってくれたけど、頼るのと困らせるのは違うと思うのよ。それに、ライナー様も大変だろうし。お仕事以外のことで煩わせたくないじゃない。

 たくさん気にかけてくれたから、少しでも何かをお返ししたいと思う。


 ライナー様は、精霊様と何を話していたんだろう。

 あんまりいい雰囲気ではなかった。精霊様はライナー様に何を言って、どうしてお婆ちゃんを唆したんだろう。何をしたかったんだろう。……今更聞けないよなぁ。

 思えばあの時のライナー様ってものすごくしんどかったんじゃないかしら。騎士としての任務と精霊様やお婆ちゃんのことで大変だったはずなのに、私やキリルのことまで気にかけてくれて。


 思いっきり息を吸い込んで、大きく吐き出す。

 目の前に広げた真っ白な洗い立てのシーツを思いっきり引っ張ってシワを伸ばした。これくらい真っ白に、何とも言えないもやもやも吹き飛んで行ってしまえばいいのに。


 空になった洗濯籠を確認してから辺りに視線を巡らせる。修道院の裏手に、シーツのカーテンがいくつも広がっていた。

 こう、何かあるとこうやって洗濯や掃除を無心でするの癖になってるなぁ。

 ため息と一緒に伸びをする。ちょっとは気分転換になったかな。


「すごい量だね。洗濯お疲れ様」


 急に声をかけられて肩が跳ねる。

 一瞬で固まった体をゆっくりと動かして振り返れば、にこにこと笑うマレーさんがいて。


「ごめんね、驚かせちゃった?」

「ちょっとびっくりしたけど大丈夫です。マレーさんこそ配達お疲れ様」

「ありがとう。ね、ちょっと休憩に付き合ってよ」


 ごめん、なんて誤ってはいるけどその実全然悪いとも思ってなさそうなマレーさんはカバンから炭酸水の入った小瓶を二本取り出して私に見せた。調子がいいなぁ。

 マレーさんは時間が合えばこうして休憩にさそってくれる。他にも他の仔と一緒にっておやつを持ってきてくれたり。

 修道院の裏手のちょっとした段差に二人並んで腰かければ、目の前に広がるシーツの波もちょっとしたお茶会の会場みたいになってしまうのだから不思議だ。


「洗濯、好きなの?」

「好きって言うか、何かあると体を動かしていた方が余計なこと考えなくていいかなって」


 ルーナたちが何かと教えてくれるので知っているのだけど、マレーさんも以前とは少し変わったらしい。前は頻繁に修道院にお菓子を持って来なかったし、こんな風に休憩もしなかったのだとか。

 私が修道院に来た時期からそうなったってルーナたちは言う。もしそうだとしても皆が言うような恋とか愛とか、そんな理由じゃないと思うな。

 どっちかって言うと、物珍しさとか。後マレーさんは勇者ギルバートたちに興味があるみたい。私からも聖女と呼ばれたお婆ちゃんの話を聞きたいだけじゃないかな。


「何か悩み事?」

「その、気になることがあって」


 悩みって程でもないけど。

 知りたいような、知りたくないようなことがあって。ライナー様は、知っていて、わざと私に聞かせないようにしている気がして。


「ある人が私には秘密、というか言ってくれないことがありまして」

「それが知りたいんだ?」

「……うん。でもその人が私に言わないのは、私を気遣ってくれているからなのもわかっているの」


 出会って数カ月しか経ってないのに何かと気にかけてくれた人。数カ月と言っても一緒に過ごしたのは、ぎゅっと詰めたら十日に満たないかもしれないくらいなのに。

 お仕事の合間に、話を聞いてくれて、助けてくれた。

 妹、シャルロッテさんと年が近いから気になっただけかもしれない。お仕事を上手く進めるためだったのかもしれない。

 でもいいの。優しくしてもらったことに変わりはない。


「エリセはそれを知ってどうしたいの?」

「どうって、……私に関係あることであの人が思い悩んでるなら謝りたいし、力になりたい」


 妹さんに心配されるくらいには変化があったのなら、私だって心配だ。何にもできないかもしれないけど、それでも力になりたい。

 だって優しくしてもらった。気にかけてくれた。子供の言うことだって笑わずに聞いてくれた。だから。


「その人はエリセにとってどんな人?」

「ライナー様は、私に優しくしてくれたの」


 同じだけ、優しさを返せたらなって。

 きっとこれは恋じゃない。淡い、憧れ。なのかもしれない。田舎育ちの小娘だけど、それくらいはちゃんとわかってる。

 そんな気持ちを向けたところで願ったものは帰ってこない。きっと、ヴァイオレットの言うとおり私はずっと気が付かないふりをしていた。たくさんの気持ちを向けても、同じだけの気持ちが返って来ないのをわかっていた。

 だから一方通行でいいって、どんな気持ちにもすぐに蓋をしていた。


 マレーさんがくれた炭酸水は瓶の中でぱちぱち弾けている。

 王都は私の初めてにあふれていて、私の中の常識を目まぐるしく変えていくのに、私自身は何にも変わらないなぁ。


「ごめんね、マレーさん。こんな話に付き合わせちゃって」

「構わないよ。休憩の合間でいいならいくらでも話は聞くよ」


 マレーさんはいい人だ。

 この人も何かと気にかけてくれている。そしてただ優しいだけじゃなくて、ちゃんと自分の要求も訴えられる人。だから逆に安心して話ができる。

 一方的にならないって言うか、ちゃんとお返しが出来るって言うか。私にしてほしいことがあるんだってわかっていたら、やきもきしたり、変に浮ついたりしなくて済むもの。


「その代わり、元気になったらまた聖女様の話も聞かせてほしいな」

「ありがとう、マレーさん」

「うん。エリセは笑ってる方が可愛いよ」


 いい人、なんだけどちょっと軟派なんだよね。

 でも、よく気にかけてくれる。有難いなぁ。いつかマレーさんにも、同じだけの優しさを返せたらいいな。



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