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64.傍にいるもの


 視界の端に犬が居るのにも慣れてきた。

 ある時は足元をお利口についてきていたり、またある時は座っている私の膝の上に顎をのせて撫でろと催促してみたり、はたまたある時はベッドの上で野生を忘れて寛いでいたり。

 なんだか犬を飼っているのかと錯覚しそうな暮らしをしている。


 普通に馴染んじゃったけど、この子一体何なんだろう。

 アレックス元帥ならかわかるのかもしれない。でも、そもそもこの犬について話していないし、元の飼い主であるヴァイオレットはもういない。


 本当に何なんだろうこの犬。もしかして幽霊犬? ヴァイオレットにも犬耳が付いていたし、もしかしてとうとう私にも不思議な力が? ……それは、さすがにないか。

 とにかくヴァイオレットが居なくなったので、私のところに来たと。自分で次の飼い主決められるとか、もしかしてこの子相当賢いのでは?

 爪も牙も尖ってる大型犬の様な何か。本当に犬なのかも怪しい不思議な存在。でも、行動がどう見ても飼いならされた犬なんだよなぁ。


「エリセ、お客さんが来てるわよ」

「ライナー様かな。ありがとうルーナ」

「背の高い騎士さんだったわ」


 ノックと共に扉から顔をのぞかせたルーナにお礼を言って立ち上がる。

 多分、ライナー様が王都に戻ったので様子を見に来てくれたんだと思う。


「本当に、色んな人と知り合いよね。エリセって」

「そうかな?」

「あーあ、私もいつか王子様が迎えに来てくれたらなぁ」


 まぁ、ちょっとわからなくはないかな。

 でもそうやって、私が誰か男の人たちと話をする度に恋バナに持って行こうとするの控えてほしいな。

 大抵の場合、ルーナとケイティが理想の王子様や恋人の話をしてマルチダが呆れながら話を聞くのがいつもの流れになっているし。


「ライナー様はそんなのじゃないよ」

「ふふふ、表で待ってるっておっしゃっていたわ」

「わかった。行ってくるね」

「はーい」


 ライナー様は面倒見のいいお兄さんだ。

 初めて会った頃はそういう意味で気になってはいたけど、お仕事で来ているだけだって言い聞かせた。憧れのようなものだとわかっていた。

 ルーナに言われた通りに修道院を出ると壁に背を預けたライナー様がいた。


「ライナー様! お帰りなさい」

「ただいま」


 ライナー様はまだしばらく村と王都を行ったり来たりする生活が続くらしい

 精霊様のこととか後片づけがあるのだとか。そのついでに、村の様子を教えてくれると言うのでつい甘えてしまった。


「その、村の皆は……」

「元気にしていたよ。まだ大変だけどちょっとずつ落ち着きを取り戻しつつある」


 村を出る時、自分のことでいっぱいいっぱいでちゃんとお別れ出来なかったから心配だったの。皆元気ならよかった。

 あれ以来、村周辺で動物たちの不審死もなく、穏やかな日常が帰ってきているようだ。

 というか。ここ数カ月が色々ありすぎたのであって、何もないのが普通なはずなのよ。少なくとも私は十四年間あの村で育ってあんなに慌ただしい数か月間を知らないもの。


 あの後精霊様は一度も姿を現していない。結局、一体何がしたかったんだろうか。

 精霊様とお婆ちゃん、それからヴァイオレットはどういう繋がりだったんだろう。


 ライナー様が言うには精霊様がお婆ちゃんを唆したらしい。

 でも、精霊様が何かしなかったら、お婆ちゃんはもっと苦しかったんだとも思う。

 あの時までお婆ちゃんは私に対して勇者ギルバートについて一つも漏らさなかった。私は何も教えられてこなかった。

 それってつまり、私に勇者ギルバートやヴァイオレットへ向けるはずだった感情をぶつけるつもりはなかったってことでしょ?


