67.小鳥は歌う
教会もそうだけど、修道院は基本的に色んな方々のご寄進で成り立っている。
それは、金品だったり、食品だったり色々。そういうものをいただいて私たちは暮らしている。持っている人が、手を差し伸べることで成り立っていると言ってもいい。
貴族はそういうあり方を美徳とし、教会や修道院は信仰の場所以外にも、持たざる者の受け皿としての役割を果たしている。
修道院に世話になっている人の事情は様々で、親が居なくて孤児として預けられた子もいれば、何かしらの理由で家族と一緒に入れなくなって一時的に身を寄せている貴族令嬢なんかもいる。
ご寄進はそういう子たちの受け入れ費用でもあり、私が今いるこの王都という場所はそういう福祉事業の上に成り立っているらしい。
だから修道院には毎日たくさんの人が礼拝に来ていて、村の教会とは全く違う営みが日々繰り返されている。
人の出入りはもちろん、礼拝堂の大きな違いと言えばやっぱりご寄進の数かなぁ。こういうのってあんまり比べる物じゃないんだろうけど、とにかくすごい。
村だとたくさん採れたからって皆が持ってきてくれたものちょっとずつ供える感じだったのが、一人の貴族がたくさん持ってきてくれて毎回びっくりする。
頂いたご寄進の内金品は修道院の運営や修繕費に充てられ、食材は調理して食事とし振舞われて、ちょっとしたお菓子なんかは私たちに回ってくるので皆で分け合うのが最近の楽しみだ。
慈悲と慈愛の精神を尊び、分け合う喜びを修道院は説いている。
礼拝堂に来る人の身分は本当に様々で、教えを請いに来る人、分け与えることに意味を見出す人、それから人との繋がりに重きを置く人など。
だから彼女もその内の一人だと思っていた。
「ねぇ、あなたがエリセ?」
まばらではあるけれど、決して人の出入りが少ないわけではない礼拝堂で、その女の子は真っ直ぐに私を認識しながら微笑んだ。
まるでカナリアみたいな金色の髪に夏の木々を移したみたいな緑色の目。なんだかお人形みたいに可愛らしい人だ。
「そうでしょう? 栗色の髪に私と同じ緑色の瞳。お兄様に聞いた通りだわ!」
私が何か答えるよりも早く、にこにこと笑う女の子は私の手を取り楽しそうにしている。
なんとなく見覚えがあるようなないような。多分初めて会う人、だと思う。
修道院の皆には知り合いが多い、なんて言われるけど、実際には村に来てくれていた人達数人が顔を見せに来てくれているだけだし。後はルーナたちに紹介してもらった人達しか知り合いがいない。この人は、その中にはいなかったはず。
「あの、あなたは?」
「あらごめんなさい。私はシャルロッテ・オスコー、ライナーお兄様の妹と言えばわかるかしら?」
ふわふわと髪とフリルのスカートを揺らしたそう年の変わらない女の子は、私もよく知る人の名前を出して笑った。
ライナー様の妹。何度か話には聞いていたけど、この明るく可愛い感じの女の子がそうなんだ……。
え、本当に? 会ってみないかとは言われていたけど、本当に会えるとは思わなかった。
ライナー様もお仕事で大変だろうし、もし会う機会が訪れたとしてもライナー様のお仕事が落ち着いたもう少し先だとばかり思ってた。
「お兄様ったら、何度紹介してほしいって言っても連れて来てくれないの。だから一人で来てしまいましたわ」
「お一人で、ですか?」
「ええ、一人よ? 王都は私の庭みたいなものですから」
なんだか得意気なシャルロッテさんにつられて口角が上がる。
ライナー様とも仲がいいんだろうなぁ。妹さんに頼まれたらなんでもしちゃうって言っていたし。でも修道院に一緒に来るのを断られたっていうのは意外。やっぱり忙しいんだろうか。
シャルロッテさんは貴族のお嬢さんらしい。らしいって言うのもなんだか変な感じ。ライナー様は普通の家だって言ってたし知らなかった。
シャルロッテさん曰く、二人のお家はそんなに大きな貴族ではなくて、兄弟が多いから一般家庭よりはちょっと裕福という程度。
名前ばかりの名誉貴族なんて言っていたけど、私からみたらシャルロッテさんはちゃんと貴族だと思う。立ち姿とか所作とかがすっごく綺麗だし。
「そうですわ。私、あなたに聞きたいことがありましたの」
思い出したようにシャルロッテさんが頬に手を当てた。何をしても可愛くて本当にお人形さんみたいだなぁ。
礼拝堂には街の色んな人が身分問わず来ていて、貴族の方にも見慣れてきたと思っていたんだけど、年の近い子だと余計に可愛く見えたりするのかな。
「聞きたいこと、ですか?」
「ええ。ここ数カ月、お兄様に何か変わったことはありまして?」
変わったこと、だらけだったんだよなぁ。
ここ数カ月って村に来た頃だろうし、それ以降と言えばライナー様は精霊様に出会ったり、森に出た魔物やお婆ちゃんの一件があったりと盛り沢山だった。
精霊様との会話をライナー様は教えてくれなかったけど、思い返せばあまりいい雰囲気ではなかったかもしれない。
「上手く言えないんですけど、目付きというか、雰囲気が変わったような気がしまして」
「そうなんですね。ええと、王都と村の往復は大変ですし、少し疲れがたまっているのでは?」
以前はよく休日に連れ出してくれたのに最近はそれも減って困ると、肩を落とすシャルロッテさんはライナー様からお仕事の内容を詳しく聞いていないのだろう。
言っちゃダメって言われていることも確かにある。でも、精霊様についてとか全く話してはいけないわけじゃないはず。何か他にも私の知らない騎士団の決まりとかがあるのかな。
私にとってのライナー様はよく気にかけてくれる優しい人だ。お仕事ありきだったのかもしれないけど、でもそれはそれ。
ライナー様があの森で精霊とどんなやり取りをしていたのかは知らない。でも、王都に来てからも何かと気にかけてくれている。それだけで十分。
他に何を望むというのか。
「今日は、ライナー様のことで?」
「嫌ですわ。お兄様のことなんてついでです、ついで」
「ついで、ですか」
「ええ。本当はご寄進なんかもした方がいいのはわかっているんですけれど、今日はそういうのも置いておいて」
貴族の方は割とフラットにご寄進を修道院に持ってこられる方が多い。こういうのは気持ちだしそこは余り気にしなくていいのに。
ライナー様のことをついでって。ピーターとおば様たちもそうだったけど、仲の良い家族ってお互いの扱いが雑になるものなの? ご家庭のことだからあまりどうこう言えないけれど。
「ねぇエリセ。お兄様だけじゃなく私とも、ぜひ仲良くしてくださいな」
それはもうにっこりと。なんだかよくわからないけど楽しそうに笑ってシャルロッテさんが言う。
可愛い笑顔なはずなのに、どうしてかちょっと断れない迫力がある。年の近い女の子のお友達ができるのはすごく嬉しいので断るつもりはない。
キカの時も思ったけど、貴族の女の子ってお友達作りにくいのかな。でも仲良くしたいって思ってくれるのはすごく嬉しいし。
差し出された手に触れると、年はそう変わらないのにシャルロッテさんの手は細く柔らかくて。
日々の水仕事でかさついてひび割れた自分の手が少しだけ恥ずかしくなった。