 私は、お婆ちゃんにとっての特別な存在ではなかった。

 けど、今までちゃんと育ててもらえる程度にはちゃんと、家族をしていたって思いたい。


 何も知らずに幸せになれとヴァイオレットは私に言った。

 そしてヴァイオレットの言う通り私は何を知らないままでいればいいのかもわからず、流される様に暮らしている。

 別に、まぁ怪しい奴ではあったけど、悪い奴ではなかった。と、思う。本当に知らない方がいいこと、なのかもしれない。

 それは、ヴァイオレットが言っていたもう一人の私の幸せを望んでくれた人も同じなのかな。


「本当に一緒にいるんだな」


 私の足元から顔を出した犬を見てライナー様が言った。

 勝手にベッドを使っていたり、後ろを付いて来たりしているが、この犬が見えているのは今のところ私とライナーだけらしい。

 森に入った時は皆見えていたみたいなのに何が違うんだろう。ヴァイオレットと私で違うところ……違うところだらけね。


「アレックス元帥には報告していないんだったな」

「はい」

「それは、どうして?」


 どうしてって、まだ何かすると決まったわけでもないし何もしないなら大丈夫かなって。

 そういう理由でヴァイオレットについても誰にも話さなかった。なんだか、繰り返している気がする。


「特に悪いことしていないし、アレックス元帥のお手を患わせるもの申し訳ないかなって」

「気にし過ぎだな」


 呆れたようにライナー様が肩を落とした。

 そうは言われましても。


「何事も事前に防ぐことが出来れば一番なんだ。もっと言うなら、責任を自分以外に持って行くのが一番楽な生き方だな」

「ライナー様、なんだか悪い人みたい」

「知らなかったか? 俺は結構ずるくて嫌な人間だよ」


 報告さえしておけば何かあった時に、自分よりも上の人間にも責任が出来る。自分一人で処理しきれない問題はさっさと上の連中に投げてしまえばいい。

 そんなことを言ってライナー様は悪い顔で笑う。もしかしたらこっちが素なのかもしれない。

 村にはお仕事で来ていたし、先ほどの言葉を借りるなら、精霊様という存在はライナー様にとって自分一人で処理しきれない問題で、気を張っていたのかも。


「エリセの場合の上の人間は……俺か、アレックス元帥だな。あの方なら大抵のことは何とかできる」


 ライナー様の言う通り、実際にアレックス元帥はお婆ちゃんの一件も上手く誤魔化してくれた。

 だから世間一般にはお婆ちゃんは最後まで立派な聖女様だったと広がっている。お陰で事実を知っている私は、お婆ちゃんを褒められる度に何とも居心地の良くない気分になるわけだが。


「その上で、まだ君がそいつのことを報告したくないというのなら、まずはその理由を何とかしよう」


 報告したくない理由。理由、か……。

 犬は時々ふらりと出て行って、しばらくしたら帰ってくるくらいで、ほとんど私の傍にいる。

 わざわざそんなことを耳に入れて余計な時間を割いてもらうのは申し訳ないじゃない。


 ふと、さっきルーナとの話を思い出した。

 ライナー様は面倒見のいいお兄さんだ。初めて会った頃は素敵な人だなって気になってはいたけど、お仕事で来ているだけだって知っていた。

 それはライナー様への恋心ではなく、王都へ憧れのようなものだとわかっていた。


 ではどうしてそういう答えに至ったのか。

 私以外の人と話しているのを見て、ああ、お仕事を上手く進める為に優しくしてくれているんだなって思った。お仕事の邪魔をしたくなかった。

 だって、お仕事のためでも私を気にかけてくれたのが嬉しかったから。

 多分、今私がアレックス元帥に向けているのと同じ理由。


「迷惑に、思われたくないんです」

「君はもっと大人を頼るべきだな」

「そんなこと言ったってどうすればいいか……」

「うちの末妹なんてもっとこう、何でも人にやってもらおうとするぞ。まぁやるんだが」


 呆れたように言うライナー様を見上げる。それはライナー様が妹さんに優しいからでは? きっとちゃんとした家族で、ちゃんと一緒に暮らす上でのやり取りが出来ているからだと思う。

 随分と兄妹仲がいいみたい。そういえば私と妹さんは年が近いんだと以前聞いたことがある。

 ライナー様は私を見下ろした後、やや考えてぽつりと言った。


「会ってみるか?」


 え、妹さんに?


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